客人待遇
黒と青の二色のデザインの武骨な鎧に身を包んだ、いかにも軍人といった見た目のいかつい男だ。
ゆうに二メートルを超える長身。
だがラルスウェインやシウェリーと同じように、パッと見では魔族と言われてもわからない。まるで人間のような雰囲気だ。
大男は俺たちににするどい視線を向けた。
「ラルスウェイン……それに人間か。なぜ人間がこの部屋にいるのだ。ここはこの俺様の執務室なんだが?」
「ひっ――」
怯えるユユナ。アンナたちもヘビににらまれたカエルのように体を硬直させていた。
こいつの部屋だってのか。
なんでわざわざこんなおっかなそうなやつの部屋で俺たちを呼び出したんだ? ラルスウェインのやつ。
「まずは今人間界で起こっている異変についてご報告いたします。人間が魔族化するという事件が各国で発生し、混乱が見られます。私一人の手に負える事態ではすでになく……この件を重く見てリトタキ様には何度も報告の使者を送ったのですが……」
「ああ、そりゃたぶんルニーシアの手下に捕まって殺されたな。ふん。てぇことはやっぱり魔王の身に異変が起きてんのか。ルニーシアが動き始めたのもそれが理由だろうさ。魔王の座を狙ってんだ」
リトタキは忌々しそうに眉を寄せた。
この大男がラルスウェイン直属の上司ということか。次期魔王だなどと言っているが、本当か?
俺は口を挟む。
「その魔王の居場所について、なにかご存じありませんか?」
リトタキはぎょろりと目を動かして俺を見据える。
「なるほど。魔王の居場所を探りに来たか。手引きしたのは――ラルスウェイン、お前だな」
「はい。彼ら人間の手を借りれば、異変解決の糸口が掴めるやも……と。彼ら人間は魔族とは違った視点を持っております。役に立つこともあるのではないでしょうか?」
リトタキはぞろりとあごひげをなでて言った。
「面白い。ならば好きにするがいい。客人として扱うよう下々の魔族には俺様が直々に下知を出しておこう。この城での安全は保証――はできないが、まあ少なくとも俺様の目の届く場所では安全だ。魔王の居場所を探りたいのなら好きに調べて回ってもいい。ただし、人気のない場所で城の者に襲われても、さすがにそこまで面倒は見れないがね」
意外にも友好的な雰囲気だ。
正直ここまで譲歩してくれるとは思わなかった。
武骨で粗野な印象だがそんなに悪いやつじゃないのか? さすがはラルスウェインが上司と仰いでいるだけのことはある。ああ、上司が話のわかるヤツだからこそ俺たちをここで呼び出したのかもしれないな。
リトタキは大きく手を打ち鳴らした。
「おおーい、スラハ! スラハー!」
部屋の入り口からメイド姿の女の子が入ってきた。アンナよりも小さい。紫色の巻き髪をツインテールにしている。ぼーっとした顔つきの女の子だ。
「……はい。なんでしょう? リトタキ様」
「こいつらは客人だ。適当な部屋に案内しておけ」
「かしこまりました。ではお客様、こちらへ」
そう言ってさっさと背中を向けてしまう。
「あ、おい……」
制止しようとした俺のことなどお構いなしだ。
俺はラルスウェインを見た。彼女は黙ってうなずいた。
ついていくしかない、ということだ。
スラハと呼ばれたメイド少女について歩く城内は、やはり植物の内部のような奇妙な空間だった。まるで寄り集まって城の形に編み込まれた木の根っこといった感じ。壁も天井も階段も、すべてが木の根の集合体に見えた。
しばらく歩いて通された部屋は、かなりの広さがあった。
でかい天蓋付きのベッドでもあれば王族用の部屋かと思ったかもしれない。しかし部屋のベッドは質素ではないが豪華でもないものが四つ。あとはソファーとテーブルと言った感じで、それなりにちゃんとした客室だった。
「お客様はラルスウェイン様を除いても五人ですので、ベッドが一つ足りません。お一方は個室になりますが……」
「ああ、いや。全員この部屋でいいよ。ありがとう、思ったよりずっといい待遇だ。むしろ怖いくらいだ。人間って魔族の敵じゃないのか?」
まあ元より異空間にある拠点の氷の家で寝るつもりだから、どんな部屋でも問題ないんだけどな。向こうでなら万が一にも寝首を掻かれるということもないし。
「さあ? よくわかりません。人間は魔族の敵なのですか?」
スラハは首をかしげるだけ。
「いや、そういうわけじゃ……」
「大多数の魔族にとって、人間の認識というのはその程度のものだ。アリキア山脈付近に根城を構えるような者以外は、人間と会ったことのある魔族など滅多にいない。それが普通だ。三千年前のことについて知っている者はもっと少ない」
ラルスウェインの補足。
「ふーん、そんなもんか」
言ってから、いきなり「敵か?」などと聞いてしまったことについて後悔した。もしかしたら目の前の少女を怖がらせてしまったかもしれない。
「スラハって言ったか? 悪かった。俺たちは敵じゃない。よかったら俺たちと仲良くしてくれるか?」
「……?」
スラハは差し出した俺の手をじっと見ているだけだった。
「よろしくね、スラハちゃん」
アンナもにこやかに言う。アンナに続いて他の面々もそれぞれ挨拶をした。
スラハはただ黙って一人一人を見ただけだった。
「誰が相手でもこういうやつなんだ。仕事は完璧だし城のことは誰よりもよく知っているが、必要なこと以外はほとんど話さない」
「お前みたいなやつだな」
ラルスウェインは気分を害した様子はなく、逆に面白そうに言った。
「そうだったか? 私のことは笑顔が素敵だと褒めてくれたじゃないか」
「言ってねーよ……」
まさかラルスウェインの口からこんな軽口が飛び出すなんてな。ガチガチの仕事人間――いや仕事魔族かと思っていたが、意外と面白いところもあるんだな。こいつとの付き合いもそれなりだから、打ち解けてくれたのだとしたらうれしい。
ああそうだ。
ふと思いついて俺は懐から小さな革袋を取り出した。
中に入っている琥珀色の粒を一個取り出す。はちみつを固めたアメだ。
「ほら、これ。うまいぞ」
一個を自分の口に入れながら、もう一個をスラハに差し出す。スラハは黙って俺を見ているだけだったので、少々強引かとも思ったがその手を取って手のひらに直接持たせてやった。
スラハは手の上のアメをじっと見つめていたが、やがてぱくりと自分の口に入れた。
「……甘い」
「そりゃよかった」
一応嫌そうな顔はされなかったので、そう言って笑っておいた。




