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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
三章

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フェリシアーナ

 俺は気を失ったおじさんを宿の部屋へと運び、ベッドに寝かせた。

 まさかこの人がアンナの関係者だったとはなぁ。

 まだそうと決まったわけではないが、可能性は高そうだ。

 リズミナが診察したところ、別に急を要するような病気ではなく、心身の疲労もしくは精神的なショックによって一時的に気を失ったらしいということだった。


「私は医者ではないから確かなことは言えないがな」

「それでも助かった。お前は本当に頼りになるやつだな」


 リズミナはフードをつまんで深く被り直す。テレたときのお決まりのポーズだ。

 おじさんがうっすらと目を開けた。


「あ! 起きた!」

「おお、アンナちゃん……いや――」


 そこでおじさんは言葉を切った。

 少しの間目を閉じてから、ゆっくりと言う。


「フェリシアーナ王女」

「なっ――」


 その場の全員が言葉を失う。

 おじさんの言葉にはそれだけの意味があった。

 俺は混乱する頭をなんとか奮い立たせて、言葉を絞り出す。


「な……なにかの、間違い……では?」

「いえ、彼女の正式な名前はフェリシアーナ・バルドフリート・フィンゼンクラウド・ウィルヘンブルグ・イリシュアール。イリシュアール王国の第一王位継承権を持つ、正当な王女なのです」


 アンナは俺と出会う前、イリシュアールの街道沿いの掘っ立て小屋に住んでいて、物乞いやゴミ拾いをしていたと言っていた。初めて名前を聞いたときにはそんな境遇に似つかわしくない(みやび)な響きがあるな、などとぼんやりと思っていたが……。

 まさか王女だとは思ってもいなかった。

 おじさんはベッドから体を起こした。


「話を、させていただいてもよろしいですかな?」

「もちろん……お聞かせください」

「まずは私の名前から名乗らせてください。私はウェルニーリ・ザラスエル。イリシュアール王国でマーサウェンス王子の教育係をさせていただいておりました」


 なるほど。彼の気品には理由があったのだ。

 まさか王子の教育係とは……。


「フェリシアーナ様。あなたは本当にお母様によく似ておられる……瓜二つだ」


 ウェルニーリは静かに語りだした。


「フェリシアーナ様の母親――シエスタという女性は、イリシュアールの王都でマリア・カーラという名を使い、踊り子として働いていました。先ほどまで忘れていたのですが、たしかに私は一度だけ王子から聞かされていました。マリアの本当の名はシエスタというのだと」


 ウェルニーリは窓の外に目を向けるが、きっと見ているのは空よりも遠い場所だ。


「王子はお忍びで町へ足を運んでは、民といっしょに酒を飲むのが好きなようなお方で、私はいつも気苦労が絶えませんでした。ある日王子は酒場で一人の女性と恋に落ちます。それがマリアだったのです。王子とマリアは人目を忍んで逢瀬(おうせ)を重ね、次第に仲を深めていきました。王子はマリアを正妻として迎えると言って聞きませんでした。私は最初こそ猛反対しましたが、王子に仕える者として最終的には協力することになりました。なにしろ、王子は強引なお方でしたので」


 そう言ってウェルニーリはふふっと楽しそうに笑った。

 しかし次の瞬間には眉根を寄せて、険しい表情を作る。


「ですが、二人の幸せは長くは続きませんでした。王が死んだのです。病死でした。この死が王子を……マリアを激しい運命の渦へと巻きこんでいくことになったのです」


 俺は水差しからコップに水を入れて、ウェルニーリに手渡した。

 ウェルニーリは一口水を飲んで続けた。


「王子は元々放蕩(ほうとう)なお人柄。王宮内の政争からはいつも距離を置いていました。王が健在なうちはそれでもよかったのです。しかし王が重い病に伏せると、その座を狙う強欲な者たちが動きを強めたのです。それは王のいとこに当たる人物で、名をキリリュエード。今はイリシュアールの玉座にいやしくも座っている人物です。キリリュエードは会食やパーティーを頻繁に行っては人脈を広げ、賄賂(わいろ)や恐喝をも駆使して王宮内で着実に権力を強めていきました。そしてついには、王子の暗殺を計画したのです」


 誰も口を挟む者はいない。

 みなウェルニーリの話に聞き入っていた。


「王子はもちろんマリアも、間者(かんじゃ)からの情報を通じて自分たちの身に危険が迫っていることを知っていました。マリアは明日をも知れぬ中で女の子を一人出産します。そして出産から一年も経たないうちに暗殺が実行に移されました。王の死後間もないことでした。王子がマリアの隠れる屋敷に足を運んだところを見計らっての犯行です。王子とその子供をまとめて始末しようとしたのでしょう。王子は襲い来る刺客から身を(てい)してみなを守り、私と仲間たちにマリアを逃がすように指示したのです。私は当初マリアを連れて逃げるつもりでしたが、追手がかかった時点で全員での逃亡の難しさを悟りました。乳飲み子を抱えて敵と戦うより、手練れの者に頼んでマリアを密かに彼女の故郷まで送り届けさせるほうが安全だと判断したのです。そして私と王子派の仲間たちは何度も追手と戦い注意を引き付け、ついには山を越えてシャーバンス国へと落ち延びたのです」


 話を終えて、ウェルニーリは長い息を吐いた。


「その、王子様は……」

「王子はすさまじい剣の使い手です。手練れの暗殺者たちを何人も倒していきましたが……多勢に無勢。最後には胸を何本もの剣で貫かれ……」

「そう……でしたか……」


 アンナが住んでいた村のおばさんは、アンナの母が男を連れていたとは言っていなかった。つまり故郷まで送り届けたというその手練れの者というのも……逃避行の中で命を落としたのかもしれなかった。

 ウェルニーリはアンナのほうを向くと、静かに訊いた。


「フェリシアーナ様。マリアは……シエスタは無事なのでしょうか?」


 アンナは悲し気に首を振る。

 ウェルニーリは顔に手を当てて、少しの間天を仰いだ。 


「フェリシアーナ様。この町に私の他にも生き残りの仲間たちが住んでいます。どうか彼らと会っていただけないでしょうか? 彼らはみなこの十数年の間ずっと、王女様のことを案じておりました」

「わかった! あたし、行くよ」


 あっ。

 止める間もなかった。

 アンナが王女だとして、反体制派のアジトに行けば、盟主として祭り上げられたりはしないだろうか?

 嫌な予感がする。

 だがアンナがうなずいてしまった以上、もう止めようがない。


「私も同行させてもらいますが、構いませんね?」

「あなたは……」


 ウェルニーリは、俺に対してはアンナへ向けるものとは違う、探るような目つきだった。

 だが臆することはない。

 俺は胸を張って言った。


「私はクリストファー・アルキメウス。アンナと運命を共にする者です」


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