野菜のシチュー
リック他なじみの客の家を回り、一応のあいさつを済ませた。
店の貼り紙をほったらかしにしていたので怒られるかとも思ったが、国が術符の供給を始めたこともあってみな気にもしていない様子だった。
国も暴利をむさぼったりはしていない。
一応俺がいる限り独占販売とはいかないはずだからな。
さて、だいぶ歩いたな。
横のアンナをちらと見る。
アンナは俺が見ていることに気付くと無邪気な笑顔で返してくれる。
いや、これは期待している顔だ。
分かってる。
「何か食ってくかー」
「おーーーーーーー!!」
待ってましたとばかりのアンナのガッツポーズ。
腹がめちゃくちゃ空いていた。
バザンドラの町は無駄に広い。
長年住んでいても入ったことのない店は結構あった。
「ここはいいかもしれないな」
周りには住宅が多い一角。
見た目には民家と変わらない木造二階建て。
子供を遊ばせられるだけの広さの庭と、庭を囲む背の低い植物の生垣。
だがその入り口には看板があった。
食堂ミラーポンネ。
いわゆる隠れ家的な店というやつだ。
扉を開けて中に入ると、四人で座れるテーブル席が四つと、カウンター席があった。
俺とアンナはテーブル席に座る。
中は掃除が行き届いていて清潔感がある。鉢植えの観葉植物が目に優しかった。
さっそくメニューの冊子を広げてみる。
煮込み系の料理が多いな。
それが売りの店なら頼んでみるのが常道だろう。
俺は手を挙げて店員を呼んだ。
「すいませーん」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
二十代後半くらいの女性店員が笑顔で応対に来た。
「このシチュー系でおすすめのありますか?」
シチューに関して言えば、転生前日本で食べていたものと大きな違いはない。
「リマウルシチューかアーカンリットシチューですね」
リマウルは野菜中心。アーカンリットは肉系。
「じゃあリマウルシチューで」
アンナは……。
「あたしもー!」
やっぱりか。
そういえばアンナはなぜいつも俺と同じものを頼むのだろう。
もう文字も覚えてきたことだし、メニューの内容には知った料理もあるはずだ。
「ああ、それとパン二人分」
「はい、かしこまりました」
そう言って店員は厨房へと消えた。
俺はアンナに聞いてみる。
「なあアンナ。お前、好きな物頼んでいいんだぞ。なんでいつも俺と同じのなんだ」
にっと歯を見せて笑うアンナ。
「クリスといっしょに食べたら、クリスと同じおいしいを楽しめるでしょ? わーーーおいしいーーー! って思ったとき、クリスも同じだって分かるとうれしいから」
「味の好みって結構個人差があるぞ」
アンナはうーんと首をひねって考える。
「なんて言ったらいいのかなー。おいしいって思ったとき、どんな味かクリスに伝えようとしたら、同じものを食べてたら何も言わなくてもわかるでしょ? もしクリスにとってはおいしくなかったとしても、あたしがどんな味をおいしいって思ったのかはわかるわけだからー、それってすっごくうれしい! だってクリスにあたしのこと、知ってもらえるってことだから」
同じ経験を共有できる。それ自体がいいってことか。
たしかにアンナといっしょに過ごして、どんな物が好きかとかだいぶ分かった気がするな。
アンナはだいたいの物は美味しい美味しいって食べるけど、その反応の違いは結構あるんだよな。
「なるほどな」
なんかちょっとこそばゆい気もするけど、そう言われて素直にうれしい。
俺もアンナのことをもっと知りたいし、知ってもらいたい。
なら同じ経験を共有していくってのは重要なことだ。
まてよ。
「なら今度はアンナが先に注文してみるか。俺がそれに合わせるからさ」
「クリスのほうが色々なこといっぱい知ってるから。食べ物のこととか。あたしはメニューを見ても分らないのも多いし。だからクリスが選んだほうがいいと思うけど……」
「ならお前が食べたい! って思ったメニューがあったら、そのときは俺が合わせてみるから、遠慮なく言ってくれていいぞ」
「うん!」
そこへ、頼んだ料理が運ばれて来た。
木の皿の上に置かれた陶器の丸い器。
中身は茶色でトロトロのシチューだ。
ゴツゴツした石のように見える野菜が入っている。色は深い緑色で見た目に反して堅くはない。サリマという野菜だ。
そして贅沢に使われているチーズもいい香り。
俺は荷物袋から取り出したおそろいの銀のスプーンをアンナに渡す。
「えへへー」
このスプーンを使うのはやっぱりうれしそうだな。
「熱いから気を付けろよ」
そう言ってスプーンですくって、フーフー息を吹いて少し冷ます。
一口。
舌にぶわっと広がるうま味。
じっくり時間をかけて食材を煮込んだ時にだけ出せるこの濃厚なコク。
思わず目を閉じて味を楽しむ。
野菜もサリマだけではない。甘くて肉厚な赤い野菜、しっかりと味が染みた白い野菜。どれも大胆に大きめにカットされているのがうれしい。贅沢大きめ野菜のコトコトシチュー。そんな感じ。
「んんんーーーーーーー! はぁーーーーーおいしいーーーーー!」
アンナも当然合格点だ。
野菜のチーズのかかった部分を持ち上げてみれば、溶けきったチーズが糸を引いた。
チーズの濃厚さとシチューのうまみ、それに野菜の食感。
野菜シチューの贅沢ここに極まれり。
野菜は主役にもなれるんだよな。
サリマを見ると本当にそう思う。
ザクっとした触感と鼻孔を抜けるいい香り。シチューの味の染み込んだサリマは本当にうまい。
そして手のひらサイズの丸パン。これをちぎってシチューに付けるのが定番の食べ方。
パンはシチュー用に塩気の少ない物を、きちんと用意してくれているのがありがたい。
ふわりとしたパンにシチューが絡むことで、トロっとした食感が楽しめる。
俺を真似してアンナも同じようにパンをシチューに付けていた。
「おおーー。んっ、はふはふ。おいひぃーーーーー!」
うっとりした表情で食ってやがる。
いい顔だ。
ポン! ポポポン! ポポン!!
そこへ、大きな破裂音が連続して響いた。
「わっ!?」
アンナはびっくりして腰を浮かせる。
音のするほうに目をやれば、向こうのテーブルで家族連れの客が、大皿の料理を囲んでいた。
「ははあ。マイユラヘンだな」
「マイユラヘン?」
アンナは小首をかしげる。
その家族は夫婦と小さな女の子と男の子の四人。楽しそうに笑いながら大皿を囲んでいる。
大皿に乗っているのは大きなパイ包みのような料理。
「キリアヒーストルの、ちょっといいところ家なんかじゃ、何かお祝い事があるとあの料理を食べるんだ」
誕生日とか、主に子供のお祝いだ。
アンナは楽しそうにマイユラヘンを囲む家族の様子を、じっと見つめていた。
シチューが冷めるのもお構いなし。
俺はその様子が面白くて、つい笑ってしまう。
アンナが何を言い出すか予想がついたからだ。
「クリス、あれ」
「何かな?」
わざとらしく片目を閉じて、知らん顔をしてみる。
さっき約束したばかり。
アンナが食べたい料理なら、今度は俺がそれに合わせると。
「あれ食べたい!」
その言葉が聞きたかった。
「大丈夫か? 家族用だぞ。ちゃんと食べれるか?」
「食べれる!!」
真剣な顔のアンナ。
俺も最初から断るつもりなんてない。
「おーけー」




