帰国
人間界イリシュアール国へと帰還した俺は、城へ戻ると意外にも大きな歓迎を受けた。
「町のほうが騒がしかったが、なにかあったのか?」
俺が不在の間、筆頭政務補佐官として国政の中核を担っていたルイニユーキは、部屋に入ってきた俺を見るや執務机から飛び上がってこちらへ駆け寄ってきた。
「クリス殿! よくぞご帰還くださいました! 町の賑わいはもちろん、クリス殿の帰還を喜ぶものですよ。今回は前もって魔法で連絡をいただいてましたからね。クリス殿帰還の報はすでに国民の間にも広がっているのです」
魔法で連絡、とは以前俺が作った術符を伝書鳩のように飛ばす魔法のことだ。俺は魔界からルイニユーキへとそれを飛ばしていたが、どうやらちゃんと届いていたようだ。
「へぇ。国が一大事のときにいなくなった俺は、てっきり弾劾されてもおかしくないと思っていたが」
人間が魔物化するという未曽有の事態に俺は魔界へと向かったのだ。
ルイニユーキはにやりと笑う。
「そこはぬかりはありません。クリス殿は魔界へ魔王の討伐に向かったことになっています。クリス殿の遠征と時を同じくして例の異変も収まりましたからね。みなクリス殿のおかげだと大喝采を上げていますよ」
相変わらず政治手腕のあるやつだ。
たしかに国民を不安にさせないためには、たとえ嘘でもそういった配慮も必要なのかもしれないな。
「討伐――だってよ?」
俺は後ろについてやってきた女性陣に向けて言った。
「ルイニユーキさん、久しぶり」
「やあ」
明るく挨拶をするアンナとエリ。
「ただいまです」
「……」
行儀良く会釈するユユナと頭を下げるだけのリズミナ。
そして――。
「ああ。みなさんおかえりなさい。……おや、そちらの方は?」
ルイニユーキはリアに目を向けた。
「ああ、魔王だ」
俺が言うとルイニユーキは口を開けたまま固まった。
「のう、クリスよ。町を案内してくれんかの? いや、そうじゃ。まずはお主の部屋じゃ! お主がどんな部屋で暮らしているのか興味がある。ここはお主の城なのじゃろう?」
目をキラキラさせてまくしたてるリア。
魔王城崩壊のゴタゴタの中魔王が魔界を離れて大丈夫なのか? とも思ったのだが、リアはどうしても俺について行きたいと言って聞かなかった。少しの間の不在なら魔族連中は気にも留めないだろうという話だった。
魔族を導かなければいけないとドヤ顔で言っていたのはなんだったんだ?
まあそもそもリアは三千年間も城を留守にしていて、それで急に戻ってきても魔族たちは受け入れた。時間感覚が人間とは異なるのかもしれない。
それになにかあればルフェニシアが上手くやってくれるのだろう。彼女もリアの旅行には賛成だった。
ルフェニシアはあの後俺にだけこっそりと教えてくれた。リアを魔王候補として人間界から連れ出したのは自分なのだと。
彼女はそのことに今も負い目を感じていた。だからリアの願いなら極力かなえてやりたいと、そういうことらしい。
「クリス! クリスが帰ってきたというのは本当か!!」
部屋の外から大音声が聞こえてきた。
飛び込むように入ってきたのはイリアだった。
「イリア!」
イリアはものすごい勢いで俺に抱き着いた。
「心配……したんだぞ! ああ、よかった! クリス! クリス!」
声を詰まらせて俺の胸に顔を押し付けて泣くイリア。
「お、おい……」
みんなの視線が痛いんですけど!
遅れてミリエもやってきた。
「クリスさん……よくぞご無事で」
涙ぐむミリエ。
イリアの背中から声がした。
「ははは、みんなお前を心配していたんだ。もちろん私もな」
大剣フリタウスだ。
「むっ、その声……魔族か?」
リアに緊張が走る。
「いかにも。お嬢ちゃんは?」
「フリタウスは面識がないのか? こいつが魔王だ」
リアはおお、と口を開けた。
「フリタウス。聞いたことがあるぞ。たしか人間たちに味方して余の軍勢と戦った魔族じゃな。ふうむ、そちにはずいぶんと手を焼かされたのう」
「ああ、戦争では私もそれなりに苦労した。そう、洞窟の奥に引きこもってしまうくらいには」
え……おい。
なんだろう? バチバチと見えない火花が散っているような気がする。
「ふふふ」
「ははは」
なんだか知らないけど一触即発!?
お互い声を出して笑っているのに、そこには剣呑な空気があった。
俺は慌てて声をかけた。
「お、おいお前たち……」
「くっくっく……」
「ふふ……」
弓を引き絞るような、キリキリとした緊張が張り詰めていく。
が、それは一瞬で霧散した。
「そちとはゆっくり話がしたいの」
「私も。酒でも酌み交わしながら」
「人間界の酒か。三千年ぶりじゃな。楽しみだのう」
なんだか知らないが、助かった……のか?
俺はパンと手を打った。
「よし、じゃあまずは色々案内してやるか。そのあとみんなで食事でも。どうだ?」
「さんせーーーーーい!」
アンナが勢いよく手を上げた。
そして全員でぞろぞろと部屋を後にした。
ルイニユーキは最後まで石像のように固まったままだった。




