両腕におっぱい当たる肝試し
ホラー回です。
ホラー苦手な人は注意。
その日も俺はいつものように執務室で書類仕事に没頭していた。
周りにはアンナ、ユユナ、リズミナがいる。
そういや今日はエリはいないのか。
別に凝っているというわけじゃないが、エリの肩もみテクはちょっと恋しい。
俺ももう慣れたもので、みんながいるからといって仕事の妨げになったりはしない。
むしろ色々と気を利かせてくれるおかげで仕事のペースは上がった。
部屋の扉が勢いよく開いた。
「みんなーーーーーーーー!!」
エリだ。
騒々しく飛び込んできたエリは全員の視線が集まる中、息を切らせてメイド服を揺らしていた。
「どうしたんだ、いったい?」
エリはゆっくり息を整えてから、言った。
「みんな知ってる? お城の……うわさ」
「うわさ?」
俺たちは誰となく視線を交わす。みなきょとんとしていた。
エリは得意げにぶるんと胸を張って、腰に手を当てていた。
「むふーん。その様子じゃ、ご存じないみたいですな」
大声で飛び込んで来たり、もったいつけたり、忙しいやつだ。
「いいから、どういう噂か教えてくれ」
エリは口元に手を当てて、にやりと笑う。
「むっふっふ。最近、出るんだってさ……」
「出るって……なにがですか?」
可愛らしく小首をかしげるユユナ。
「お化けだよお化け。いわゆる……幽霊ってやつ」
「幽霊ーーーー!!」
アンナが叫んだ。ユユナとリズミナも目を見開いて驚いていた。
「そ。さっきお城の女の子たちと話してたんだ。なんでも、お城の西棟の三階、その奥の書斎の廊下を夜中に通りかかると、女の子のすすり泣く声が聞こえるんだって」
女の子たちというのは仕事仲間のメイドたちのことだろう。メイドの間で流行ったうわさならエリ以外知らなくても不思議はなかった。
エリは正式なメイドではないから仕事の義務はないのだが、本業のメイドたちよりもてきぱきと仕事をこなすことですっかり彼女たちに溶け込んでいた。
「西棟三階っていうと、使われてない倉庫や空き部屋が多くある一角だな。たしかに夜中に近づいたら不気味だろうな」
あんな場所に用事のある人間は滅多にいない。昼間だってうら寂しい場所だ。
「そこで私から提案がありまーーーーす!」
ビシっと手を上げて宣言するエリ。
みんな首をかしげているが俺はこの先の予想がついていた。
そしてエリが言ったのは想像通りの言葉。
「みんなで肝試し大会をやろーーーーーー!!」
「…………」
部屋に沈黙が流れた。
「あ、あれ? えーっと……ダメ?」
エリは頬をかいた。
「いや、ダメってことはないが」
「じゃあクリスと私の二人でもいいんだけど?」
にやりと笑うエリ。
これに反応したのはアンナだ。
「あたしもクリスといっしょならいいかな! うん! お化けなんて怖くない! クリスといっしょなら!」
「はい、あの……。クリスと肝試し、楽しそうです」
リズミナも穏やかに笑う。
「あ、あ、あ、あの……。幽霊さんって、あの幽霊さんですよね!? 私はそういうのは……」
プルプル震えて露骨に怖がっているのはユユナだ。
「あー、俺といっしょでも怖いか?」
ぴくんと反応して俺を見るユユナは、ごくんと大きくつばを飲み込んだ。
「いえ、クリスお兄様となら! 私、がんばれます!」
一応みんな乗り気、みたいだな。
いや、ちょっと待てよ……。
「もしかして……みんな俺と?」
全員同時にうなずいた。
じゃあみんなでいっしょに行くのか?
肝試しってそういう感じだっけ?
二人一組で行くんじゃないのか。
ま、それなら怖いこともないか。
そのときはそう思っていた。
そしてその夜。
「ええっと……なんで俺だけ三回も?」
暗い城の廊下を歩きながらぼやいた。
「だってみんなでいっぺんに行ったら肝試しの意味ないじゃーん。ほんとは二人ずつなんだけど」
そう言って笑うのはエリ。
こっちの世界の肝試しも二人一組ずつがセオリーなのか。
アンナとエリはそれぞれ俺の両側から腕を絡めている。
エリの凶悪極まるおっぱいがむにむに押し当てられてしまって、お化けどころじゃないんだけど!?
「みんなクリスと行きたいって言うんだから仕方ないでしょ」
アンナが言うのなら、まあ仕方ない。
俺が三回怖い思いをすれば済む話だ。
リズミナ、ユユナ、イリア、ミリエの後発組は一階の正面ロビーで待機している。
夜の廊下は当然真っ暗で、俺たちはそれぞれ手にランプを持っていた。
発光符を使ってもよかったのだが、蛍光灯並みの明るさが出てしまうため、雰囲気を考えると不向きだと判断した。
「それにしても不気味だな。見ろ、この鎧。なんか動き出しそうじゃないか?」
廊下に飾られている全身甲冑は、転生前に見たホラー物のゲームや映画なら動き出すのが定番だ。
「んにゃあっ!!」
ビクっとして俺の腕に強くしがみつくエリ。
あれ? 発案者のくせに、意外とこういうの苦手なのかこいつ?
「クリス!!」
アンナも抗議の声を上げた。
ちなみに魔法で怖がらせるようなギミックは用意していない。俺だけがネタを知っているというのはフェアじゃないからな。
「悪い悪い。ほら、そろそろ例の部屋だぞ」
しん、と静まり返った廊下を歩き続けて何度か曲がり、やがて突き当りの部屋にたどり着いた。
古くて歴史のありそうな造りの扉だ。
「夜に来るとなかなか雰囲気あるな」
部屋の中には昼のうちに、各々の名前が書かれた木の札を置いておいた。自分の札を取ってくればクリアということになっている。もちろん俺のは三枚。
「クリス……」
アンナは不安そうに俺の腕を抱きしめる。
「うう……」
エリもめちゃくちゃビビってるな。
「開けるぞ」
扉のノブに手をかけた俺に、二人は弱々しくうなずいた。
ギィィ……。
城の中でも特に古い、改装されたことがない部屋なのか、扉が耳障りな音を立てて軋んだ。
ランプの明かりに照らされても部屋のほとんどはまだ闇の中に隠れている。
ランプを向けると足元の絨毯や、近くの本棚が浮かび上がる。
本棚の中には古書が収められていた。
「大丈夫。大丈夫だから……」
俺は半ば自分に言い聞かせるようにしながら、ゆっくりと部屋の中を進む。
しまった!!
そういえば俺が木札を置いた場所は、鏡台の上だ。
ってことは札を取る時には鏡を見なきゃならないってことだ。
マズいな……。
さすがにそれは俺でも怖すぎる。
ただでさえ古くて怖い部屋なのに、そんな場所で鏡を見なきゃいけないなんて……。
「クリス?」
足の止まった俺を心配するようにアンナが声をかけてくる。
「い、いや。大丈夫だ。行くぞ……」
二人は痛いほど俺の腕にしがみついている。
体が密着しすぎて歩きにくいほどだ。
こんなとき、件のお化けが出たらどうしよう……。
暗くて怖い雰囲気に飲まれて、ついそんなことを考えてしまう。
一歩、また一歩。
俺は部屋の中を進む。
「ふぇああああっ!?」
エリが叫んだ。
「どうした!?」
慌ててエリの視線の先を追う。
そこにあったのは一体のアンティーク人形だ。チェストの上に置いてある。いや、この世界ではアンティークというか今も普通に作られている人形だが。とにかくアンティークっぽい雰囲気でめちゃくちゃ怖い。
書斎っぽい雰囲気の部屋にそんな女の子物の人形が置いてある不自然さも不気味さを掻き立てる。
「大丈夫。大丈夫だ……」
アンナとエリはほとんど顔を俺の肩に押し付けるようにしていた。
二人の息づかいまで聞こえてくる。
俺たちはようやく鏡台の前までたどり着いた。
なにも映りませんように!!
なるべく鏡を見ないようにして、俺たちは鏡台の上の木札を探った。
「よし、これが俺のだな。こっちはアンナ。エリはこれだ」
「うん……」
「ありがと」
頼む。映るな。映るな。
というか叫ぶな。二人とも叫ぶんじゃないぞ。
今叫ばれたら俺だって耐えられるか自信がない。
木札を取った俺は一瞬にしてターン。鏡に背を向けた。
「ふーーーーー……よし、あとは戻るだけだ」
『ひっ……ひぅっ……ぅぅっ……うぅ……』
声。
「えっ?」
俺はランプを回して部屋を見回す。
いない。
今声が聞こえた気がしたけど。
「どうしたのクリス?」
不安そうなアンナの声。
「いや、今声、聞こえなかったか?」
ぶんぶんぶんと首を振るエリ。言葉すら出なくなるほど怖がっていた。
「や、やめてよクリス……こんなところで、本気で怒るよ……」
アンナの声は泣き出しそうだった。
今のは俺が悪かった。
たしかにこんな場所で言うべきセリフじゃなかった。
俺たちは急いで部屋を出た。




