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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
二章

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18/198

女湯?男湯?真夜中のハプニング

「ね、寝れない……」


 その日の夜。

 俺はとなりで眠るアンナが気になってしまって、目が冴えわたってしまっていた。

 アンナは気持ちよさそうに寝息を立てている。

 手をほんの少し伸ばせば、触れる距離。

 アンナの体温はシーツを伝ってすでに俺にまで届いている。

 そしてアンナの……女の子の匂い。

 ダメだ。

 気になってしまう。

 今日あんなことがあったからだ。

 自分の口元をなでてしまう。

 キスされた感触を思い出して、大きく心臓が鳴った。

 俺はベッドを抜けて、ランプを手に部屋を出た。

 このまま部屋にいたらおかしくなってしまいそうだったからだ。

 ああ、そうだ。

 温泉にでも入ろう。

 そう思い立って俺は宿の廊下を歩いた。

 ところどころの壁にランプが掛けられていたが、それでも暗い。

 服を脱いで脱衣所のかごに入れ、浴場へと入る。

 浴場は特に真っ暗だった。

 削った石のタイル張りの、足元すらよく見えない。

 水音がするほうへと足を運ぶ。

 たぶん、ここが湯船だ。……見えないけど。

 俺は男湯と女湯の仕切りの柵を手探りで探して、術符を貼る。

 発光符。

 周囲を照らす照明代わり。

 周囲が一気に明るくなって、浴場の様子がはっきりと目に映って、そして……。

 女の子がいた。

 湯船に浸かっている。

 肩までの長さの短めの髪の先が、お湯に濡れて艶っぽく光る。

 まだ若干の幼さの残る可愛い女の子。

 目が合った。


「うわああああああああああああああ!?」

「きゃああああああああああああっ!?」


 な、なん、なななんで人がいるの!?

 こんな超真っ暗な中温泉に浸かってたなんて、ありえないだろ!

 いや俺も入ってるわけだけど。

 それでもやっぱりありえない!!

 ばしゃんと大きな音を立てて思わず湯の中に下半身を隠す。

 立ったままだとあそこが丸見えだと気付いたからだ。

 少女も隠しきれない大きさの胸を、なんとか隠そうと手を当てて目を見開いている。


「ご、ごごごめん! まさか女湯だなんて思わなくて」


 確かランプの光で確認した時は男湯と書かれていたはずだけど。

 少女は消え入るような声。


「……合ってますよ。ここ、男湯です」


 なんで男湯に入ってんの、こいつーーーー!!


「ええっ!?」

「だっ、だってしょうがないじゃないですかっ! まさかこんな夜中に誰かが来るなんて思わなかったんです! なら男湯でも女湯でも同じようなものじゃないですか!」


 一転大声でまくしたてる少女。

 んなわけあるか! と叫びたくなる気持ちを必死に抑えて俺は声を出した。


「お、落ち着け。分かった。分かったから」

「ううう……真っ暗な中いきなり人の気配がして、小さな物音が近づいて来るんですよ。この恐怖、あなたに分かりますか? 本当に怖かったんだから」


 いや、ビビったのは俺も同じだけどね!

 ほんと死ぬほど驚いたわ!


「あー、それで? なんでこんな真夜中の真っ暗闇の中温泉なんて入ってたの?」


 なるべく少女のほうを見ないようにして、湯に浸かりながらそんなことを聞く。


「……夜中に入ってちゃいけませんか?」


 いいとか悪いとかの話はしてないんだけど。

 いや、とりあえず男湯に入るのはよくないと思うよ、うん。

 なんか見たことあるんだよなーこの女の子。

 あ。

 思い出した。

 今日俺の服を持って廊下をうろついてた少女だ。


「お前、たしか今日俺の服を……」

「泥棒じゃないですよ! 服は落ちてたので拾いました! あのときちゃんと説明したじゃないですかー!」


 その容疑はもう晴れている。

 犯人は腕をけがした男だった。

 だが気になっていることがあった。

 あの犯人の男はなぜ腕をけがしていたのか。

 まさか腕が動かせなくなるほど大きなけがを負って、それでも盗みを働いたのか? 普通ならありえないんじゃないのか?

 つまり男が犯行に及んだ時には、まだ腕はけがしていなかったということだ。

 そして男は術符を全部盗らず、ほんの一部だけしか持っていなかった。

 このことの意味するところはひとつだ。


「お前が、犯人の男を捕まえて服を取り返してくれたのか?」


 男が服の入ったかごを奪い脱衣場から逃げるところを、この少女が取り押さえたと考えるのが自然だろう。

 男は慌てて服の中から金目の物を探り出し、術符の束を掴んで隠した、とか。


「な、何のことですか? 私はただ落ちてた服を拾っただけでー……」


 犯人を捕まえて取り押さえ、一息に右腕の関節を決める。

 その技術は、絶対に並みの腕前ではない。

 そして同じように腕をへし折られてうずくまる男を、俺は他にも一度見たことがあった。

 あれは王都への道中立ち寄ったリシアトールの町の……。


「リズミナ?」


 軍の命を受けて俺を監視していたという、凄腕の工作員。

 思い当たるのは彼女だけだった。


「あああ……ああぁぁぁー……」


 がっくりと肩を落として落ち込む少女。


「バレちゃった……」

「マジか」


 全身すっぽりと覆うローブ姿の彼女しか知らなかったので、まさかこんな可愛い女の子だったとは、思いもよらなかった。


「俺を監視していたのか?」


 湯に顔を半分沈めてブクブク気泡を吐いていたリズミナは、ゆっくり顔を上げた。


「怒りますか?」

「いいや、全然。仕事なんだろ?」


 リズミナは素直にうなずく。


「監視していたというより、護衛……ですね。あなたはキリアヒーストル王国にとって今や英雄。最重要人物なんです。知っていますか? 次に発行される歴史書の草案には術符発明の祖として、クリストファー・アルキメウスの名前がしっかりと記述される予定なんです」


 マジかよ……。歴史上の偉人なんてとんでもない。知っていたら名前の削除を要求していたのに。勝手に進めやがって。

 ため息を吐くしかない。

 言われてみれば確かにキリアヒーストル国には術符の技術公開も行ったし、完全に和解していた。

 王からはしつこく宮廷魔術師にと勧誘されたが、なんとか断った。

 今さら監視を付けられるような敵対関係ではなかった。


「言ってくれればよかったのに」

「言えば同行を許可していましたか?」

「たぶん……しないな」


 ああ、国もそれを分かっていたのか。

 かたくなに宮廷魔術師への勧誘を断った俺だ。護衛を付けると言っても素直に言うことを聞かないだろうと思ったに違いない。

 正解。

 さすがは国の連中、と思っておこう。


「なんか王都で話したときとだいぶ印象が違うな」

「えっ、そうですか?」


 きょとんとした顔は一切の険がない素直なもの。

 きっとこれがこの少女の素の顔なのだ。


「ああ。なんというか素直? かわいい? そんな感じ」

「か、かかか……かわいいって!? あ、あああああっ! 私もう上がりますね! それじゃ!!」


 大慌てで湯船を飛び出し、小さな尻が左右に揺れるのが丸見えなのも構わずに走り去っていった。


「俺も上がろ」


 だいぶ長湯をしてしまった気がする。

 




 部屋に戻ってベッドに入る。

 はぁ、と一息。

 今度はちゃんと眠れそうだ。

 そう思っていたら、くしゃみが聞こえてきた。

 上から。

 もうネズミや幽霊だなどとは思わない。

 俺はベッドを出て、衣類掛けのポールを持ち上げて、天井を思いきり小突いた。

 ゴンッと大きな音。


「ひゃっ!」


 小さい悲鳴。


「降りてこい、リズミナ」


 天井板が外され、リズミナが音もなく滑り落ちてくる。

 忍者だ。

 いや、アサシン?

 ちょっとかっこいいじゃねーか。


「どうかしたのかクリストファー?」


 温泉で話した時とは打って変わった落ち着いた声色。

 リズミナはあの全身を覆うローブをすっぽりと被っていた。


「お前、天井裏にいたんだな。それと、クリスでいい」

「いつものことだ」


 ああ、分かった。

 こいつ、この格好をしてると性格まで仕事モード入るんだ。

 面白いやつ。


「よかったら一緒に寝るか?」


 直後、腹部に鈍い痛み。

 みぞおちにきつい拳を一撃もらってしまった。


「ぐえっ……ち、違う。そういう意味じゃない。せっかくならベッドで寝たほうが……俺は床でも構わないからさ」

「私は宿の料金を払っていない。ベッドで寝るわけにはいかない」

「じゃあ真っ暗闇の中温泉に入っていたのは」

「この時間なら誰にも見つからないと思っていたからだ」


 なるほど。


「ベッドで寝るのはダメで温泉はいいのか」


 リズミナは表情の読めないローブの下でしばし沈黙した。


「……温泉、入りたかったから」

「ぷっ、はははは。そうか――ぐえっ」


 もう一撃。腹にパンチがめり込んだ。


「話はそれだけか? では――」

「待てよ」


 天井裏に戻ろうとするリズミナに、モーガスの肉をパンで挟んだサンドイッチを押し付けた。

 温泉から上がった帰りに厨房を覗いて、余っていた肉とパンで作った物だ。


「食ってみろよ。すげーうまいからさ」

「……」


 リズミナはしばらくサンドイッチをじっと見ていた。

 俺にはそれが、リズミナが心の中で葛藤しているように見えた。

 リズミナはサンドイッチを受け取って天井裏に消えた。


「さて、寝るか」


 俺はベッドに入って今度こそ深い眠りに落ちていった。


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