アンナはお肉のお城の夢を見る
俺はまぶたの裏に光の刺激を感じて、うっすらと目を開けた。
目の前にはアンナの寝顔。
アンナの息が鼻先にかかり、ちょっとくすぐったい。
ああそうだ。ゲレルトの町で料理を堪能して一泊した後、俺たちはバザンドラの自宅へと帰って来たんだった。
昨日は旅の疲れから倒れ込むようにぐっすり。
やっぱりどんな高級な宿よりも自宅のベッドが一番。
窓から差し込む日差しが、アンナと俺を起きよとばかりに強く照らす。
まあ、アンナはまだ夢の中みたいだけど。
「えへへー……」
かわいい寝顔の口元は愛嬌たっぷりに口角が上がり、何やらうれしそう。いい夢でも見ているのかな?
ふと、体を包む熱に気付く。
一人で夜を過ごしていたころは、毛布の中がこんなにも暖かくはなかった。
アンナの体温だ。それが毛布の中に充満している。
寒い日なんかは助かるかもしれないな。
ほんと、かわいくなったよなこいつ。
出会った頃はボロボロで真っ黒だった。
最初の驚きは体をきれいに洗って身なりを整えたときだった。
あの瞬間は今も強烈に記憶に焼き付いている。
そしてその後も、日を追うごとに輝きを増しているようだ。
なんというか、すくすくと育って大輪の花を咲かせるひまわりの花を連想した。
俺は日差しを受けて輝くアンナの金の髪に指を入れてみる。
サラサラの感触。アンナの匂いがふわっと鼻孔をくすぐる。
「あうぅ……もう食べられないよ……」
なんだってーーーーー!!
俺は戦慄した。
まさか、まさか現実にこんなベタな寝言をしゃべるやつがいたなんて!
ベタだ! ベタすぎる!!
な、ならあれをやってみるしかあるまい……。
俺は胸の奥に芽生えたいたずら心に従うままに、アンナの耳元に口を近づけた。
「ポポルッカ……」
アンナと出会って最初に食べた屋台の料理。
「う……」
アンナの寝顔が、悩まし気に歪んだ。口元からはよだれがひとすじ。
おもしろい!!
俺はそのよだれを指で拭ってやって、次の攻撃をしかける。
「パクパク、ポルポメリカーナ、サーシルタンにええと……」
今までの旅程で味わった料理の数々を並べてみる。
「はぅぅ……えへ……えへへ……」
でれっとしまりなく表情を緩ませて、無防備な笑顔をさらすアンナ。
うわぁ……。
ここまでだらしない笑顔って、正直見たことない。
放っておいたら溶けちゃうんじゃないだろうか。
頬を指でつついてみる。
指先をほとんど押し返すことなくむにっと沈む。
つんつん。つんつん。
「えへへぇ……」
ぜんぜん起きる気配なし。
頬をつまんで引っ張ってみる。
「はわぁー……んにぃ……」
指を離すと元のゆるゆる笑顔。
「リウマトロスの丸焼き……サンドイッチ」
「はぅっ……ふぅぅ……おいしい……おいしぃぃい……じゅるり」
うわっ、すごいよだれが!
なにか拭く物……。
慌ててベッドから上半身を起こしたが、間に合わなかった。
アンナの口元のシーツには大きな染み。
はぁ、仕方ないな。
ったく、どんな夢見てるんだか。
リウマトロスの丸焼きなんて、どんな大きさだよ。
自分で言っておいてなんだが、お菓子の家どころのレベルじゃねーぞ。
城! 城だよ! お肉の城だよそれは!
夢の中のアンナはそんな突拍子もない言葉にも、ちゃんと想像が追い付いているらしかった。
幸せそうに顔をゆるませて、口元をもにゅもにゅしていた。
「クリス……」
「えっ」
突然名前を呼ばれて、どきんと心臓が鳴った。
アンナ……?
「クリスのサンドイッチ……おいし……んにゅぅ……」
ぼすっと枕に頭を落す俺。
一瞬ビビった俺がアホみたいだった。
結局アンナはおいしい夢を堪能中と、そういうことらしい。
大きくため息を吐く俺だったが、次の瞬間予想外の不意打ちに今度こそ思考が止まった。
「クリス……大好き」
「――っ!!」
がばっと毛布を跳ね上げて飛び起きる俺。
ベッドから転げ落ちるようにして飛び出した。
そこでようやくアンナの目が開いた。片方だけ。
「んゆ……クリス?」
ごしごしと目をこするアンナ。
「お、おはよう」
「ん……おはよ。クリスなんで床に寝てるの?」
俺はベッドから転げ落ちて床に尻もちをつくような格好。
状況を説明するのも面倒くさい。
代わりにこう言った。
「朝メシ、何が食いたい?」
アンナは二、三度目をぱちぱちしばたたかせる。
そして次の瞬間には大輪の笑顔。
「リウマトロスの丸焼きーーーーー!!!」
両腕をばっと上げてばんざいのポーズで高らかに宣言。
「いや、無理だから……」
俺は呆れてツッコミを入れるしかなかった。




