リフィスの謎
「と、いうわけで昨日の幽霊の子と仲良くなった」
「仲良くなったーじゃないよ。大丈夫なの?」
アンナが心配そうに訊いてきた。
俺は今執務室で書類仕事をしながら話している。
俺の机の周りにはいつもどおりアンナ、エリ、リズミナ、ユユナがそろっていた。
「ああ。話してみたらそんなに悪いやつじゃないってわかったしな」
「クリスはすーぐ女の子と仲良くなっちゃうよね。今度は幽霊の子かー。あははっ」
エリは俺の肩をもみながら楽しそうに笑った。
その幽霊を見て大声上げて逃げ出したのと同じやつとは思えない元気さだ。
「クリスお兄様、昨日は本当にありがとうございました。気絶していたところを助けていただいて……」
ユユナは申し訳なさそうに言う。
「ああ、気にすんなって。それに倒れたのはお前だけじゃなかったしな。まあ幽霊の――リフィスのやつはちょっとショックだったみたいだけどな」
「クリス、昨日は本当に頼りになりました。……かっこよかったです」
にこりと微笑んで噛みしめるように言うリズミナ。
そ、そんなキラキラした目で見つめないでくれ!
相変わらず顔を隠していないときのリズミナは、めちゃくちゃ恥ずかしいことも平気で言うな。
「あのっ、それでその幽霊さん……今はどちらに? まさか今もクリスお兄様のそばについてきてるとか……」
「ひっ――」
ユユナの言葉に全員が息を飲んだ。
「ああ、大丈夫だ。あいつ、城の外へは出れないんだってさ。王宮のほうへは来れないだろう」
全員の間にほっとした空気が流れる。
やっぱりみんなまだ怖いみたいだな。
まあ無理やり仲良くしろと言うつもりはなかったが、今も寂しく城のあの部屋にいるだろう幽霊少女には少し同情した。
「とにかく今日は仕事終わったら遊びに行ってくるわ」
みんなは怖いだろうからいっしょに来いとは言わなかった。
そして昼過ぎ。
午前中に仕事を終わらせておいたので、日が出ているうちにリフィスの部屋に行くことができた。
リフィスのことは怖いとは思わないが、やっぱり日が落ちてしまうとちょっと気後れするかもしれなかった。
夜中とは打って変わって部屋は明るかった。
窓から差し込む日の光が歴史ある部屋の内部を照らす。
「リフィスーーーー、いるかー?」
「はーーーーい!!」
ぽんと現れたリフィスは青白い半透明の体をキラキラと輝かせていた。
「よ。元気にしてたか?」
言ってから幽霊相手に元気かどうか聞くのは違う気がしたが、リフィスは気にした様子はなかった。
「はい! クリスさんのおかげでとっっっても元気です! ほら、この魂の輝き、いつもと違いますよね」
そう言ってぐっと握りこぶしを作るリフィス。ごめん、正直違いはわからない。
「今日はみんなから手紙を預かってきた。みんなっていうのは昨日肝試しに参加した女の子たちのことな。ほら」
そう言って手紙を渡す。
大きめの紙にみんな一言ずつ寄せ書きみたいに書いた紙だ。
直接会うのはまだ怖いみたいだったが、こうして手紙を書いてくれた。
「わぁ!」
リフィスは大喜び。さっそく手紙を受け取る。声に出して読み始めた。
「『昨日は勝手にお部屋に入ってごめんなさい。もし怒ってなかったら好きなご飯とか教えて?』わー、生きてた頃食べたお料理、思い出しますー」
たぶんアンナだな。食べ物のこととか相変わらずアンナらしい。
「『メイドさんの格好してたけど、私の先輩かな? お仕事のコツとか教えて』うう……私もおっちょこちょいで。よくメイド長に叱られてましたぁ……」
がっくり肩を落とすリフィス。たぶん書いたのはエリだな。
「『幽霊って……天井裏にもいたりするのでしょうか? 気になります』天井裏ですか? ええと、私覗いたことないですね。他の幽霊さんにも会ったことはあまりないので……よくわかりません」
リズミナ……幽霊を怖がってたらもう天井裏に潜むのも一苦労だな。
「『昨日は気を失っちゃってごめんなさい。今もまだ少し怖いけど、でも昨日よりは大丈夫です。いつかお話しできたら、昔のお話とか聞きたいです』昔のこと……そうですねー……私ってどれくらい昔から幽霊してるのでしょうか?」
気を失うほど怖がってたユユナの、精いっぱいの気持ちが伝わってくる。
イリアとミリエは政務が忙しいので手紙には参加していなかった。
ぼんやりと視線をさまよわせて疑問を口にしたリフィス。
いつから幽霊やってるかなんて、本人がわからないのなら俺にわかるわけ……待てよ。
「当時の、なにか大きな出来事とか。魔王が攻めてきたとか、そういうのはないのか?」
「魔王? 魔王ってなんですか?」
きょとんとして首をかしげるリフィス。
まったく心当たりがないみたいだ。
つまり少なくとも三〇〇〇年も前からこの部屋に居ついているというわけではないようだ。
そうだ。俺は思いついたことを聞いてみた。
「じゃあリフィスが生きていた頃のイリシュアールの王の名前、憶えてるか? メイドだったのなら知ってるだろ」
その瞬間だった。
「王……王様……あ、あああっ……」
口元に手を当ててガタガタと震えだすリフィス。
「おい……どうした!?」
リフィスは物凄い形相で震えている。その表情には恐怖の感情が色濃く表れていた。
「お願いです……出して! ここから出してください!! あああっ……どうか……ああああああっ!!」
俺はリフィスの肩を掴んだ。
「どうした! 大丈夫か?」
「う、うううぅぅっ……」
ボロボロと涙を流すリフィスは、俺を見てようやく少しずつ落ち着きを取り戻した。
「うっ、ううっ……すみません。取り乱しました」
「ああ、俺のほうこそ。いやなことを思い出させてしまったのならすまない」
「いえ、大丈夫です。私がお仕えしていた王様はアルフィリムという名前でした。とてもお優しい人で、こんなメイドの私にも、いつも優しく接してくださって……本当に素晴らしい人でした」
そう言う割にはリフィスの表情は浮かない。
今の取り乱し方にしてもそうだ。なにか耐えがたい記憶があるに違いなかった。
しかしそれをほじくり返していやな思いをさせたくはない。
そんな俺の気持ちを察したのか、リフィスは寂しそうに笑う。
「大丈夫です。お話します。あれは母が死んですぐのことでした。ある日いつものようにメイドの仕事をしていたところへ、王様がいらっしゃいました。王様は見たこともないような恐ろしいお顔で私の腕を引っ張り、この部屋へと連れ込んだのです」
え……。
それはまさか……エッチな……。
「王様は私を壁に押し付けると、ものすごいお顔で何度も「知っているのか!」と問い詰めました。なんのことかわからない私が答えられずにいると、王様は私を部屋に閉じ込めて去ってしまいました」
ああ。
想像していた展開とは少し違うが、それにしてもひどいことをするものだ。
「あんなにおやさしかった王様が、なぜあのようなことをなさったのかわからず……。私はまるで虜囚の身のようにこの部屋で食事だけを与えられて過ごしたのです。ですがその量は生きていくには到底足らないほどでしかなく……私は衰弱して、やがて覚めることのない眠りにつきました」
「わかった。ありがとう。つらいことを思い出させてしまったな」
「いえ……。私が幽霊になって現世にとどまり続けているのも、もしかしたらそのことが未練となってしまっているからなのかもしれません。私は、やさしかった王様が豹変した理由、それが気になって仕方ないんです」
なるほどな。
となればリフィスのためにも少し調べてみてもいいだろう。
俺はリフィスに調査を約束して別れを告げ、部屋を後にした。




