異世界B級グルメ、ポポルッカ
次の日。
俺と少女は手を繋いで街道を歩いていた。
「ねえねえ、あのパンすっごいおいしかったね! それにバター! えへへ。たっぷり塗っちゃった」
いやほんのちょっぴりしか塗ってなかっただろ、お前。
幸せそうな顔によだれを垂らして、まだ夢見心地のままなのか、足取りはふわふわと雲の上を行くよう。
そのパンにしたってお世辞にも上等は言えない代物だった。
そんな粗末な物を食ってここまで有頂天になれるやつは初めて見た。
本当に贅沢とは縁がなかったんだろうな、こいつ。
「一応五個ほどもらってきたからな。腹が減ったら食っていいぞ」
「ええええええっ!? 五個も!?」
飛び上がるほど驚いてから、今度は怒りの目を向けてきた。
「だめだよ! 盗みだけはやっちゃだめってお母さんが言ってた! 返してこないと!」
俺の外套を引っ張る少女。
「違うよ。お前も見ただろ。金貨だよ。俺は金持ちなんだ」
「ほえー……あっ、そうか」
そう。ピカピカの金貨を、迷惑料代わりにくれてやってきた。
代わりに水と、いくつかのパンをいただいてきたというわけだ。
外との交流が全くない場所ではない。特にああいう小さな村落では、現金の価値は絶大だ。
本来ならパンどころか村にいた家畜の数十頭は買える価値だ。
村人がどれだけ少女を恨んでいようとも、パン数個を引き出すには十分すぎる威力を持っていた。
「そういやお前、名前なんて言うんだ?」
「ふぇっ!? ふぇ、ふぇ……」
急におかしな口調になる少女。
「お、おいどうしたんだ?」
「フェリシアーナ」
「ん?」
「あたしの名前だよ。人に名前を聞かれるのなんて初めてだから言いにくかっただけ。舌を噛みそうな名前だしね。兄ちゃんだけだよ、名前教えたの。みんなはあたしのことチマって呼んでたからね」
「チマ?」
「ちんまいからチマ」
ああ、なるほど。
確かに小さなこの子にはピッタリの――。
「なに? その笑い」
半目で睨んでくる少女。
「わ、笑ってないぞ」
「いいや。ぜーーーったい失礼な事考えてた。ちっこいとかチビとか」
う……。
その通りなので何も言い返せない。
「クリスだ」
「は?」
「俺の名前。ほんとはクリストファーっていうんだが、クリスのほうが言いやすいだろ」
転生前は唐鷺恭弥という名前だったが、それは言う必要はないだろう。
「じゃあじゃああたしも。フェリ……じゃなくてアーナ。うーん……」
あごに手を当てて考え込む少女。
「アンナってのはどうだ」
ぱっと顔を上げて見上げてくる少女。
「うん! アンナ! あたしアンナ! へへへ」
「おう、よろしくな、アンナ」
頭に手を当ててわしゃわしゃ撫でる。
「よろしく、クリス!」
頭を撫でる俺の手を、両手でしっかりと握り返してくるアンナ。
人通りもなくただ広いだけの赤茶けた土道を、ひたすら歩く。
途中大きな木を見つけて、その下でパンを食べて休憩して、太い幹に背中を預けるようにしてうたた寝をした。
アンナは俺の両の足の間に入って居心地よさげだった。
そうしてまた歩く。
俺の知識が間違ってなければ、さすがにそろそろ着く頃なはずだ。
アンナの様子がおかしくなれば、すぐにでもおぶってやるつもりだったが、その必要はなかった。やはり、たくましい子だ。
「おっ、人だ」
「おおー」
アンナも声に出して驚く。
ちらほらとだが、すれ違う人が現れだした。
目的地が近いのだ。
そもそも俺がろくな準備もせずに適当にこの国へ足を運んだのだって、街道をまっすぐ歩けば着くことを知っていたからだ。
それがとんだ強行軍になってしまった。
適当な飯屋で食べて宿屋に泊まりながら、と考えていたのがいけなかった。
まさか街道があんなに寂れていたなんてなぁ。
次からはどんな地へ行くにしても準備はしっかりとしておこうと思った。
旅人たちが揃いも揃って大仰な荷物を背負っているのは、ちゃんとした理由があったのだ。
その時俺の鼻先に、かすかなにおいが通り過ぎた。
アンナも俺を見る。
「お前も気付いたか」
露店だ。
行く先に遠く見える四角いシルエットは間違いなく露店である。
俺とアンナはまるでそれしか目に入ってないかのようにじっと露店を見つめて歩く速度を上げた。
お腹はさっきから鳴りっぱなし。
村でもらったカサカサのパンしか食べていないところへこのおいしい匂いを嗅げば、我慢などできるわけがない。
「いらっしゃい!」
露店のおっちゃんは威勢のいい声を張り上げた。
丸いくぼみがたくさん空いた鉄板に、白い液体を流し込んで焼いている。
頃合いを見て鉄串でひっくり返していけば、きれいな丸いボール状に焼き上がる。
「え……タコ焼き?」
「あん? こりゃポポルッカだよ。知らねぇのか?」
いやどう見てもタコ焼きでしょこれ。
「ああ、兄ちゃんよそ者か。じゃあこの鉄板が珍しいのかもしれねえなぁ。まあ食ってってくれよ。イリシュアール一のポポルッカとはうちの店のことよ」
おっちゃんは手際よく鉄串でタコ焼き――ポポルッカを拾い上げて、皿代わりの大きな木の葉に並べていく。
一人前十個。
ずいっと手渡された。
「持ち帰り? だったらその葉の両端をつまんでこの紐でキュッと縛ればいい」
おっちゃんの手には植物のつるが一本。
「ああいえ、ここで食べます」
タコ焼き。どう見てもタコ焼きだ。
添えられた楊枝を使って一個、かじってみる。
思った通りのアツアツで、丸ごと口の中に放り込んでいれば大惨事は免れなかっただろう。
「あっあっ、あふっ!! あふぅぅうううう!!」
さっそくやってしまったのか、アンナが目に涙を溜めて空を向いてはふはふ息を吐いて苦しんでいた。
やけどをしてないか心配だったが、それでも吐き出さない辺り、根性がある。
「これは……」
タコ焼きよりもしっかりとした歯ごたえ、それでいて外はカリッとした触感。
なんだろう、イモか? イモ系の食感。いやでも流し込んでいた液体は小麦粉を溶いたものに近いように見えたが。
そして味は……。
味が……しない?
「あっはっは。ほれ、そこのタレをかけて食うんだ。量はお好みでな」
おっちゃんが示すは台の上に置かれた手のひら大の木樽。その先端は醤油さしのように小さな穴が開いている。
恐る恐る中身をかけてみれば、それはとろっとした黒い色の液体。
タレをかけたポポルッカをもう一度口へ運ぶ。
「ん」
おお、すごい!
俺には若干甘すぎる気もするが、下味のないポポルッカにはよく合っている。
甘しょっぱいタレとポポルッカの組み合わせは、食感こそ違うが味噌田楽を初めて食べた時のような感動をもたらした。
タコ焼きの見た目に騙されてはいけない。
これはある種スイーツに近い。
異世界B級スイーツポポルッカ。これは覚えておこう。
横ではさっそくタレ付きポポルッカに挑戦したアンナが幸せの表情で目を輝かせていた。
「はふーーーーん」
と奇妙な声を上げていた。なんだそりゃ。
アンナは両手をほっぺに当てて体をくねくね。
「クリス! おいしい! おいしいよこれ」
「ああ、そうだな」
「ものっっっっすごくおいしいんだよ!! 信じられない!!」
楊枝を天高く掲げて高らかに宣言するアンナ。
伝説の剣か何かか? その楊枝。
「そ、そうだな」
「がっはっはっはっは!! ありがとうよお嬢ちゃん。いやぁ、最近旅行客も減っちまってな。こんな気持ちのいい客、久々だぜ」
そして俺に目配せしてくるおっちゃん。「で、どうする?」とその目は言っていた。
アンナが横からひょいひょいとつまんでは食べつまんでは食べ、手にした木の葉皿の中はもう空っぽだった。
「ああ、もう一つ……いや、二人分もらうよ」
「まいどありっ!」