さらばアセルクリラング
あれから一週間が経った。
計画は慌ただしく進み、俺はあちこちへの調整に奔走した。
女王シェアランも元々裏町のことは気にかけていたようで、俺が提示した事業内容には大いに乗り気だった。
そもそも国は旧市壁を取り壊したり、裏町を含む新しい市壁を建設したりと裏町住民の保護には代々取り組んでいた。表町住民の感情に配慮して大胆な福祉事業は行えなかったということだが、今回は異邦人である俺が金主だ。シェアランとしても渡りに船といったところなのだろう。
ミリーニャの偽装公開処刑も無事終了した。
広場で首を吊るされた幻影を見ることで、表町住民たちもひとまずの納得を得たようだ。
ミリーニャはミリーニャ団をまとめていたときの統率力をいかんなく発揮して仕事の指揮に当っていた。表町を完全に無視するわけにはいかず、表町との共同での事業となった。
表町側の代表者はミリーニャの辣腕ぶりを目の当たりにして、どこにこんな素晴らしい人材がいたのかと目を白黒させていた。
ともあれレナドレント観光開発という表町と裏町の共同事業によって、二つの町が仲良くなってくれることを期待したい。
嬉しい誤算もあった。
俺が倒した巨人レナドレントの死骸、あの体からたくさんの植物が芽を出して葉を広げ始めたのだ。まだ死骸となって一週間しか経っていないというのにだ。その奇跡のような出来事は、ある話を想像せずにはいられない。
それは俺の故郷の国キリアヒーストルの創世神話。巨人の死体から植物が生えて豊かな大地になったという物語。
偶然の一致かもしれないが、これは観光資源として文句のつけようがない出来事と言えた。
裏町の外に広がる畑の開墾予定地も見て回った。きちんと耕すことができれば、ネラグラントの観光依存の歪な収益形態に対するひとつの保険になるはずだ。
そして俺は今、イリシュアールへと向かう帰りの馬車の中にいる。
別れ際、シェアランもユユナも目に涙を浮かべて惜しんでくれた。ユユナなど俺について行くと言ってしがみついて離れず、シェアランを大いに困らせていた。こんなにあからさまな駄々をこねるのは小さかった子供の頃以来だと言っていた。
泣き腫らした目で見つめられると後ろ髪を引かれる思いだったが、必ずまた来ると約束して城を後にした。
馬車の客車には窓際からアンナ、俺、エリ。向かい合ってリズミナと、そして行きのときと同じくラーニャが乗っている。
それとなぜかリサナ。
ラーニャが経営するお店の従業員の女の子だ。
「なあ、なんでお前まで一緒なんだ?」
俺が声をかけるとリサナはびくっとして金髪ツインテールを揺らした。
さっきからうつむきっぱなしで一言もしゃべろうとしない。
こんな内気な娘だったっけ?
アンナもエリも馬車の窓の外を見ている。リズミナはフードを被ってうつむいていて、我関せずといったポーズ。
なにかがおかしい。
「なあラーニャ」
「はぇっ? えっ?」
同じく窓の外を見ていたラーニャは、声を裏返らせて振り向いた。
絶対怪しいぞこれ。
「お前ら、なにか隠し事してるだろ」
「……」
馬車の中に沈黙が流れた。
みな微動だにせず姿勢を変えない。
歩く馬の蹄の音だけが響いていた。
「あの……」
消え入るような声。
それはひらひらのついたスカートの上でぎゅっと拳を握るリサナのもの。
「まだ……わかりませんか……?」
「えっ?」
窓の外を見ていたはずのアンナたちがちらちらとこちらに目を向けてきていた。
そして顔を上げるリサナ。
「あ……ああっ、お前……」
ようやく気付いた。
リサナだと思っていた、その顔。
「ぷっ、くくく」
我慢できないといった感じに笑いだすエリ。
アンナもくるりと振り向いて、リサナの頭に手をかけた。
「じゃーーーーーーん!!」
アンナの掛け声と共に、ばっと外されるカツラ。
カツラの下から現れたのはサラサラの銀の髪をもつ人形のように美しい少女。
「ついて、来ちゃいました……えへへ」
「ユユナ……なのか?」
「はい、クリスお兄様」
にっこりと微笑むユユナ。
「あ、ああ……」
突然すぎて思考が追い付かない。
俺はラーニャを見る。
「私は止めたんですけどね。姫様が一生のお願いだからと言って聞かず……」
「いやー上手くいったねー。お化粧とかカツラとか、みんなでがんばったんだ。あはは、アルバイトの経験が生きたよ」
そう言ってドヤ顔のエリ。いったいなんのバイトだ……。
つまり全員共犯ってわけか。
「女王は大丈夫なのか? ユユナのこと、すごく大事に思ってただろ」
「帰りのことを考えると、今から気が重いです……」
肩をがっくりと落とすラーニャ。こいつがここまで疲れたような態度を取ることは滅多にない。たぶん、怒られるんだろうな……。
「大丈夫ですよラーニャさん。母様を説得できるよう、ちゃんとお手紙を書きますから」
「お願いします……」
ユユナの慰めでなんとか気を取り直したようだ。
「まあ、来ちまったものはしょうがない。よろしくな、ユユナ」
ユユナは満面の笑顔で元気よく言った。
「はい! クリスお兄様!」




