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アンナ 大☆変☆身

 露店を後にして俺とアンナは、ポポルッカを食べながら街道を歩く。

 ほどなくして目的地、イリシュアール国一の鉱山の町。アールドグレインに到着した。

 道行く人々はどこか疲れたような雰囲気を漂わせており、町からは活気が感じられない。

 適当な宿に入ると、陰気な顔をした店主が言った。


「最近はめっきり客足が減ってしまってね。全室空室です。ええ、ええ、今日お客さんが来てくれたのは、ほんと助かりますよ。部屋はこちらで用意させていただいても?」


 最上級の部屋に泊めて料金をふんだくりたいという意味だ。

 まあ無茶な料金でなければいいだろうと、快くうなずいておく。

 とたん陰気だった店主の顔に笑顔が戻るのだから、現金なものだ。

 そしてその料金は、思ったよりも安かった。

 宿は決まった。あとは仕事だ。


「ずっと歩いて疲れただろ。俺は休む前に一仕事してくるから、お前は休んでおけ」


 そう言って部屋を出ようとした俺の腰に、アンナがしがみついてきた。


「あたしも一緒に行きたい」

「仕事だぞ。つまんないぞ」


 目をウルウルさせて首を振るアンナ。

 まあ、いいか。


「じゃ、行くか」

「うん!」


 目指すは採掘場だ。

 宿を出て横のアンナを見る。

 アンナはへらっと笑って手を差し出してくる。

 手を繋いで街中を歩くのは恥ずかしかったが、こんな笑顔で差し出された手をはねのけられるわけがない。

 ちょんと指を触れさせると、俺の手をぎゅっと握ってくるアンナ。


「お仕事って、何をするの?」

「ああ、俺は符術士でな。術符を作ったり売ったりすることを仕事にしてる」

「術符って?」


 俺は一枚の紙きれを出してアンナに見せる。

 その紙切れは指二本分くらいの幅の長方形。術の内容を記す紋様が描かれていた。


「この世界には魔法を使うことができる魔術師って連中がいてな。この術符は魔術師じゃない人も魔法が使えるようにしたものだ」


 何を隠そう術符を発明したのはこの俺だ。


「ふーん」


 分かっているのかいないのか。アンナは小首をかしげるだけ。

 魔術師自体数万人に一人しかいない、超がつくほど珍しい人種だ。想像が及ばないのも無理はない。

 転生して文字を覚えた辺りから本を読むことしかやることがなかった俺が、たまたま魔術書の類に興味を持ち、たまたま魔術師の才があっただけだ。こっちの世界の両親には、物心ついてすぐに本を読みふけるようになった気味の悪い子供に見えたことだろう。

 魔術は魔力をイメージ化する技術で、それを術符へ落とし込むには、前世での電子記憶媒体等のイメージが適していたということだ。

 全盛期は大勢の鉱夫が集まり、その家族たちが暮らしていた町。

 今は活気が無いとはいえ、歩きながら見物するには見ごたえ十分の建物群が俺たちを見下ろしている。

 三階、いや四階建ての建物なんて、この世界ではなかなかお目にかかれるものではない。

 アンナは唇に指を当てて、真剣にその景色に見入っていた。


「お前、この町には来た事ないのか?」

「え? うん……たぶん。ない……と、思うけど。よく分かんない」


 アンナにしては似合わない自信なさげな言葉。

 もしかしたら幼少期に母親に連れられて、とか。そういえばアンナの村のおばさんはアンナの母親が都に行ったことがあると言っていた。アンナは都会生まれなのかもしれないな。

 坂を上りながら町を抜けて、小高い山にぽっかりと口を開けた採掘場へたどり着いた。

 その辺の屈強そうなおじさんに声をかけると、すぐに上役を呼びに行ってくれた。

 上役のおじさんは、立派な口ひげを蓄えた威厳に満ちた人物だった。

 そして自身も鉱夫なのだろう。肥大した筋肉のたくましさがそれを物語っている。


「私、符術士のクリストファーと申します。ご依頼を受けてご注文の品をお届けに参りました」


 おじさんは大きく眉を跳ね上げた。


「若いな。俺の息子より若いじゃねえか。とても術符を扱う魔術師には見えん」

「よく言われます。ですが、本物であることは保証しますよ」


 言って術符の束を渡す。

 爆破符二百枚。

 起動させてからきっかり二十秒後に爆発するよう調整した特別品。

 ちょっとした戦争を始めることだって可能な、紛れもない兵器の塊。


「そっちのちっこいの、奴隷か? まさかそいつも売りに? こう言っちゃなんだが一日で潰れちまうね」


 不躾な視線を今度はアンナに向けてくる。

 奴隷は何もめずらしいものではない。こういった鉱山では奴隷も大勢働いているはずだ。


「違います。訳あって一緒にいますが、奴隷ではありません」


 その訳は言いたくないと言外に匂わせた言葉だ。

 おじさんはそれ以上は追及してこなかった。


「確認させてもらうぜ。気を悪くしないでもらいたいんだが、今この町はマジでヤバい状況なんだ。万が一偽物をつかまされた、なんてことになったら大事だ」


 そう言っておじさんは部下の鉱夫に術符の一枚を渡した。

 鉱夫はしっかりと頷いてから坑道の奥へ消えた。

 少ししてから響き渡ったのはとてつもない爆音。


「わわっ」


 アンナが思わず体を泳がせる。

 それほどの揺れを伴った大爆発が起こったのだ。


「はっはっは!! 確かに本物のようだ。兄ちゃん、若いのに大したもんだな!」


 音だけで爆破符の質を完璧に把握してしまったのだろう。

 豪快に笑っておじさんは俺の背中を叩く。


「ぐえっ」


 鉱山の男の手荒い歓迎を受けて情けない声が漏れてしまう。

 それを見てさらに笑うおじさん。

 ともあれ信用はしてもらえたみたいだった。


「金を渡そう。こっちだ」


 坑道の入り口そばには、それなりにしっかりした造りの木造の建物があった。

 おじさんは金庫を開けて出した小さな布袋を、無造作にテーブルの上に放る。

 袋の口の紐を解いて中を見れば、金貨が十枚は入っていた。


「ふっ、なに、その程度の金はまともに採掘が進めばすぐに回収できる。いやほんと助かったぜ」


 そう言って頭を下げるおじさん。


「いえ、何もそんなことをしていただかなくても」

「いいや、頭を下げさせてくれ。何しろ術符はお隣さんの専売だ。輸出を止められちゃ鉱山事業は干上がっちまう。鉱山を掘り進めるのに最も必要なのは爆破符だからな。一昔前ならいざしらず、今はあれがなきゃ始まらねえ」


 お隣さんというのは隣国キリアヒーストルのことだ。そして俺が店を構えている国でもある。

 輸出停止とは穏やかではないが、街道が寂れていたことに関係しているのだろうか。

 まさか術符の発明がこんな大規模な鉱山や、国にまで影響を及ぼしているとはなぁ。

 最初に魔法を符に込めた時は、そんなことは思いもしなかった。

 そもそも国はどうやって俺の技術をパクったんだ?

 術符はただ紙に字を書けばいいという物ではない。

 精密な機械のような魔術を組み上げて、紙の上に再現するという作業だ。

 文字はただ魔力がこもっているだけでなく、それ自体が一種の電子回路のような役割を果たす。

 まあ今はとりあえず大口の取引が無事成功したことを喜ぼう。


「では、また。ご入り用の符があればご連絡ください」

「おう! いやああんたの噂を聞けてよかったぜ。最初は眉唾かとも思ったんだがな。信用できる筋の情報だったから賭けてみたんだ」


 今回の依頼はわざわざ手紙一枚のために使いの人を寄こしてのものだった。

 確かに爆破符二百枚の取引はそれくらい慎重になるのも頷けるというものだ。

 おじさんには自宅に寄って食事でもと誘われたが、丁重に辞退した。

 それはアンナに言われた言葉がショックだったからだ。

 奴隷。

 確かに布切れ一枚の姿はひどすぎた。

 汚れと垢で真っ黒な体をきれいにしてやって、上等な服を着せてやりたい。

 宿屋に戻るや店主に相談する。


「え、女手ですか? ええ、いますが。おーいエルター!」


 大声で呼ぶ声を聞きつけて、大柄なおばさんが宿の裏口から入ってきた。

 洗濯物でもしていたのか、腕まくりをしたおばさんはむすっとしていて不愛想。


「この子、アンナって言うんですけど、湯でも沸かしてきれいにしてやってもらえませんか?」


 エルタと呼ばれたおばさんはアンナに視線を落とす。

 アンナの汚れようを見てもその眉はピクリとも動かなかない。このおばさんは信用できると思った。


「では、くれぐれもよろしくお願いします」


 そう言ってエルタさんに銀貨を渡す。

 エルタさんは渡された貨幣の価値に気付いて、背筋を伸ばした。

 エルタさんに丁寧に促されて奥へと連れられる間、アンナは不安そうに振り返ってこっちを見ていたが、大丈夫だと言うように笑顔で頷いておいた。

 そして俺は大急ぎで宿を飛び出す。

 アンナの湯あみが終わる前にいい感じの服でも用意してやるつもりだった。

 宿の店主に教えてもらった服屋へ駆け込んで、身振りでだいたいの身長体格を伝える。

 用意された品の中から直観で選んで引っ掴み、代金を払って駆け戻った。

 宿の店主に買った服を預けて部屋へ戻り、アンナの湯あみが終わるのを待った。

 そしてしばらくの後、部屋に現れた少女は、驚くべき変貌を遂げていた。


「まじか……」


 驚きのあまり一瞬意識が遠のいたくらいだ。

 うっかり床に崩れ落ちなかった自分を褒めてやりたい。

 もう奴隷だなんて誰にだって言わせない。

 いや彼女を見て奴隷だと言う人間は誰もいないだろう。

 それどころか、どこかの姫だと言っても間違いなく通用する。

 それほどの美少女にアンナは変身していたのだ。

 ボサボサで、元の色が分からないほど汚れてくすんでいた髪は輝くような金髪。ちょっと少女趣味かもと思った大きな赤いリボンがよく映えている。

 肌は透き通るようななめらかさで、若干の日焼けが差して健康的。

 ちょっといいところの町娘が着るようなひらひらの付いた白のワンピースはサイズも奇跡的にぴったりだった。


「どうしたの、クリス。……ヘン、なのかな?」

「……」


 言葉が出ない。

 変なものか!

 とってもとっても、超絶可愛いよ!

 そう叫びたかった。

 だけど、妙に意識してしまって声が出ない。

 その沈黙をどう捉えたのか、アンナはぶわっと泣き出して回れ右。


「うわーーーーーーん!! やっぱり脱ぐーーーーーー!!」


 部屋のドアをどかんと開けて飛び出す寸前で、アンナの腕を捕まえる。

 そして振り向かせて、力いっぱい抱きしめた。


「え? え?」


 何が起こったのか分からないというように目をパチクリさせるアンナ。


「可愛いよ。よく似合ってる」


 アンナが俺の背中に回した腕にぎゅっと力を込めてきた。


「ほんと!? ほんとに!?」

「ああ」

「うれしい!」


 鼻孔をくすぐる石鹸の匂いを楽しみながらいつまでもアンナを抱きしめていたい気持ちだった。

 そこへ、控え目な咳払い。

 開け放たれた部屋のドアの向こうから、店主とエルタさんの二人が覗き込んでいたのだ。


「大声が聞こえたから来てみれば。お客さん……」

「ああー、違うんです。違うんですよほんとこれは!」


 ぱっとアンナの体を離すが、見られた後では何もかもが遅い。

 エルタさんはやれやれとため息をついた。


「私だって驚きましたよ。どんなドブから拾い上げた雑巾だってここまでは汚れていないっていうくらいの汚れを落としてみれば、出てきたのがこんなきれいな宝石だったなんてね」

「それに、その服もよく似合っている。お嬢ちゃん、その服は今そのお兄ちゃんが買ってきてくれたものだよ」


 店主のおじさんの言葉に、顔をくしゃくしゃにして泣き出すアンナ。

 そして俺の体に再度抱きついてくる。


「うわーーーーーーーん! ありがとう! ありがとう! クリス! 大好き!!」


 宿の店主は俺たちの関係を聞くような真似はしなかった。

 二人は顔を見合わせた後、それじゃ後はごゆっくりとだけ言ってドアを閉めていった。

 宿の店主が夕食に呼びに来るまで、ずーーっと抱きつかれたままだった。

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