鈴
翌日俺は、アンナとリズミナを連れてレクレア村跡へと足を運んだ。
イリア率いる軍の連中は、朝のうちに撤収の準備を終えてすでに帰っていった。
昨日の夜は結局調査の件を言うのを忘れていたのだが、朝になってなんとか間に合い、了承を得ていた。
軍はいったん撤収するが、後日また調査及び犠牲者を埋葬するための人員が派遣されるという。
俺たちが村を調べるのならそれまでにと言われた。国に先んじての調査の許可はかなりの特別扱い。イリアに感謝しておいた。
村はやはりひどい有様だ。
数十ある建物のほぼすべてが真っ黒な焼け跡。
そして辺りは昨日死闘を繰り広げた魔物の死体で埋め尽くされている。
民家の焼け跡を子細に見ていると、木でできた木馬を発見した。
やはり焼けて黒くなっているが、形はきれいに残っている。
子供がこのおもちゃで遊んでいた様子が目に浮かぶようだ。
「くそっ」
胸の奥がムカムカするような怒りがこみあげてくる。
魔物が襲う前にはこの村にも生活があり、人々や子供の笑い声が絶えなかったはずなのだ。
「クリス」
民家の焼け跡の一つに座り込んでいたリズミナが俺を呼んだ。
リズミナの手には真っ黒い小さな丸い物体。焼け跡に落ちていたらしい。
「なんだこれ」
それには答えずリズミナはローブの内側でごそごそと手を動かして、ある物を取り出した。
リズミナが出したのは小さな鈴。
くすんだ黄金色。真鍮っぽい。
並べて見てみれば、リズミナが最初に手にした真っ黒の物体と、それはよく似ていた。
「それはどこで?」
「昨日、山の中で見つけた」
あのゴタゴタの中でよくそんな真似ができたものだ。
男の子を助けたのもリズミナだったしな。
「お前、本当にめちゃくちゃ優秀なんだな」
「……」
リズミナは答えない。
フードをつまんでさらに目深に被り、顔を隠す。テレたのか?
「魔除けか何かかな?」
鈴は音で自身の位置を知らせ、人間がいることをアピールする。
熊除けとして山に入る人が身に付けることがある。
転じて魔を払う、魔物も除けることを期待するというのは、まあありそうな話だ。
リズミナは手の上の鈴を慎重に転がしていた。
「ちょっと貸してくれ……文字が彫ってあるな」
リズミナの手の上からひょいと鈴をつまみ上げる。
鈴の表面に打刻された文字。それは見たことのない物だった。
確証は持てないが、なんとなく怪しい鈴だ。
「鳴らしてみていい?」
興味があるのかないのか、たぶんなんとなく言ってみただけだろう。アンナは俺を見る。
「まさかこいつを鳴らすと魔物が寄ってくる、とかな」
「どうだろうな」
軽い冗談のつもりだったがリズミナは笑わない。
「で、他に手がかりらしいものは見つけたのか?」
首を振るリズミナ。
「収穫はこいつだけか。この辺で切り上げるか?」
「……そうするしかなさそうだ」
もう見るべきところは調べた。
帰るしかないだろう。
「鈴……か」
俺はその鈴を目の前に掲げて、透かし見るように山のほうに向けた。
少し揺らすと、澄んだ音がしゃりん、と響いた。
『それ、には近づかないほうがいい』
「えっ――」
ドキッとして思わず鈴を落しかけた。
声が聞こえた。
まるですぐ耳元でささやかれたような、はっきりとしたものだった。
そして振り返って絶句する。
そいつがいた。
僧侶のような、神官のような、ゆったりとしたオレンジ色のローブを身にまとっている。
ローブには細かく青い刺繍がされていて、高級そうに見えた。
目立つ格好だ。
今まで俺も、アンナもリズミナもこいつに気付かなかったのか!?
ウェーブのかかった金の髪を肩の下あたりまで伸ばした少女。
顔はやや浅黒く、日焼けなのか地の色なのか判断しにくい。
その少女が視界の先、村の外ぎりぎりの外れから俺を見ていた。
大声を上げなければ声など届かないはずだ。
それなのにその声ははっきりと聞こえた。
『それは君の手に余る代物だ。やめておいたほうがいい』
幻覚か? それとも魔法か?
魔術師を見た目で見分けることは不可能だが、なんとなく彼女は違うような気がした。
少なくとも俺が知ってるやつじゃない。
こんな少女は今まで一度も見たことがないと、それだけは断言できた。
だが向こうは俺のことを、なんだか知っているような口ぶりだ。
手に余る? なんでそんなことがわかるというのか。
一体この鈴は……?
「おい、リズミナ」
「なんだ?」
一瞬リズミナを見て呼びかけ、視線を戻す。
だが視線を戻したときにはもうその少女は消えていた。
「クリス、どうしたの?」
アンナも不思議そうに訊いてくる。
「いや、なんでもない」
「……?」
リズミナとアンナは俺の視線を追って村外れを見ながら、不思議そうに首をひねっていた。




