シウェリーの能力
「は? 勝負? なんで?」
「お前がこの中で一番強そうだからだ!」
「いや、理由になってないぞそれ。だいいち俺のほうにお前と争う理由がない」
「なんでだ! 私は魔族だぞ! それだけで戦う理由には十分だろう?」
「うーん……」
ただの可愛い女の子にしか見えないんだよなぁ。それを魔族だの戦えだのと言われても……。女の子をイジメるみたいで嫌なんだけど。
「魔族ならお前の他にも知り合いは何人かいるし、敵って感じもしないんだけどな」
「うううううーーーっ……」
悔しそうに唇を噛んで俺をにらむシウェリーの目にはまたしても涙が光る。
俺は助けを求めるべくリズミナとイリアを見る。二人とも困った顔をしていた。
「わかった。わかったよ。戦うよ。それでいいだろ」
瞬間、シウェリーの顔には笑顔がはじけた。
「本当か!?」
「ああ」
「よーーーし、じゃあさっそく」
シウェリーの目が光った気がした。それと同時に周囲の景色がぐちゅり、と歪む。
「え……」
みんなの姿が歪んで溶けて……消えていく。
「気を付けろ。シウェリーは正直言って――私より強い」
周囲の景色が消える瞬間、フリタウスのそんな声が聞こえて来た。
視界が元に戻ったかと思えば、そこは見たこともない場所だった。
「なんだここは……」
月だ。
たとえるなら俺は今、月面に立っていた。
ちゃんと空気があるし、本当の月の大地というわけではないだろうが、とにかくそういう場所だ。
景色の半分は剥き出しの砂と岩の白っぽい大地。もう半分は真っ黒な空だ。ただっ広い空間がどこまでも広がっている。
「どうだ? 決闘にふさわしい異空間だろう? これが私の能力のひとつだ」
目の前には両腕を胸の前で組んでふんぞり返るシウェリー。
「異空間転移……そんなのアリかよ……」
途方もない能力だった。
俺があっけに取られていると、シウェリーは得意気に続けた。
「そしてこれがもうひとつの能力。とくとその目に刻め」
ばっと右手を上げるシウェリー。その手の上の空間に、パキパキという音と共に氷の槍が形成されていく。
「はあっ!!」
氷の槍が勢いよく発射される。槍は棒立ちの俺の横の地面に深々と突き刺さった。
「はっはーーーー! 見たかーーー! これぞ氷を作り出し自在に操る私の第二の能力! 人間には魔術師にだって同じことはできはしない。長ったらしい詠唱の末にようやく氷の玉を作り出すのが精いっぱいのはずだ」
「できるぞ」
「え……」
俺は懐から氷槍符をつまみ出した。
「ほれ」
瞬時に形成された三本の氷の槍。それはたった今シウェリーが撃ち出した槍に倍する大きさを持っていた。
直後放たれる三本の槍。
「わっわわっ!?」
シウェリーはぴょこぴょこ飛び跳ねて避けた。
「ばかっ、慌てて避けると危ないぞ!」
狙いは外してあるから、動かれると逆に危ない。
シウェリーはぽかんとした顔をした。
「え……お前、わざと外したのか?」
「お前だって最初の一撃、当てるつもりなんてなかっただろ。だからお返しだ」
シウェリーは額に手を当てて力なくうつむいた。そしてわずかに小さく肩を震わせている。
「くっ……くくく……くくくくく……」
下を向いて、不気味な笑いを漏らしている。
「おい……」
俺が声をかけるとシウェリーはばっと顔を上げた。
「すごいなお前! とても人間とは思えない!」
「え、あ、そうか?」
楽しくて仕方ないといった表情のシウェリーに、なんと答えればいいのかわからない。シウェリーはそんな俺の戸惑いなどお構いなしに言った。
「お前が相手なら、本気を出しても大丈夫そうだ。本気で戦うのは生まれてから二回目だ。人間――死ぬなよ」
シウェリーの目つきが変わった。
それまでの弛緩した空気は吹き飛び、恐ろしいほどの殺気がシウェリーの体からあふれ出した。
魔王とは会ったことはないが、もしいるとすればきっとこうに違いないと思うほどの、とてつもない威圧感。
全身に重りを付けられたような、巨人に頭を押さえつけられる小人になってしまったような、それほどのプレッシャー。
アンナたち非戦組がダンジョンに入って苦しみだしたあの気配を、ずっとずっと濃くしたような感じだ。
シウェリーの体が、カタパルトで撃ち出されたように俺に迫る。
とっさの反応で突き出したナイフが甲高い金属音を響かせた。
一歩距離を取って見れば、シウェリーの手には氷で作られた剣があった。
「やるな。よく修練されている。最初はただの魔術師かとも思ったが……本当にたいした人間だ」
再び恐ろしい速度で襲い掛かるシウェリー。
「ぐっ」
なんとか剣を受けた俺のナイフに凄まじい負荷がかかり、持つ手に痺れが走る。
シウェリーは感心しているが、とんでもない。俺は魔族じゃない。生身の人間なんだ。こんな勢いで突っ込まれたら体がもたない!
ギィン! キンキン!
二合三合と打ち合って、シウェリーは飛び退った。
この少女はスピードだって人間とは桁違いだ。ナイフを合わせられただけで奇跡みたいなものだった。
ん? この距離――まさか!
飛び退ったシウェリーの間合いの広さを見た俺に嫌な予感が走る。
はっとして見上げた頭上には、いつの間にか巨大なつらら――いや、つららどころじゃない。まるで氷でできた山だ。頂点を下に向けてさかさまの巨大な氷山が、落下して迫って来ていた。




