イリシュアールの福の神伝説
王都へと戻った俺たちは、のんびりと平和な日々を過ごしていた。
今日は久々にアンナと二人だけで昼飯を食べに街へと出かけていた。
「ねーねークリスー。今日はどこで食べるの? ユイリーちゃんのお店?」
ユイリーというのは以前仲良くなった料理人の女の子だ。この王都で食堂を切り盛りしている。
「そうだなー……」
とりあえず肉かな。
ポルポ料理の美味い店があれば……。
「食べ物屋をお探しですか? それならぜひうちの店へ!!」
「うわっ!?」
頭の後ろで手を組んでぼんやり歩いていたところへ突然の大声。思わず声を上げて驚いてしまった。
見れば満面の笑みを浮かべたおじさんがいた。
いや、おじさんだけじゃない。いつの間にか俺たちの周りには人だかりができていた。
「いやいやぜひうちへ!」「いやうちの店こそイリシュアール一ですよ!」「どうか私めの店へ来てください!」
みんな揃いも揃って必死な様子だ。
服を引っ張る者までいた。
「ちょっと、みなさん! 落ち着いてください! ……いったいなんなんだ?」
「筆頭政務官のクリストファー様でしょう? クリストファー様が訪れた店は商売繁盛が約束されると評判なんですよ」
おじさんが言う。
まじか。
いつの間にそんな話ができてしまっていたのか……。俺は福の神じゃあないぞ。
「私の店じゃクリストファー様の像を店先に飾っているんですよ。ほら、あれが私の店です」
別のおじさんが指さす先には、店の前にどかんと置かれた銅像の姿が。
あれが俺なのか……。
言われなきゃ誰をモチーフにした像なのかわかりにくいが、たしかに俺だと言われればそんな気もする。
「撤去だ」
冷たく言い放つとおじさんはショックを受けたようだ。
「そんな……」
「クリスー、かわいそうだよ。いいじゃん、銅像くらい」
アンナがおじさんに同情を示した。
「おお……あなた様は前女王であらせられるフェリシアーナ様。なんというお優しきお言葉……」
胸の前で手を組んで感動に打ち震えるおじさん。
つーかこの人たち、店の人間なら営業時間中にこんなところで油売ってる場合じゃないだろ。
「逃げるぞ」
俺はアンナに耳打ちした。
「えっ」
アンナが聞き返すより早く、俺はその手を取って走り出した。
「逃げたぞ! 追えーーーーーー!!」
おおっという気合の入ったどよめきが起こる。
俺は背後に迫る大勢の足音を振り切るように、街中をひたすらに逃げ続けた。
「ふーーー……撒いたか?」
路地を何本も曲がった先の、生活感ある下町といった一角。
「はぁ、はぁ。クリスぅ……走ったから余計にお腹空いたよー……」
アンナはすがるような目で俺を見る。お腹がもう限界に来ているというアピールだ。
「だな。じゃあどこかこの辺で……おっ、あそこが飯屋みたいだぞ」
看板には食堂の文字。
俺たちは逃げ込むようにその店へと飛び込んだ。
「いらっしゃいませ!!」
カウンターの奥から店主らしきおじさんが愛想のいい声を張り上げた。
しかし俺は店主の明るさとは逆に、いやな予感を感じていた。
それは以前ユイリーの店に初めて入ったときに感じた不安と同種のもの。
そう、客が少ないのだ。
流行ってない店というのは、客が敬遠したくなるような何かがある。美味くて安い店なら客はそうそう離れたりはしないものだからだ。
しかしまああのときと比べると、少ないながらも人が入ってるだけマシか。
客が食べている料理を見ても特におかしなところは見当たらない。実にうまそうなジャガイモ料理だ。
テーブル席に座って、メニューの冊子を開いた。
お、ポルポがあるじゃないか。
やっぱり肉だよな。
初めて入る店ではとりあえず肉系を頼んでおけば間違いない。
俺はさっそくポルポを注文することにした。
「あー、このポルポの照り焼きお願いできますか?」
「すみません、今切らしちゃってるんですよ」
店主はすまなそうに言った。
残念。
なら仕方ない。
「じゃあこのグリの実のやつと、ハラクの煮付けでももらおうかな」
「すみません、両方とも切らしてて……」
なんだって!?
さすがに三品切らしてるというのは……。
「はは、運がなかったな。兄ちゃん、この店今はジャガイモ料理しかやってねえんだ。味はたしかなんだが……さすがに同じもんばっかりだと飽きちまう。俺以外客がいないのもそれが理由なのさ」
俺の肩に手を置いてそう言うのは、つい今まで一人で食べていた唯一の客だ。ちょうど食べ終わったらしい。
客の男は言うだけ言ってさっさと店を出て行ってしまった。
俺は店主に向き直った。
「すみません、そういうことなんです。ジャガイモ料理なら……」
「どうする?」
俺はアンナに訊いた。
「食べたい!」
「決まりだな」
俺たちは別にジャガイモばかり食べてジャガイモに飽きているというわけじゃない。味が保証されているなら断る理由もなかった。
そしてしばらくして料理が運ばれて来た。
「うまい!!」
「おいしぃぃいーーーーー!!」
俺とアンナの歓声が重なった。
ジャガイモ料理はどれも手が込んでいてうまかった。
特にこれだ。じっくりと時間をかけて煮込んだ肉じゃがに近い料理。近いとはいえ肉は入っていない。それでもしっかりとイモの中心までダシがしみ込んでいて深い味わいがある。一緒に煮込まれている緑鮮やかな葉物野菜もトロトロになっていて、ほのかな苦みがいいアクセントになっている。
茹でてほぐしたジャガイモを潰して野菜と混ぜ合わせたポテトサラダに近い料理には酸味の強い調味料が使われていた。上にかけられている粉末は乾燥させた香草なのか、いい香りがしている。
ゴロっと大切りのポテトフライにはとろっと黒いソースをかけてあった。
バターの香りのするスープも具材としてジャガイモがごろごろと入っている上に、溶かしたジャガイモが濃厚なポタージュになっていた。
ジャガイモずくしだということに目をつぶれば、どれもちゃんとおいしかった。
はらはらとした表情で見守っていた店主は、俺たちの様子にほっと息を吐いた。
「これだけおいしいならジャガイモだけで勝負できるんじゃないですか?」
「それなんですがね……たしかに来てくれるお客さんはいるんです。ですが、やっぱり食堂としては……ジャガイモだけじゃ客足は激減ですよ。それに……このままじゃまずい状況なんです」
「というと?」
「こっちに来てくれますか?」
俺は店主に連れられて調理場奥の扉から別室へと案内された。




