台風少女
ウェルニーリは隠れ家へ向かう間、彼の仲間たちの話をしてくれた。
イリシュアール王子派の生き残りたちは、シャーバンスに落ち延びてから今日までの十数年を、このオーリンズの町に溶け込むようにして暮らしていたらしい。
ある者は大工。ある者は飯屋の店員。ある者は皮なめし職人。ある者は農家。
各々異なった潜伏場所を持っていて、中にはこの町で妻を娶り家庭を築いている者もいた。
「そして、ここが私の現在の住処であり、いざというときにみなが集まる集会場でもあります」
案内されたのは町外れの一角にある、古い教会。
広い敷地は下草が伸び放題で、ちょっとした林と見間違えるほどに周囲には木々も多い。
一応市壁の中……なんだよな?
さすがは緑多きシャーバンスと言ってしまえばそれまでだが、どことなく人の気配が感じられず、陰鬱な雰囲気のある場所だった。
「この教会はシャーバンスでは主流の宗教のものではないらしく、だいぶ昔に打ち捨てられてそのままになっていました。土地の所有権も誰のものかわからない有様でして、都合がよいので最初の潜伏場所として使っていたのです。今は私と、孫の二人で暮らしているんですよ」
そう言ってウェルニーリは教会の古びた木の扉を開けた。
建物の中は意外ときれいで、清潔に保たれているようだった。
床に穴が開いているようなこともなく、礼拝堂に整然と並ぶ長椅子にもホコリは積もっていない。
外からの見た目は古くうす汚れて蔦が這い放題になっていても、石造りでしっかりした建物はまだまだちゃんと使えるということらしかった。
礼拝堂奥の扉から居住空間へと入る。
かなりの広さの部屋には大きな長テーブルと、イスが両側に五つずつ。
ウェルニーリに示されて俺とアンナはイスに座る。
やはりこの部屋もきれいに掃除が行き届いているようだ。
「少しお待ちいただければ孫が帰ってきますので、そうしたら他の仲間たちを招集するように言っておきます」
「はあ……」
「いや、申し訳ない。急にお呼びしてしまったわりに、手際が悪かったですね。私も王女が見つかって気が動転していたのかもしれません」
「あの……」
アンナがもじもじと指をいじりながら言った。
「あたしその、王女様って呼ぶのはやめてほしいんだけど」
「ですが……。わかりました。ではフェリシアーナ様と」
「それもちょっと……。アンナって呼んでください。最初のときみたいにアンナちゃんって」
ウェルニーリは困ったように頭をかいた。
「それはさすがに……」
「おうじょさま命令ー。なんちゃって。えへへ」
冗談めかしてアンナが言えば、ウェルニーリは苦笑い。
「参りましたね。さすがは王子の一人娘だ。では仲間の目がないところではそう呼ばせていただきます。アンナちゃん」
「うん!」
「じーーーーーーいちゃーーーーーーん!」
入り口のほうから大声が聞こえてきた。
「おや、孫が帰ってきたようです」
どかんと部屋の扉を開けて、元気いっぱいに飛び込んできたのは、美少女コンテストのときに会ったあのエリという少女だった。
「じいちゃんじいちゃん!! 見て見て見てーーー!! ほら、優勝賞品のキリマルイン! 今コンテスト運営本部に行ってもらってきたんだーーーー! およ? 君たちは……」
伝説食材キリマルイン。それが入っているとおぼしき大きな麻袋をどんとテーブルに置いたエリは、俺たちを見て目を丸くした。
「エリ、緊急事態の三番だ。みなを呼んできてくれ」
「えっ!? 三番って……うそっ!?」
そしてエリはアンナを見る。
「ええええええーーーーーーっ!! アンナちゃんが王女様ーーーーーー!?」
「こらっ、あまり大声で叫ぶんじゃない。お前の声だと町の外まで届いてしまう。というかいつの間に知り合っていたんだ?」
ウェルニーリの言葉に、今度はエリは手を齧ってカクカク揺れ始めた。
「あわわわわ。そこは『勘違いをするんじゃない、この早とちりのバカ孫めっ!』じゃないの!? ほ、ほほほほ本当にアンナちゃんが王女様ってことになっちゃうんですけどーーー!!」
ウェルニーリは盛大にため息を吐いた。
「だからそう言っている。いいからみなを呼んでくるんだ」
「ひえーーーーーー!!」
エリは大げさに両手を上げて、来たときと同じくらいの勢いで部屋を飛び出していった。
なんというか、やっぱりすごいパワフルな少女だな。
あの明るさはアンナとはちょっと違う。アンナがひまわりだとしたら、エリのパワーはまるで台風だ。
「いや、うちのバカ孫が申し訳ない」
「いえ、そんなことは。えと、元気なお孫さんですね」
ウェルニーリは真剣な顔になった。
「お二人には隠しておきたくありませんので申し上げるのですが……実はですね。あの子は私の本当の孫ではないんです」
「えっ」
「あの子はこの教会に最初から住んでいたのです。仲間たちとこの教会へとたどり着き、今後の計画を話し合っていたところへ、奥の部屋から出てきまして。あのときは肝を冷やしました。血の気の多い仲間の中には、秘密を知られたからには殺すべきだと主張する者さえいました」
「そんな……」
「ええ、もちろん止めました。ほんの小さな子供だったエリに、私たちの話の内容が理解できるはずなどない。しかし逃げ続けて疲労の極みにあった仲間は冷静さを失っていたのです。そしてエリは私が預かることにしました。孫ということにしてね」
ウェルニーリはテーブルの上で手を組む。
「あの子は孤児で、私はずっと彼女を助けてきたと思っていたのですが、今のエリを見ていると助けられていたのは実は私のほうだったと心から思うのですよ。あの子の心根のやさしさ、明るさには本当に助けられました」
わかる気がする。俺もアンナと出会う前は時折孤独を感じていたものだ。
実家を飛び出して初めてわかった。家族の大事さというものを。そして再び家族の暖かさを与えてくれたのもアンナだったのだ。
俺はウェルニーリの仲間が集まるまでの間、アンナと共に旅をしてきた大まかな内容を語った。




