魔族の威厳
ミカラ村へ戻った俺たちを出迎えたのは村の入り口の柵に寄りかかるようにして立っていたアンナとユユナとミリエだった。
「クリス!! おかえりーーーーーー!!」
たたたっと走ってきて勢いよく飛びついてくるアンナ。俺はその頭をやさしくなでた。
「クリスお兄様! ご無事で……」
元気よく手を振るアンナとは対照的に、ユユナは目を潤ませていた。
「心配してました……」
ミリエも目元を指で拭っていた。
「ただいま。エリは?」
「エリちゃんは村のお手伝いだってさー。畑仕事」
じっとしていられないのはエリらしい。
「もしかして……ずっとここで待ってたのか?」
俺の言葉をどう誤解したのか、アンナは頬を膨らませた。
「なに? エリちゃんだけ働かせてサボってるって言いたいの?」
「違うよ。どうせエリは村の人が恐縮するのも構わず押しかけるように手伝いはじめたんだろ? そうじゃなくて、こんなところでずっといたなんて……むしろ体を動かすより大変だったんじゃないか? 大丈夫なのか?」
なにをするでもなくじっとしているというのは思ったより大変だ。退屈というのは時間の流れを何倍にも感じさせる。
「大丈夫だよ。でも……えへへ、ありがと。やっぱりやさしいねクリス」
にまっとした笑顔で俺の胸に顔を埋めるようにして、ぐりぐりと動かすアンナ。
こうしているとなんつーか、猫みたいだな。
「私も大丈夫……あうっ」
言いながらユユナはふらついてしまう。
「おい、大丈夫か?」
その体を横にいたミリエがとっさに支えた。
「ありがとうございます、ミリエさん。みなさんにご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ないです……」
「いやそんなことはない。ユユナはあんまり体力があるわけじゃないんだから、あまり無理をするな」
そういやユユナはお姫様としてずっと城の中で暮らしてきたんだった。
イリシュアールについてきてからあちこちに連れ回してしまっていたが、もっと注意してやるべきだった。
「おーーーーーい! みんなーーーーーーーー!!」
村のほうから大声で叫びながら走ってくる人間がいた。エリだ。
猛然と走ってきたエリは俺たちの前まで来ると、ずざざっと砂ぼこりを立てて急停止。
「お、クリス! 帰ってきたんだね!!」
「お前はいつも通りみたいだな」
「へっへっへー! いやー、洞窟ではふがいない姿を見せちゃったからね。そのぶん村でははりきっちゃったよー。あ、そうだ。さっき猟師のおじさんたちが物凄い獲物を仕留めて帰ってきたんだよ。ケリテリだって。こーーーんなおっきいの」
両手を大きく広げて大きさをアピールしてくる。
たしかケリテリは大きな角を持った、鹿のような動物だったはずだ。いや、鹿よりも大きくて角も一本だからどちらかというとユニコーンといったほうが近いか。
「それで思い切って丸焼きにして振る舞ってくれるんだってさ。今日はごちそうだよ!」
エリは働き者の上にこの明るさだ。村の人にもその仕事っぷりが気に入られたのかもしれないな。
「へぇ、そりゃすごい……そういえばこれ」
俺は腰に差していた短剣を出してみんなに見せた。
「なになに?」
アンナを始め全員の視線が集まる。
「シウェリー、自己紹介してくれ」
「……」
シウェリーはしゃべらない。
「あー、洞窟に戻って置いてきちまおうかなー……」
「ううう……それは困る」
「「短剣がしゃべったーーーーーーーーー!!」」
「ひゃっ!?」
アンナとエリは声をそろえて驚き、ユユナはミリエに抱き着いた。
短剣シウェリーはその様子に気をよくしたようだ。
「おおっ! その反応だ。それこそ私が求めていたものだ。ふふふ……私は冷酷にして恐ろしい魔族。人間たちよ、もっと怖がるがいい。ふははははは」
「という感じの芸風なんだ。みんなも仲良くしてやってくれ。洞窟で拾ってきたしゃべる短剣のシウェリーだ」
「芸風ちがっ……私は本当に怖いんだぞ! 冷酷なんだぞ!」
「元は私の――このフリタウスと同じ魔族だ。今は武器の形態に姿を変えている」
イリアが補足説明を入れる。
「魔族形態のシウェリーさんは、とってもかわいい女の子なんです」
リズミナは楽しそうに笑った。
「女の子ーー? クリスはほんと……ま、いつものことか。よろしくねシウェリーちゃん」
少しジト目になって言うアンナだったが、すぐにしょうがないとばかりに笑った。
「シウェリーちゃんだとー!? くっ、このっ……人間どもめ。調子に乗るなぁー!」
シウェリーは不満そうだが短剣の姿で言われてもまったく怖くない。いや魔族形態で言っても怖くないが。
「あの……よろしくお願いします」
おずおずとユユナが言った。
「もしかしてフリタウスさんのお知り合いの方なんですか? よろしくお願いしますね」
ミリエも興味津々といった目を向けている。
「よろしくーーーーーー!! シウェリーちゃん!!」
エリも気にせず挨拶した。
「おいクリス! こいつらおかしいぞ! 普通もっと怖がるだろ!! ううーっ! 魔族の威厳がぁー……」
「おお、よしよし。泣くな泣くな。ほれ、いい子いい子」
俺はシウェリーの刃面を指でなでてやった。
「泣いてない!!」
シウェリーの悲痛な叫びが響き渡った。




