アトマストライトとピリスクリ
スラハは俺たちの驚きなど関係ないとばかりに、ぼーっとした顔を崩さない。
「葉っぱのほうはピリスクリですね。これらは魔界でも貴重な食べ物となっておりますが、ご存知でしたか」
ピリスクリも伝説食材。
なんてことだ。伝説食材がこんな無造作に……貴重だと言っているが扱いはまるでちょっといい店で買ってきたパン程度のもの。人間界では家が買えるほどの金額で取引されているというのに。
「本当にいいのか?」
スラハはなんでもないことのようにうなずく。
「先ほどいただいたアメ、とってもおいしかったです。なのでこれはお返しです。毒をお疑いでしたら……はむ」
そう言って一つを自分で食べるスラハ。
その様子を見て驚いたのは意外にもラルスウェインだ。
「あ、おい……」
「どうしたんだ? ラル。さっきも驚いてたみたいだったけど」
「ああ、いや……。アトマストライトは人間が食べても問題はないが、魔族が食べると力が抑制されてしまうんだ。だから貴重だとは言っても好き好んで口にする者は少ない。ピリスクリもそのままでも美味しいが、料理に使えば味が二段は上がるというほどのものだ。魔族はあまり料理をしないから人間界ほどの価値はないが、それでも貴重であることは間違いない」
へー、なるほど。じゃあ天ぷらにでもしたらうまそうだな。
「じゃあ遠慮なくいただくかな」
たとえ一時的だとしても力が抑制されるというのに、それを躊躇なく食べたスラハに害意があるわけはない。ならその覚悟を汲んでこっちも素直に食べるのが礼儀だ。
一口でアトマストライトの半分ほどを齧る。
白くふわふわとしたアトマストライトは抵抗をほとんど感じさせずに歯が沈み、噛み切るときは若干のもっちりした食感がした。
そしてその内側にはなんと甘くて香ばしいあんが入っている。まるでまんじゅうだ。ゴマを練り込んだアンコのような甘さと香ばしさだが、見た目は透明。
「甘くておいしいーーーっ!」
アンナも声を上げて喜んだ。
「ほんと! すっごいおいしい!」
エリも目を丸くして叫ぶ。
俺も声こそ上げなかったものの、内心は似たようなものだ。伝説食材は食材と名のつくことから、もっと素材っぽいものかと思っていたのだが、これはまるで完成されたお菓子だ。
「おいしいですね」
「はい!」
リズミナとユユナもお互い確認し合うように感動していた。
「ラル、お前は食わないのか?」
「力が低下するのはまずい。いざというときに戦えなくなってしまう」
ラルスウェインはそう言って眉根を寄せた。普段表情のあまり変わらないこいつがこんな顔をするなんて。
「もしかしてお前……残念なのか?」
「いやそういうわけではない。ただアトマストライトは私も最後に食べたのは数十年前になる。魔界でも滅多に口にできるものではないんだ。だからこんな非常時でなければ私も断る理由はないはずなんだ。ただそれだけだ」
やっぱりそれ、残念だってことだよね?
「それにしても美味いな。これはアトマストライトを原料としたお菓子かなにかなのか? それとももしかして……このままの姿で自然界に存在しているわけは……ないよな?」
「自然に生えています。このままの姿で」
まじかよ……。
「アトマストライトの木とかあるの? お庭に一本植えたーい!」
エリはおおはしゃぎだ。
「木には生っておりません。アトマストライトはドラゴンの寝床にのみ生えるのです」
スラハの説明に全員が驚いた。
「ドラゴン!?」
この世界でも伝説上の生き物だとばかり思っていたが……まさか実在するとは。
「じゃあ、もしかしてわざわざドラゴンの巣に忍び込んで取ってきたということでしょうか? まるでおとぎ話の冒険譚みたいです……」
ユユナは想像しているのかどこか夢見心地の表情。
が、スラハの説明は夢も冒険も一切なかった。
「いえ、私は個人的に仲良くさせていただいてるドラゴンの方がいまして、定期的にアトマストライトをいただいているのです。これはその在庫です」
ドラゴンが首に配達用のカバンをぶら下げて空を飛ぶ姿を想像した。もちろんそんなことはないだろうが。
次はピリスクリの葉を一枚つまんだ。
少し齧ってみるが、特に苦みや甘みは感じない。苦くないとわかれば安心して食べられる。一枚そのまま口に入れてみた。
「ふーん、これが伝説食材ピリスクリか。特に味はしないな……いや、かすかに鼻に抜けるような香りが……」
他の面々もピリスクリを取って食べようとしたところでスラハが言った。
「ピリスクリはそのまま食べるのではなくアトマストライトを包んでみてください」
言われるままにアトマストライトを包んでみる。見た目はまるで桜餅……いや、柏餅か。
そして一口食べて衝撃が走る。
「これはっ……!」
まったりとコクのあるアトマストライトの甘みに、さわやかな涼味が加わったのだ。
「ピリスクリは合わせる食材によって七色に味を変えると、人間界では言われている。今お前たちが食べているピリスクリもその一側面にすぎない」
ラルスウェインが説明した。
たしかにピリスクリ自体の自己主張は乏しいが、アトマストライトと合わせることで何倍もおいしくなった。これには俺も感動を隠せない。他の料理にも使ってみたいところだ。イリシュアールで店をやってる天才料理人のユイリーに見せてやったらどんな顔をするだろうか?
「すっっごいおいしいぃぃーーーーーー!! 幸せーーーーー!」
うるうると目を潤ませて感動しているアンナ。他のみんなも同様だ。
「こりゃ本当にすごい。それ単体ではなんのへんてつもない葉っぱでしかないのに、組み合わせるとこんなにおいしくなるなんて。このピリスクリもドラゴンに関係してたりするのか?」
なんとなく、人の立ち入れない切り立った崖にしか生えない伝説の木の葉、とかそういう感じが……。
「いえ、これは私が趣味で育てています。家庭菜園ですね」
思わずずっこけそうになった。
か、かていさいえん……伝説の食材が家庭菜園……。
「じゃあ持って帰って育ててみたいですね」
リズミナが言った。
そういやイリシュアールに用意したリズミナの自宅には小さな畑があったっけな。リズミナ本人はほとんど王宮暮らしだが、妹のリリアナが世話をしていると聞いたことがある。
「ピリスクリは魔界の土でしか育たない。その辺が人間界で貴重な扱いを受けている要因だな。それにピリスクリが栽培可能だという話は聞いたことがない。スラハは簡単に言っているが、おそらくとてつもない技術が必要なはずだ」
「そうですか……」
ラルスウェインの説明にがっくりと肩を落とすリズミナ。
こうして俺たちはわいわいと話をしながら伝説食材を堪能した。
一通り食べ終わったところで何気なく言った。
「はー、美味かったな。じゃあ今度こそ一回魔王の探索にでも行ってみるか」
「魔王様を探しているのですか?」
「ああ。どこにいるか知ってるか?」
「はい」
「だろうな。じゃあお前たちは一応異空間に戻って――って言っても聞かないか。なら俺と離れずついてくるように。単独行動は危ないから禁止。わかったかー? ……ってちょっと待て!!」
今、スラハがなにかとんでもないことを言ったような気がする。
「スラハ、お前今なんて……」
「魔王様の居場所を知っていると、そう言いました」




