魔王とスラハ
体が異常な肥大化を続けるリトタキをその場に残して俺たちは急いで洞窟を駆け戻り、鏡の出口へと飛び込んだ。やつが崩れた洞窟の下敷きになってくたばってくれることを祈った。
全員城の元の部屋へと戻って、最後に鏡から出てきたのは俺だ。
「クリス……その子」
「ああ、こいつがどうやら魔王ってことで……いいみたいだな」
俺が抱きかかえている少女は幸せ笑顔のまま、ぎゅっと俺の首に腕を回して顔を胸に押し付けるようにしていた。
「アレク……アレクぅ……余は会いたかったぞ」
ぐりぐりと胸元に顔を押し付ける少女。なんというか、甘える猫のようなしぐさだ。
「あー、悪いが人違いだ」
めちゃくちゃ嬉しそうなところちょっぴり悪い気もしたが、仕方ないのでそう言った。
少女はぱっと顔を上げてまじまじと俺の顔を見る。
俺の頬を指でつまんで引っ張り、前髪を上げておでこを確認したりしていた。
そしてもじもじと体を動かし出す。放せということだろうか?
両脇を抱えて慎重に下ろしてやると、少女はちょこんとつま先から床に降りた。そしてみんなから距離を取るようにすたすたと歩いてからひとつ咳払い。
「あー……よくぞ参った。我こそは魔王。その名をリアスラハシュという」
「いやいきなり威厳ある魔王の感じを出そうとしても、それ無理あるから。どう見てもただの小さい女の子だし、たった今までめちゃくちゃ可愛い笑顔で俺に抱き着いてたのは誤魔化せてないから」
「ぐっ……」
魔王はガツンと叩かれたような顔をした。
それから俺たち全員を見回して……その視線が一点で止まった。
その視線の先――スラハが魔王の前に歩み出た。
「スラハ……我が半身よ。今までご苦労じゃった」
「はい……」
スラハは魔王の前にひざまずいて、胸の前で祈るように手を組んだ。魔王はその頭に両手をかざした。
「えっ……」
驚く俺の目の前でスラハは強い光を発し出した。黄金色のまばゆい光に包まれて……それはすぐに目を開けて見ていられないほどの強い光となった。光は細かい粒子に分解されて、魔王の体へと吸収された。
「なにが起きたの……」「今のは……」
みんなも呆然として驚いていた。
魔王はしばらく目を閉じていたが、再び開けたときには今までとまったく様子が異なっていた。
洞窟で見たときの弱々しさはかけらもなく、生気と力強さに満ちていた。
「そちがクリス……そしてアンナ、エリ、リズミナ、ユユナ、ラルスウェインか」
「なっ――!?」
「ふふ……驚いたか。スラハは余が眠りに着く前に魂を分けて作った分身体。スラハの魂を通じてその記憶は今、余に引き継がれた」
「そんなことが……」
驚く俺たちとは対照的に、魔王は余裕の笑みを崩さない。
「ふむふむ、なるほどのう。スラハはよい人間たちを連れてきたようだの。そしてシウェリー」
俺が腰に下げている短剣が震えた。
「はいっ!」
シウェリーの声は若干裏返っていた。
「かしこまらずともよい。そちもよい出会いがあったみたいだの。ふふ……人間好きのそちらしい」
魔王は幼い少女の顔に慈しむような笑みをたたえている。
「そんな……私は人間なんかっ! こんなやつなんて今すぐ捨てて、魔王様に……」
魔王は声を上げて笑った。
「ははははっ! 本当に変わっておらぬな。今さら余に仕えずともよい。そちはそちが信を寄せるその人間と行動を共にするがよい。それほどの覚悟が無ければ魔装の姿になっておるわけがなかろう」
「ですが……」
シウェリーはさらに何かを言おうとするが、魔王はそれを無視して今度は俺の目をまっすぐに見た。
「余に訊きたいことがあるのじゃろう? なんでも話してやろう」
もちろん、聞きたいことは山ほどあった。
「ああ。そりゃ――って、大丈夫か?」
魔王は突然体をぐらつかせて倒れそうになった。俺は駆け寄ってその体を支えた。
「う……む。魔瘴気の余剰分はあやつ――リトタキとかいう坊主に持っていかれたおかげでだいぶ体調は良いのじゃが……長年蓄積されたダメージは抜けておらぬ。すまぬが話は部屋を変えてからにしてもらえるかの?」
その場にいる全員、お互いに顔を見合わせた。
魔王は玉座のある謁見の間ではなく、俺たちの泊る客室へ向かうよう希望した。
部屋についた俺たちは四つ並ぶベッドのうち内側の二つに、それぞれ向かい合うように腰を下ろした。なんというか、こうして肩を並べて座っていると、魔王というよりただの普通の女の子で、アンナたちの友達の一人にしか見えない。
「ふふ……そちたちと共に過ごした時間は、近年最も楽しかった思い出としてスラハの記憶に刻まれておる」
ほとんど無表情でなにを考えているかまったくわからないやつだったが、スラハがそう思っていてくれてたなんて。
魔王からスラハのことを聞くと、もう彼女と会えない寂しさに胸を締め付けられた。
「そのような顔をするでない。元々スラハと余は二人にして一人。余もスラハなのじゃ」
魔王は申し訳ないような恥ずかしいような困り顔で、弁解するように言った。
その様子からは魔王という称号から想像できるような傲慢さは欠片もなく、まるで人間である俺をいたわるような優しさが感じられた。
もう疑う余地はない。魔王は出会ってからずっと、俺たちに友好的以上の感情を向けてくれている。
その想いに答えたくて俺は懐にしまっていた小袋から、スラハに渡したのと同じアメの残りを取り出した。
魔王の手を取ってその手のひらにアメを乗せてやると、魔王は無邪気な笑顔を見せてくれた。
それだけで、少し救われた気がした。
俺は今人間界で起きている異変と、その原因についての推測。ここへ魔王を訪ねて来た理由について説明した。
「ふむ、そういうことじゃったか。では……なにから話せばよいかの。ああ、そうじゃ……まずはこの世界の真実について語るところから始めねばならんな……」
魔王はゆっくりと話し始めた。




