牙を剥く悪意
男たちはさすがお互いに気心の知れた仲間同士。恐るべき手際でパーティーの準備を整えた。
ウェルニーリと最初に話していた長テーブルのある部屋。
今そのテーブルの上には料理や果物、酒が所せましと置かれていて、ちょっとした立食パーティー会場が出来上がっていた。
「それでは、フェリシアーナ王女との再会を祝して! 乾杯!」
ウェルニーリの合図で皆がコップを掲げた。
まあ俺のコップの中身はお茶だけど。
部屋はすぐにあちこちで談笑に花が咲き、アンナもひっきりなしに話かけてくる男たちの相手をしていた。
「いやあ俺も昔は近衛騎士として、ちょっとは名の知られた男だったんだぜ」
「そうですか」
俺もさっそく絡まれる。
たくましい筋肉を見せつけるように腕をまくる四十歳くらいのひげ面の大男だ。
「ま、今となっちゃしがない小作農だけどな。はっは。農作業はいい。体を鍛えるにはもってこいだ。ある意味クワを振るのも剣を振るのも似たようなもんだしな」
その言葉に別の男が反応した。
「おいおい、現役時代のお前が聞いたら頭から湯気を吹いて怒るぞ今の言葉。剣とクワをいっしょにするとは何事だ! ってな」
「ばか言え。今だって現役だ!」
「なあ兄ちゃん、どう思う? こいつは今でも騎士ができると思うか?」
「もちろんですよ」
そう答えるしかない。
大男は大声で笑う。
「だろう! がはは!」
俺はテーブルの端の料理を取りに行くフリをしてエリのほうへと近づいた。
エリに訊いておきたいことがあったからだ。
「なあ、エリ。お前、この文字についてなにか知ってるか?」
「ふぇっ?」
エリはリスみたいに頬をふくらませて、肉やらなにやらの料理を口に詰め込んでいた。
手に持った皿には立食形式のテーブルの料理の全種類がすでに盛られていた。
すっげー食い意地張ってんな、こいつ!
どこかの王女様みたいなやつだなと思ってアンナをちらと見れば、向こうはまだ料理を皿に取り分けることすらできていない。ちょっと同情する。
エリは頭を大きく反らせて、ごくんと口の中のものを飲み込んだ。
いちいち動作が大げさなやつだが、それが魅力的に見えるのはちょっとした才能だろう。
俺が差し出した紙を受け取って首をかしげるエリ。
「う、うーん? ちょっとわかんないなー。これってなんの文字なの?」
「このシャーバンスで昔使われていた魔術文字らしいんだが」
エリはあははは、と声を上げて笑う。
「そんなの私がわかるわけないじゃーん! もう! 君――えと、クリスって言ってたっけ? なかなかセンスあるぞ」
「え? なんの?」
「笑いの」
いや別に笑いを取ろうとしたわけではないのだが……。
憮然とした俺に気付いた様子もなく、エリは明るく言う。
「そういうことならリルスウェインに訊いたほうがいいんじゃないかな。リルはすっごい頭がいいんだよ。色んなことを知ってるし」
「へぇ」
礼拝堂で壁際に立っていた、暗緑色のローブを着た人物だ。
その姿を探すが……どこにもいない。
「あれ……どこいったのかなぁ。さっきまでいたよね?」
エリもきょろきょろと周囲を見回す。
「ん?」
そのとき、一瞬だがジュザックがドアの向こうへ――部屋を出ていく背中が見えた。
せっかくみんなが集まったパーティーでなぜ?
そう思った瞬間だった。
「ぐあああああああっ!」「があああっ!」「ぐっ……!」
木のコップを取り落として床に酒を撒き散らし、次々と男たちが倒れていく。
俺は手近な一人を抱え起こした。
「おい! どうした! 大丈夫か!?」
「う……あ……あ……」
男の目はテーブルの上の酒瓶を見ている。
毒!
俺がそう思った瞬間、同じことを考えたのだろう誰かが言った。
「ぐっ、がっ……毒だ。毒を盛りやがったっ……アラギスっ!」
「お、俺じゃねえ! その酒は、ジュザックが用意したんだ。せっかくだから最初の乾杯にはとっておきの高級酒をって……ぐはぁっ!」
エリは料理の取り皿も放り投げてウェルニーリに駆け寄った。
「じいちゃん! じいちゃああぁぁぁん!! うあああっ! あああああぁぁーーっ!」
「う……うう……」
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるエリ。
エリの腕の中でウェルニーリは意識を失い、顔色は土気色。
俺は懐から取り出した術符をエリに押し付けた。
「解毒符だ! 効くかどうかわからないが、全員に使ってやってくれ」
困惑顔のエリ。
ああしまった!
説明が必要なのだ。
「こいつは誰でも魔法を発動させることができる道具だよ。魔法を発動させることを念じればすぐだ。……アンナ」
アンナも俺のとなりに来ていた。
「よし、アンナも手分けして頼む」
「クリスは?」
返事をせずに俺は駆け出した。




