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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
三章

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52/198

アンナを知る人物

 俺はアンナに先行して宿の扉を開け、通りを見回す。

 どうやら大会直後のときのような熱狂的なファンが待ち伏せているといったことはなさそうだ。

 せっかく賞品としてもらったリウマトロスの肉だったが、なにぶん量がめちゃくちゃ少ない。

 これではアンナ一人の腹だって満たせやしない。

 宿の店主に聞けばそれでも驚くほど高価らしいので、せっかくだから売ってしまおうと考えた。

 リウマトロスの肉はどこで取引できるのか知らないが、まあ精肉店や高級レストランを当たってみればいいだろう。

 俺一人で行ってもよかったが、アンナにどうしてもついてきたいと言われれば断れるはずがない。

 だからこうして斥候として追っかけファンの有無を確認しているのだ。


「よし、大丈夫そうだな……ん?」


 扉から半身を出してきょろきょろしていた俺は、こちらをじっと見つめている男性を発見した。

 髪が半分以上白くなっていて、それなりの高齢だとわかるが、背筋はまだ曲がっていない。

 貴族然とした立派な恰好をしているが、どこかくたびれてよれよれ。

 目が合ったことに気付いた初老のおじさんは、品のある笑顔を浮かべて頭を下げた。

 俺もつられて頭を下げてしまう。


「ねーねークリス。外、大丈夫だったの?」


 アンナがひょっこり顔を出した。

 アンナが姿を見せたとたん、そのおじさんはこっちに走ってきた。

 まずい! 追っかけの人だったか?

 ま、まあ一人だけなら適当に対応してあしらえばいいか。

 アンナが怯えた様子さえ見せなければ、俺としては何かをするつもりはない。


「お、おお……おおお……」


 そのおじさんは俺たちのところまでくると、急に涙を流し始めた。

 これは完全に予想外。

 滝のように流れる涙を拭おうともせず、震える手をアンナに伸ばしてくる。

 アンナは嫌がるでもなくその手を取る。


「おじちゃん、どうしたの?」


 心配そうにおじさんの顔を覗き込むアンナ。

 相手が誰であれ泣いている人を放っておけないのはアンナらしい。


「おお……間違いない……昨日会場で見かけたときから、まさかと思っていました……あなたは……あなたは……」

「アンナ、知り合いか?」


 ふるふると首を振るアンナ。


「アンナ? お嬢ちゃん、アンナという名前なのかい?」

「うん」


 その瞬間、おじさんはヘナヘナとその場に崩れ落ちてしまう。


「あ、あの。大丈夫ですか?」


 今度は俺も慌てておじさんの体を支えた。

 いきなり目の前で倒れたれたりされても困る。

 おじさんは魂が抜けたように全身を弛緩させて、うつろな声を響かせた。


「は……はは……。人違い……でしたか。そうですよね。そんなわけはない……そんな奇跡があるはず……」


 俺とアンナは顔を見合わせる。

 さすがにこんな状態のおじさんを放置して行くわけにはいかない。


「あの、よければ話を聞きましょうか? なにかお力になれるかもしれません」


 おじさんは返事をしない。

 本当にやばそうな感じだ。

 俺はなんとかおじさんを立たせて、宿へと迎え入れた。

 宿の一階には宿泊客用の食事スペースがある。

 そのテーブルの席におじさんを座らせ、気持ちを落ち着かせる効果のあるというお茶を店主に入れてもらった。


「はい、おじちゃん」

「……ありがとう」


 おじさんはアンナが差し出したお茶の入った木のコップを受け取って口を付けた。


「落ち着きましたか?」


 俺が訊くとおじさんは寂しそうに笑った。


「ええ。先ほどは大変失礼いたしました。そちらのお嬢さん――アンナちゃんが、私の知っていた女性にあまりにも瓜二つだったもので、取り乱してしまいました」

「そうですか」

「その女性はアンナちゃんほど若くもなく、今どこにいるのか、生きているのかもわからないのですけどね……」

「その人はあなたの奥さん……いや、娘さんとかですか?」

「いえ……。詳しくはお話できないのですが、違います」


 なぜそこをぼかすのだろう?

 人探しをしているのなら隠す必要もなさそうだが……。

 うーん、もしかしたら犯罪者、とか?

 よくわからないな。

 そして本人が言いたがらない以上、その女性の素性とやらは詮索するべきではないだろう。

 おじさんの話し方や、お茶を飲む仕草にはどこか気品が感じられる。

 着ている服もよれよれとはいえ、高級そうだし。

 どこか没落した貴族といった印象を受ける。

 おじさんはお茶を最後まで飲んで、笑顔を浮かべた。


「本当に、今日はすみませんでした。そして、ありがとうございます。このシャーバンスという国は素晴らしい。私は何度この国の人々のやさしさに助けられたことか……」


 異国の人だったか。


「いえ……たいしたことはしていませんよ。それに私たちもシャーバンス人ではありません」

「ははは、そうでしたか。でも感謝しているのは本当です。では私はこの辺で失礼させていただきますね。あまり長居をするのも悪い」


 そう言って立ち上がったおじさんの足取りはしっかりしていて、もうすっかり立ち直っているように見えた。

 宿を去り際、おじさんは思い出したように振り返って言った。


「ああ、最後に一つだけ。アンナちゃん、君のお母さんの名前はマリアという名前では――」

「えっ? ううん……違うよ」


 おじさんは小さく肩を落とす。


「……そうですか。では今度こそ失礼いたします」


 そう言って一つお辞儀をして、おじさんは歩いて行く。


「お前のお母さんって名前、なんだっけ?」


 たしかアンナと出会って最初に行った村で……聞いたような。


「シエスタだよ」

「ああ、そうだった。たしかそんな名前だ――え?」


 立ち去ろうとしていたおじさんが再びこちらを向いていた。

 その表情は……怒っているような必死なような。どこか鬼気迫るような異様な感じだった。


「そうだ……忘れていた。シエスタ……一度だけ聞いた……そうだ。たしかにそう……間違いない!」


 おじさんは足取りも力強く戻ってきて言った。


「アンナちゃん、もう一つだけ教えてくれ。君には別の……本当の名前があったり、するんじゃないのかな?」


 俺は一瞬迷った。

 このおじさんに教えてしまっていいものか。

 さっきからずっと話を聞いた限り悪い人ではないと思うのだが、それでも万が一ということも考えられる。

 だがそんな俺の内心の葛藤などどこ吹く風で、アンナはなんでもないことのように答える。


「フェリシアーナ」


 その言葉を聞いた瞬間だ。

 おじさんはまるで石でできた彫刻のようにピタリと動きを止めた。

 たっぷり十数秒、おじさんは固まっていた。

 俺がなにか声をかけようとしたところで、ようやくおじさんの口から小さな声が漏れだした。


「お……おお……」


 おじさんはうめき声のように声を絞り出すと、気を失ってその場に倒れてしまった。


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