いざ、魔王の下へ
魔族のメイド――スラハが言うには、この城のとある一室にその場所はあるという。
俺たちは彼女の案内でその部屋へと向かった。
城の内部はやはり植物をくりぬいて作ったような、剥き出しの根っこが絡み合った壁だ。窓など一切なかった。壁のいたるところに掛けられているランプには、まばゆい光を放つ鉱石が用いられていた。
廊下をいくつも曲がり、時に引き返し時に同じ区画をぐるぐると回ったり、不思議な道順で進むスラハ。最初は俺たちに道を覚えさせないためにそうしているのかと思ったが、どうやらそれは他の魔族と遭遇しないための方法らしかった。スラハはその気になれば誰とも鉢合わせることなく城内を行き来することができるらしい。
「着きました。この部屋です」
その部屋は忘れ去られた部屋のようで、扉のノブにすら大量のほこりが積もっていた。
中はがらんとしていて、倉庫としてすら使われていないようだった。
ただ一つ、人の背丈ほどもある大きな鏡――姿見があった。
「なぜ、と聞いてもいいのか?」
俺の質問の意味を完璧に把握したらしいスラハはごく普通の調子で答えてくれた。
「私は魔王様から直接言われました。ここに自分を探しに人間がやってきた場合には、居場所を教えるようにと。ですので他の誰から尋ねられようと、知らぬ存ぜぬを通してきたのです」
「直接って……」
つまりスラハは三千年も生きる古参の魔族の一人ということになる。
思わず腰に下げた短剣をなでるが、シウェリーは何も答えない。知らないということだ。
「もしかしてお前、メチャクチャ強かったりするのか?」
これに答えたのはラルスウェインだ。
「いや、スラハは魔族の中でもほとんど最底辺というくらいの力しか持たないはずだ。だが……たしかに妙だな。そんなに昔から生きているのなら、お前みたいな弱小魔族が今までどうやって生きながらえてきたんだ?」
当のスラハはきょとんとしているだけだ。
「まあそれはいいとして、魔王と会うためにはこの鏡にヒントがあるっていうことでいいのか?」
「はい。鏡の縁を触ってください。人間にしか反応しない仕掛けが施されているはずです」
言われるまま鏡の縁に手をかけた。
ブゥゥゥン……。
鈍い音と共に、鏡が光った。縁取りの金属の表面になにやら文字が浮かび上がり、一つずつ赤く光っていく。
そしての全ての文字が光った。
俺はなんとなく鏡面に指を当て――指先が鏡の中へと、なんの抵抗もなく沈み込んだ。
「入り口ってわけか。人間にしか反応しないから、今の今まで誰も見つけることができなかったんだな」
「その中……入れるの?」
アンナはさっそく鏡の向こう側が気になるようだ。
「みたいだな。みんな……準備はいいか?」
全員真剣な面持ちでうなずいた。
先頭が俺でよかった。そう思ったのは、鏡の中へと一歩足を踏み入れた直後に感じた恐ろしいまでの熱気のせいだった。
即座に短剣を抜き、シウェリーの能力を発動する。
俺を中心に放たれるシウェリーの冷気が、灼熱の熱波を押し返した。
「なんだここは……」
まるで火山の内部にでも入ってしまったかのような場所だ。剥き出しの黒い岩肌の洞窟。そのいたるところにはゴコボコと泡を立てる溶岩が水たまりのように存在していた。
後からやってきた女性陣も、短く悲鳴を上げていた。
「冷気のフィールドから出るなよ。たぶん、ここは人間の耐えられる暑さじゃない。ったく……ここがどこだか知らねーが、人間にしか入れない仕掛けの先が、まさか人間に耐えられない暑さになっているとはな。……罠ってわけか」
これが魔王の悪意だとしたら、いい性格をしてやがる。
が、これに異を唱えたのはいっしょに入ってきたスラハだ。
「いいえ。これは三千年の間に起きたマグマの活動の影響でしょう。ここは地表から恐ろしいほど離れた地下に位置しています」
スラハの声色は落ち着いていてよどみがない。
「ということはこの洞窟内温度の上昇が魔王に影響をもたらしたのだろうか?」
ラルスウェインも普段通り。焦ったのはシウェリーだった。
「クリス、早く進んでほしい。魔王様が心配だ」
言われるまでもない。ここまで来たら魔王になにがなんでも会ってやる。
溶岩の赤が照らす灼熱の洞窟の中を俺たちは進んだ。
「ま、まるで地獄みたいな場所だね……」
さすがのエリもかなりビクついている様子だ。アンナとユユナに至っては俺の腰のあたりを掴んで離さない。
リズミナはさすがに修羅場を潜っているだけあって平静を保っているが、それでもこの景色には面食らっているようだ。
洞窟はまっすぐで、迷うような分岐路もない。しばらく歩いて遠くにそれを見つけることができた。
「なんだあれは……」
何かが光を反射してきらめいていた。近づいてみるとそれは不思議な物体。
人一人を寝かせられるだけの大きさのある台座。転生前で言うなら病院の診察台のような物だが、材質は石。その台座は水に包まれていた。風船のように台座をすっぽりと包み込む水が、遠くからは光って見えたのだ。
その台座には一人の少女が寝かされていた。
金糸の刺繍が豪華な漆黒の長衣に身を包んでいる。身分の高そうな格好だ。
「こいつが魔王なのか……?」
少女はたゆたう水の中で目を閉じたまま、生きているのか死んでいるのかわからない。
俺は水の中に手を突っ込もうとして――その腕を掴まれた。
「ご苦労。お前の役目はそこまでだ」
「お前は――」
リトタキ。
いつのまにそこにいたのか、俺の横に立って腕を掴んでいた。




