リズミナと石
リズミナの石コレクションは家の部屋に分散して配置され、いい感じのインテリアとして機能――していなかった。
一階には漬物石大の大きめの石が両壁際に六つずつ。
机の上にはこぶし大の石が十個ほど。
二階には本棚横にでかいのが一つ。
部屋の隅にも四つ。
ベッド下には小さいやつがたくさん。
「見事に石だらけだな」
「……」
顔を露出させたままのリズミナはぼうっとした顔で俺を見ていた。
「ん、どうした?」
「いえ、あの……なんで捨てないんですか?」
「捨ててほしかったのか?」
「そういうわけではないですけど……」
「あっ、この石なんか人の顔に見える!」
ベッドの下の石をごそごそ引っ張り出して見ていたアンナが声を上げた。
「うーん、俺には亀に見えるけどな」
「絶対人だよー。女の子!」
俺とアンナは同時にリズミナのほうを見る。
「どっちだ?」「どっちー?」
「え? え? ええっ?」
明らかに困惑した様子のリズミナ。
少し口元をごにょごにょさせていたが、やがてぽつりと一言。
「どっちも……違います」
アンナはあからさまにがっくり肩を落とす。
俺も似たような気持ちだ。
その様子を見たリズミナは大慌てで言葉を重ねる。
「ああっ! そうじゃないんです! 見えますよね! 女の子に亀さん! でもそうじゃないんです。ええと、『何かに見える』つもりで持ってきた石じゃないんです、これ」
「え?」
リズミナは視線をさまよわせた。何か言いたいことがあるのに言葉が見つからない、そんな風に見える。
「つまりですね……これは、なんというか、石なんです。ただの石。ただの石として持ってきたものです」
よくわからない。
アンナも首をかしげていた。
「何の価値もないただの石でも、愛着がわくことってありませんか? 特に何かに見立てられるとか、模様がきれいじゃなくても、ずっとそばに置いておくことでどんどん愛着がわいてくるんです。好きになってくるんです。そういうことってありませんか?」
目をキラキラさせて語るリズミナ。なんだかとても楽しそう。
でも話の内容は……わかるようなわからないような。
「石に名前を付けてたり」
「しません! 別に石でお人形遊びしてるわけじゃないんです」
「じゃあペット代わりとか」
「違います!」
ごめん、リズミナ。俺にはよくわからない。
「じゃあ持って帰りたくなる石の基準ってなんだ?」
「直観です!! 一目ぼれです! ピンと来るんです! 上手くは説明できませんけど、そういう感じです」
がばっと食い気味に俺に顔を近づけるリズミナ。
石のことを語るとき、こんなに熱くなるやつだったのか。
「よくわかったよ」
「本当ですかっ!! うれしい!!」
とびきりの笑顔でピョンと飛び跳ねるリズミナ。
だけど、ごめん。わかったのはお前のこだわりじゃないんだ。
「ええと、お前がどれだけ石が好きか、それがわかった。つまりこの石たちはお前の宝物ってことでいいんだよな。じゃあ捨てることなんてできないよ。当たり前だろ」
「あ、ありがとうございます」
リズミナは一瞬驚いたような顔をした後、恥ずかしそうに視線をそらした。
しかしもしも今後もリズミナが石を持ってくるとなると、ちょっと困ったことになるかもしれない。
なにしろこの家は六畳一間の二階建てという狭さだ。
うーん……。
バラバラと石が散らばる音。
「お、おぉぉ……きゃーーー!」
見ればアンナが石を慎重に重ねて積んで、遊んでいた。
「お、いいなそれ。高く積めたほうが勝ちだ」
俺も参戦。
アンナと競って小石を積む。
将棋では勝てないが、これならばいける!
「おぉぉ……あーーーー!!」
バラバラと崩れるアンナの積み石。
「ふっふっふ」
俺はにやりと笑ってアンナに五個まで積んだ石を見せる。
「むーーー。あ!」
悔しそうなアンナだったが直後驚きの声。
アンナの視線を追って振り向けば、なんとリズミナがいつの間にか十個もの小石を垂直に積み上げていた。
「なんだってーーーーー!!」
「すごーーーーい!」
俺とアンナの驚きが重なる。
何一つ同じ形をしていないいびつな小石を、どうやったらそんなにきれいに積み上げることができるのか。
なんという集中力。なんという繊細さ。
それは神業と言ってよかった。
「いえ、そんなにたいしたことでは……あはは……ああっ!?」
テレた様子のリズミナがもじもじと身じろぎした、ほんのわずかな振動がいけなかったのだろう。その見事に積み上げられた積み石はあっさりと崩壊した。
それでも……。
「天才だ」
積み石の天才リズミナ。
石を愛し石に愛された少女がここにいた。
結局俺たちはその日は石を積んで遊んで過ごした。
リズミナは二十七段もの記録を樹立した。
俺とアンナが息をするのも我慢していれば、もしかしたらもっと記録は伸びていたかもしれなかった。




