サンドイッチに挑戦
「おはよう、クリス」
眠い目をこすりながらベッドから体を起こしたら、アンナはもう起きていて水差しを手に取り、コップに水を入れているところだった。
「はい、お水」
「お、ありがと」
受け取ったコップに口を付ける。
「ねーね―クリス、机の上にこんなのがあったよ。『おいしかった。ありがとう』だって」
そっけない文章の置手紙。
俺はそれを書いた人物に心当たりがある。
「お、えらいな。ちゃんと読めたのか」
「ふふん。あたしだってちゃんと勉強してるんだから」
得意げに胸を張るアンナ。俺は上着に袖を通しながら置手紙を手に取った。
「この手紙はだな……アンナにも紹介しておくか。おーいリズミナー!」
天井に向けて呼ぶと、ガタンと天井板が外された。
全身ローブ姿のリズミナが、天井から滑るように飛び降りてじゅうたんの上にきれいに着地する。
「わっ、すごーい!」
軽業師のような美しい身のこなしにアンナは大喜び。
「気軽に名前を呼ばないで欲しい」
「え? なんで?」
「一応隠密行動中なのだから」
やはり隠密とか工作員と言った人種は名前を隠したがるものなのだろうか。
「じゃあコードネームで呼ぶか? 温泉大好きホカホカぷりんとか――ぐえっ」
さっそく腹部にパンチを食らう。
なぜだ……殴られるようなネーミングセンスじゃ……なかったよな?
まさか昨日温泉を出ていくときの、きれいなお尻を想像したのがバレてしまったのか!?
「きゃあっ、クリス!?」
「だ、大丈夫だ……オレ、無敵、イタクナイ」
リズミナの突然の暴力に驚くアンナを手で制し、なんとか無事を訴える。
「とりあえず、これ脱げ」
ローブをはぎ取って顔を露出させてやる。
「あっ、なにするんですか!」
リズミナの驚き顔があらわになった。
「アンナも二回、会ったことがあるだろう。リシアトールの町の路地裏でお前を助けてくれたのはこいつ。王都の城門前で少し話も聞いたはずだ」
「えーーーーーーーっ!」
目を丸くして驚くアンナ。
顔まで隠れるローブ姿しか見ていなかったのだから驚くのは無理もない。
「キリアヒーストル国軍所属の諜報員で、今は俺の護衛をしてるんだってさ」
「あの時はありがとうございましたっ! あたしアンナ! よろしくね!」
「はい、あの……よろしく」
リズミナは少し頬を染めて、おずおずとアンナの手を取って握手をした。
そしてリズミナは俺が持っていた置手紙を素早く奪い取ると、くしゃくしゃに丸めて服の中にしまってしまった。
「あっ」
止める間もない。
「ちゃんと伝わったんだからもういらないですよね。はぁ……こうして呼ばれるならわざわざ手紙に残した意味ないじゃない。バカみたい」
「そんなことないぞ。ちゃんと食ってくれたんだろ? ありがとな」
「なんであなたがお礼を言うんですか」
不満そうなジト目のリズミナ。
「食べたって、何を?」
アンナが興味を示したのはやはりそこだった。
「ああ、昨日食った肉、あったろ。あれをこう、パンで挟んでサンドイッチを作ったんだ」
「サンドイッチ?」
「まあちょっとした料理のことだ」
「食べたーーーーーーーい!」
「じゃあ下行くか。まだ残ってたらすぐ作れるぞ」
「やったーーーーーーー!」
さっそく駆けだして部屋を飛び出すアンナ。
俺も後についていこうとして、ふと振り返る。
「お前も来るか?」
「遠慮しておきます。一応隠密行動中ですので」
そう言ってまたローブを被って顔を隠してしまった。
「そういえばお前、昨日温泉前の廊下で俺の服持ってたときは、普通の町娘の格好だったな」
「宿の中ではあの格好のほうが目立たないだろう。顔がバレるリスクより溶け込むことを優先する場合は、ローブを脱いで行動する」
「今はなんでローブ姿なんだ?」
少し黙り込むリズミナ。
「お前が脱がそうとするからだ」
「つまり、俺に脱がされるために、わざわざローブを被ると――おっと」
パンチを避ける。
「なぜそうなる。お前が私の素顔を見て喜んでいるのが気に食わないだけだ。さっさと行け」
そう言ってリズミナは天井裏へ消えた。
宿の主人にお願いして厨房を借りる。
昨日のモーガス肉の余りをナイフで薄く切って、パンに乗せる。
パンも具を挟みやすい形に薄くカット。
肉の他に青野菜を入れ、香り付けにほんの少しの香草も加えた。
味付けは塩だけだが、モーガス自体のうま味があるので十分だろう。
カルガというこの世界で一般的なイモをゆでて潰して、マッシュポテトにする。
本当はマヨネーズがあればいいのだが、この世界にはない。あれって酢と卵と油で作るんだっけ? 料理とかに詳しいわけではないので正確な材料や分量は分からない。仕方ないのでマヨネーズの代わりにほんの少しの油と、昨日サラダを食べた時に使った酸味の強い白い果実の汁を搾って加えてみる。
香辛料のビンがいくつか棚に並んでいたので、指で舐めてみる。ピリッとした辛み。これはいい。さっそくマッシュポテトにふりかける。
きゅうりの代わりに瓜系の野菜を薄く小さく切り、ポテトと混ぜる。ポリポリした食感がアクセントになればいい。
そうしてできたポテトサラダをたっぷり塗り込む。
最後にもう一枚のパンではさめば完成だ。
慣れないながらも一応見た目はそれっぽく……できたかな?
アンナはさっそくとばかりに俺が差し出したサンドイッチにかぶりつく。
「おおおおおーーーーー! クリスすごーーーい! これ、昨日のお肉よりおいしいーーー!」
サンドイッチをむしゃむしゃ頬張ってご満悦なアンナ。
「ほお、こんな食べ方が……。なるほど、野菜といっしょにパンではさむと」
宿の主人も感心しきりだ。
料理なんてがらでもないけど、さすがにこの程度なら作れる。
あまり感心されても困るレベルなんだけどな。
「パンの外側の皮が余ってしまうのがもったいないですけどね」
柔らかい白い部分だけ使うのでどうしても外側が余る。
「なに、これはこれで使い道がありますので」
そう言って主人はさっと木の器にパンの皮を移してしまった。
その時、宿の入り口のほうから大声が聞こえてきた。
「大変だ!! ガレンさん!」
俺たちはそろって声の主の下へと向かった。




