肝試し2
一階ロビーでメンバーを交代。続いて二組目は俺とユユナとリズミナだ。
ユユナは俺の背中にしがみついて前すら見ようとしない。
俺はフードで顔を覆ったリズミナと手を繋いで三階の廊下を歩いていた。
「もしかして、フードを被ってると怖くなかったりするのか?」
仕事モードなら平気、というのはありそうな話だ。
なにしろリズミナは天井裏等の狭くて暗い場所はお手の物なはずだからだ。
「……」
あれ? 返事がない?
「リズミナ……おーい……」
俺と手をつないで歩くリズミナは機械的に歩を進めるだけ。
「リズミナ!!」
「ひゃあんっ!? きゅ、急に大声を出すな! びっくりしただろう」
ひゃあんって……。
仕事モードでもビビるときは可愛い声が出ちゃうんだな。
「いや、さっきからずっと話しかけてたんだけど、気付いてなかったのか?」
「えっ、そうなのか? すまない。まったくわからなかった……」
どうやら緊張しすぎて声が耳に入っていなかったらしい。
この格好でもリズミナはやっぱりめちゃくちゃ怖がっているということが判明した。
そういや、以前夜中に温泉で出くわしたときも、ものすごく怖がっていたっけ。
「お前、暗いの怖かったのか。意外だな」
「いや、暗いのは平気だ。だけど……お、お化けとか……そういうのはダメだ」
なるほど。
リズミナの手のひらはじっとりと汗ばんでいた。恐怖のほどがうかがえようというもの。
ならここは俺がしっかりしてやらないとな。
二週目だし、俺がビビるわけにはいかない。
「ユユナ、大丈夫か?」
「ひゃいっ!? ふぇ……。はい、だいじょうびゅです……」
舌を噛んでしまったのか、おかしな言葉になるユユナ。
がっしりと俺の腰を両腕でホールドして、背中に顔を押し付けてきている。
ここまで怖がってるユユナを引きはがすわけにはいかない。歩きにくいけど我慢するしかないだろう。
やがて目的の部屋に到達した。
重厚な造りの古びた扉。
「ちょっと音が鳴るけど、大丈夫だからな。開けるぞ」
ギィィ……。
「ひっ」
「はうっ」
この軋み音、結構怖いんだよなぁ。
そして部屋の中はやっぱりめちゃくちゃ怖い!
さっきまでただ手を繋ぐだけだったリズミナも、今はがっしりと俺の腕を取ってしがみついていた。
長いこと使われてなかったのだろう部屋の中からは、若干のカビ臭さが漂ってくる。
本棚には古書。
ああ、そういえば。
「チェストの上に――」
人形が置いてあるから気を付けろ、そう言おうとしたそのときだった。
ない……。
チェストの上の人形がねえええええええええーーーーー!!
うわあああああああああ!!!!
心の中で絶叫する俺。
「どうしたんだ?」
足を止めた俺に不安そうな目を向けてくるリズミナ。
「クリスお兄様?」
ユユナも心配そうな声を投げかけてくる。
「い、いや。なんでもない。大丈夫だ……」
そう言葉を搾り出すのが精いっぱいだった。
二週目なのに一週目より怖いんだけど!? ありえねえ!!
こんな気持ちで鏡台のところまで行かなきゃいけないなんて……。
ううう……。
でも二人の前でみっともない姿を晒すことだけは絶対にできない。
特にユユナは俺を頼り切っている。その俺が情けない姿を見せてどうする。
俺は勇気を振り絞って再び歩き出した。
なんとか鏡台の前までたどり着いた俺は、鏡を見ないように大急ぎで木札を漁った。
「よし、リズミナ、ユユナ」
「ああ」
「あ、ありがとうございます」
ユユナも背中に抱き着いたままなんとか俺から木札を受け取った。
鏡が一瞬視界に入ったが、幸いにしておかしなものは見えなかった。
「よし、帰るぞ!」
ゆっくりとターンして部屋の外に向かう、そのときだった。
『いいな……いいな……』
またあの声だ。
「ぐっ!!」
俺はともすればあふれ出しそうになる絶叫を、全気力を総動員してかみ殺した。
アンナたちのときと同じように、やっぱり他の二人にはこの声は聞こえていないようだった。
俺たちはなんとか部屋を脱出することに成功した。
そしていよいよ最終組。イリアとミリエだ。
俺と手をつなぐイリアはどことなく楽しそう。にこにこしている。
「なんだかお前、楽しそうだな」
「えっ、そんなこと……」
頬に手を当てるイリア。
「いや……そうかも。クリスといっしょ……だから」
めちゃくちゃ可愛いことを言われてしまう。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように今度はミリエを見た。
俺の腕にしがみつくミリエは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「ううう……私、怖いの苦手なんですぅーーー……」
「あまり無理はするなよ。本当にダメだと思ったら言ってくれ。引き返したっていい」
「ひぃぃ! そんな、今から一人で帰るなんて、そっちのほうが怖いですよぉ!」
それもそうか。
「いや一人にはしないけど。まあ俺がついてるからな。安心しろ」
「はい……」
正直怖いのは俺もいっしょだったが、その一言でミリエはだいぶ落ち着いたようだった。
俺の肩にしっかりと顔を押し付けてくる。
そして今日三度目の目的地に到着した。
なんというか……入りたくない!!
不気味な部屋の雰囲気もさることながら、消える人形とか明らかに普通じゃない。
しかもあの不可解な声。さすがに二度も聞こえるとなると幻聴ではないだろう。
いよいよ噂が真実になりつつあった。
「よし、開けるぞ。いいな」
「う、うん」
「はぅぅ……どうぞ」
ギィィ……。
埃とカビの匂いのする、古臭い部屋。
ランプの頼りない光では一度に全部を照らすことは出来ない。
俺たちは慎重に足を踏み入れた。
まず浮かび上がるのは正面奥の本棚。
バサッ!
「きゃああーーーっ!!」
「ひゃぃぃぃーーーー!!」
「うおっ!?」
本が落ちた!?
なんでだ!?
誰も触ってない。
ただ近づいただけなのに、本棚に収められていた本の一冊が勝手に落ちたのだ。
俺はその本を手に取ってみる。
「なんの冗談だ……」
表題には『拷問の歴史』と書かれている。
「あああっ! クリス!!」
「ひうぅぅっ! クリスさぁん……」
イリアとミリエ、二人して俺に思い切り抱き着いてガタガタ震えている。
俺だって泣きたい気分だ。
回れ右してダッシュで帰りたい。
しかし、二人がこんなに怯えてしまっているのだから俺がしっかりしなくてはいけない。
「大丈夫か? 二人とも」
こんなに全身で抱きしめられていたら歩けない。しかし引きはがすのではなく、あくまで二人が自然と落ち着くのを待つ。
ようやく震えが収まって体を離す二人。
正直ちょっと名残惜しかったがそんなことも言っていられない。
一刻も早く木札を取ってこの部屋を出なければ。
この部屋は明らかに異常だ。
長居するのは絶対にやばいと、俺の直感が告げている。
「うぅぅ……怖い、怖いよぉ……ぐすっ」
あのイリアがまるで小さな女の子のように怖がっていた。
ミリエは言わずもがなだ。
「はぅぅ、助けて。助けてクリスさぁん……」
「大丈夫だ。俺の手を離すな」
そして今日三度目の鏡台の前までやってくる。
鏡、見たくねえーーー!
なにか映ってそうで本当にいやだ。
木札に目を向けた一瞬、必ず視界に入るんだよな。
目を閉じて木札を探るわけにはいかないだろうか?
俺は意を決して木札を探す。
その瞬間闇色の室内に浮かぶ三人の姿が映る鏡が一瞬視界に入り――。
「え……」
うそだろ!?
俺は握った木札の名前を確認する。
イリア、そしてミリエだ。
俺の木札。その最後の一枚がない!!
「どうしたんですか? クリスさん」
不安そうなミリエの声。
「なにをしているんだ。は、はやく帰ろう」
イリアの声にも焦りの色があった。
「わかってる。わかってるんだけど……俺の木札がないんだ」
さっきは来たときにはたしかにあったはずだ。
いや、待てよ。
もしかしたら三枚用意していたのは間違いで、最初から俺の木札は二枚しかなかったのかもしれない。
きっとそうだ。
『ふふふふふ……』
あの声が聞こえた。
俺ははっとして鏡を見た。
そこに映っているのはランプの光に照らされて闇の中に浮かぶ俺と、目を閉じて俺にしがみつくイリアとミリエの姿だ。
映ってない。
おかしなものは映っていない。
でも幻聴ではない。絶対に。
イリアとミリエは他のみんなと同じで、やっぱり聞こえていないようだった。
木札は見つからなかったが、これ以上ここには長居できない。もう限界だった。
「帰るぞ」
俺たちは部屋を後にした。




