星呑み
なんだろう、顔は魚のようなフォルム。でも体はどことなく爬虫類? そうだ、カメレオンだ。
見た目はずんぐり太ったカメレオン。だけどそのスケールは常軌を逸している。
「星呑み……」
リアがつぶやいた。
「なんだそれは?」
「歴代の魔王の間でのみ語り継がれて来た伝説の大厄災。本来魔瘴気を浄化する役目を背負った魔王が、魔瘴気の力に負けて化け物へと変貌を遂げ、世界を破滅させると言われておる。過去にそれは一度だけ起きた。世界は破滅を迎え、すべては無に帰したと」
「魔王? 魔王はリアじゃないのか? まさか――」
リアはうなずいた。
「リトタキじゃ。あの坊主は余に成り代わろうとしておったようじゃが、魔瘴気を御するだけの器はなかったようじゃな。そして……余から奪った魔瘴気だけでなく、地下から湧き出すそれをも吸収しておる。どおりで余の体調が良いわけじゃ。新たに湧き出す魔瘴気まであの者に持っていかれていたとはの」
空中俺たちのそばに、黒いもやが発生した。
もやはまるで漆黒の布を集めて丸めたように色を濃くしていく。そしてもやがほどけて消えると、中からルフェニシアが現れた。
「ルフェニシア、お主」
「魔王様、こんなところにおられましたか。全員とはいきませんでしたが、城内の者たちをなんとか避難させました。飛べる者は自力で逃げてもらいましたが、そうでない者も我が能力で包んでおきました」
「でかした」
ルフェニシアは当然のように空中に浮かんでいるが、一体どんな能力なんだ?
彼女は今度は俺に目を向けると、うやうやしく頭を下げた。
「そして救世主様。最初に見かけたときには、ただあの者に似ているだけかとも思いましたが……非礼をお許しいただきたい」
「救世主様はやめてくれ。今まで通りでいいよ」
俺が言うとルフェニシアは上品な笑顔を浮かべた。
「ほほほ。ではそうしよう。我もその方が気が楽でよい」
「しかし……まずいの。リトタキの坊主、さらに体を大きくし続けておる。このままでは伝説の通り世界を潰してしまいかねん」
「我の黒魔羽衣も効きかぬ。化け物になる以前から厄介な相手であったが、今や力がケタ違いでどうすることもできぬ」
リアとルフェニシアはそう言って俺を見た。他の面々の視線も俺に集まる。
さすがに俺だってここで頼りない顔をすることはできない。
俺はひとつうなずいてから言った。
「魔瘴気をなんとかする前に世界が壊されたんじゃ本末転倒だ。まずはあいつをなんとかしないとな」
ルフェニシアの足元からまた黒いもやがあふれ出した。それはまるで絨毯のように広がり、全員の足元を覆った。
「みなは我が守るゆえ。人間、頼んだぞ」
「クリス……大丈夫だよね?」
アンナの声もリトタキの威容のせいか不安そうに震えていた。
「ああ」
俺はリトタキへと向き直る。俺の隣にリアが並んだ。
「余も行く」
俺が驚いた顔をすると、リアはにやりと笑った。
「余は魔王じゃ。なにからなにまでそちに頼りきりというわけにはいかぬ。身の程知らずの坊主めに魔王の器というものを見せつけてやろうぞ」
「危なくなったら逃げろよ。まだ魔瘴気対策は始めてさえいない。今お前がいなくなれば世界はリトタキに潰されなくても大変なことになる」
俺はリアの手を取って転移。リトタキの直近空中へと移動した。
目の前まで来るとそれはどこまでも広がる巨大な壁だった。アセルクリラングで戦った巨人レナドレントを思い出す。肥大化を続けるリトタキは今やあの巨人に迫るほど大きくなっていた。この調子で巨大化を続ければいずれその大きさは天を裂き大気圏にまで到達するだろう。星呑みという名もダテじゃあなさそうだ。
「出し惜しみはなしだ。最初から全力をブチ込んでやる」
俺は空中に浮いた状態で術符を束のまま取り出し、詠唱補助精霊を召喚した。
すぐに精霊は倍々に数を増やしていき、俺を中心に二百五十六体。半径五十メートルに展開した。
「お主、これは……」
驚くリアをよそに魔術を制御。照準を絞っていく。
「撃つぞ!!」
膨大な光量に視界が白く染め上げられ、隣のリアさえ見えなくなる。
超至近距離からの大魔法の一撃。俺たちに襲いかかる反動や衝撃波はすべて制御魔術によって片っ端から打ち消されていく。以前は反動制御を行うまでの余裕はなかったが、魔瘴気を使えるようになった今なら可能だ。
以前とは威力も精度もケタ違い。
巨獣リトタキは体の真ん中に風穴を開ける結果となった。
『ブオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
リトタキの苦痛の咆哮。
「今じゃ! 受けよ遼魔流星陣!」
天高く手を掲げたリアの頭上に、真っ黒な魔法陣が出現していた。
直後、何もない空中から赤熱する無数の岩石が現れ、リトタキへと降り注いだ。
まるで世界を赤く染め上げるような、恐ろしいスケールの流星雨。
リトタキに直撃する度、真っ赤な岩石はその肌を溶かして爆散。激しく炎を巻き上げた。
すげえ。リアは魔瘴気を魔術に転用することはできないと言っていた。つまりこれは単純にリア本人の力によるもの。魔王という称号は飾りじゃないってわけか。この広域殲滅魔法は、その気になれば人間の町など一発で滅ぼしてしまえるだろう。
リトタキの魚のような丸い目がギョロギョロと動いてピタリと止まる。俺たちをはっきりと捉えた。
ズズンと地響きを鳴らして向きを変え、俺たちに向けて大口を開ける。
「うおっ!?」
「むうっ!」
口を開けたリトタキが凄まじい吸引を始めた。俺たちを吸い込んで食ってしまうつもりだ。
「なんつー吸引力だ。いったん転移で逃げ――」
リアが顔色を変えて指を差した。
「クリス、あれを見よ!」
「なっ――」
リトタキの体の損傷は急激に修復されていた。俺がやつの体の半分を吹っ飛ばした大穴もふさがれつつあった。
「ちょっとやそっとの損傷はすぐに回復してしまうようじゃ。外からの攻撃が効かぬなら中からなら……」
このまま吸い込まれて体内から攻撃することを提案しているのだ。
いけるのか?
不安は残るがあれこれ迷っている時間は、どうやらなさそうだった。
「やるしかないか」
俺はリアの体を抱きしめた。
俺たちはそのままリトタキの体の中へと吸い込まれていった。




