謎の洞窟
「危険な洞窟?」
いつも通り執務室での仕事中。
やってきたルイニユーキはとある報告を持ってきた。
「ええ、王都北西にあるラタンの森。そこにある洞窟が最近うわさになっています」
エリのお化け騒動の次はルイニユーキか。最近はうわさ話が続いているな。
「どんなうわさだ?」
「なんでも普通の人間では入ることができないとか、深すぎて底がないとか、魔界の入り口だとかそんなうわさです」
「ばかな……」
そんなことがあるはずがない。
だいいち魔界はアリキア山脈から西に広がる広大にして深遠な大森林地帯のことを言うのだ。
「人的被害が出てたりするのか?」
「いえ、洞窟自体入れる者がいないようで、報告に上がっているのは無理やり入ろうとして気を失ったとか苦しみだしたとか、主に洞窟へ入る前に出た被害ですね」
入った人間がいないのになんで深いってわかるんだ?
「ふむ、じゃあ俺が直接行って調査してみるか」
「危険です!」
ルイニユーキは慌てた。
「いや、お前そのつもりで話を持ってきたんじゃないのか?」
「とんでもない! 一応クリス殿のお耳に入れておこうと思っただけで……あああ、しまった。こういう人だった」
頭痛をこらえるようにこめかみを押さえるルイニユーキ。
「ははは、それとも俺がいなければまた過労で倒れたりするのか? お前がそんなにか弱いなら仕方ない。俺はお前のためにも机にかじりついて仕事を続けてもいいけどな」
ルイニユーキは若干ムッとしたようだ。
「いいえ。この前はふがいない姿を見せてしまったばかり。もう簡単に倒れるようなことにはなりません。いいでしょう、そうおっしゃるのなら調査にでもなんでも行っていただきましょう。クリス殿にもしものことがあって帰ってこれなかったとしても、私は立派に政務をこなして見せましょう」
ちょろいやつめ。
ルイニユーキはこの前倒れてしまったことに大きな責任を感じている。
そのことを突いてやれば乗せるのは容易だ。
まあ俺とて洞窟で遭難するつもりはない。ルイニユーキが倒れるほど仕事を重ねてしまったのは、筆頭政務官である俺がアセルクリラングへ外交旅行に行ったことが原因だったのだから。責任を感じているのは俺も同じだった。
「よし、その息だ。お前は替えが効く人間じゃないんだからな。体調管理にはくれぐれも気を付けてくれよ」
「えっ」
驚いた顔のルイニユーキ。
「クリス殿……私の体を気遣って……? おおお……」
感動したように体を震わせ出すルイニユーキ。その目にはうっすら涙。
待て待て待て。
そんな感動されるようなこと言ったつもりはないぞ!?
ただ体に気を付けろって。そんなこと誰だって言うだろ。
「うっ、ううっ……。こんなにおやさしい言葉をかけていただいたのは……クリス殿が初めてです」
どんだけ寂しいやつなんだこいつーーーー!?
この男は愛想もなく嫌味や小言も多くて、本人も人付き合いが苦手だとしょっちゅう口にしていた。
まさかここまでのやつだったなんて……。
「ま、まあまた倒れられたりしたら困るからな。お前はイリシュアールにとって必要な人間なんだ。それだけだ」
「必要!? おおお……」
めんどくせーーーーーーー!!
「じゃあさっそく人選……連れて行くやつらに声をかけてくるわ」
また感動しだすルイニユーキを放っておいて、さっさと部屋を後にした。
翌日。
俺はアンナを始め女性たちを連れてラタンの森の中にあるという洞窟へとやって来ていた。
洞窟にはどんな危険があるかわからない。アンナやユユナはできれば城で待っていてもらいたかったが、どうしてもついてきたいと言われれば断れない。
その森は王都から馬で丸一日かかった。森の近くにあるミカラ村に泊って夜を明かしてからうっそうとした広大な森へと入ったのだった。
深い深い原生林は、人がほとんど入らないことを意味していた。
やがて少し開けた場所に出ると、地面からこぶが盛り上がるようにして、巨岩を組んで作られたような洞窟の入り口が姿を現したのだった。
「人がいないな」
うわさになるくらいなのだから洞窟の入り口には大勢の人間がいると思っていた。
ダンジョン攻略拠点みたいなのを想像していた。
しかし辺りに人はいない。
ミカラ村で聞いた話ではこの森は魔の森と呼ばれて恐れられ、村の人間もほとんど入ることがないのだそうだ。
「クリスぅ……なんだか気味悪い場所だよ」
アンナが怯えたように俺の腕を掴んでいる。
「私もなんだか……はぅぅ」
ユユナも怯えている。
どういうことだ?
洞窟を前にしただけでこれほどの怯えようはちょっと異常だ。
俺は肌を刺すような魔力の気配を感じた。
洞窟入り口周辺を見回して、転がる巨岩を蹴ってひっくり返す。
その岩の裏側には魔術文字が刻まれていた。
「人除けの結界だ。しかも相当に古い。どうやらただの洞窟じゃなさそうだぞここは」
アンナやユユナは言うに及ばず、並の人間では近づくだけで気持ち悪さを感じただろう。人が寄り付かないのには理由があったのだ。
「お前たちは村に引き返したほうがいいかもしれないな」
顔色を青くしているアンナ、ユユナ、エリを見て言った。
リズミナ、イリア、ミリエの三人は真剣な顔をしているものの、まだ大丈夫そうだ。
「大丈夫だよ、こんなの。あはは、まだまだいけるってー……」
軽口をたたいてはみるものの、エリの表情は無理をしているのが丸わかりだ。
本当に、大丈夫か?
俺の懸念はいよいよ洞窟に足を踏み入れ、奥へと進みだしたところで明らかとなった。




