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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
六章

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ミリーニャ

 連れて行かれたのは裏町のさらに奥まった場所にある、一軒の酒場だった。

 その酒場は見るからにボロボロで、吹けば飛びそうな木造だった。

 バーテンダーは店に入ってきた俺たちを一瞥しただけですぐに目を逸らした。

 テーブル席にちらほらと座る客たちは、ただの客というには身に纏う雰囲気が鋭すぎる。おそらく組織の構成員たちだろう。


「こっちだ」


 先導する少女はラーニャの店の前で少し話をしたリーダー格だ。


「ひどい客層だな」


 俺のぼやきにも少女は表情すら動かさなかった。


「もちろん、店の客全員が組織の人間だ。そして周囲の建物の、さらに周囲の建物まですべて組織の物だ」


 脅しのつもりなのだろうか?

 なら少し教えておいてやらなければいけない。

 俺はいいとしてアンナたちが少しでも怯えたらタダで済ますつもりはないからだ。


「いいのか、そんなことを教えてしまって」

「ん?」


 少女は言っている言葉の意味がわからないという顔をした。


「俺ならお前らの勢力下の一帯、そのすべてを一撃で消し飛ばしてしまえる」


 もちろんハッタリだが少女は青ざめた。レナドレントを倒した一件はあまりにも強い印象を残している。

 店の奥には階下へ続く階段があり、重厚な石造りだった。

 階段を降りていくとそこは外からは想像もつかない広い空間が広がっていた。

 総石造りの地下室は、城の客室にも劣らないほど広い。

 部屋の奥の立派な机にひじを乗せて背もたれの高いイスに座るのは、二十代くらいの女性。


「来たか。一応、ようこそと言っておこう。私がミリーニャ団の団長、ミリーニャ・クラス・フォン・ルッツだ」


 俺は思わず声を上げそうになった。

 それはミリーニャの顔を見た瞬間だった。

 ラーニャにそっくりだったのだ。

 ラーニャは苦い物でも口にしたような顔をしていた。


「ミリーニャ……姉さん」

「ええっ!?」


 驚いた声を上げたのはアンナだ。

 俺も内心同じような気持ちだった。

 ラーニャに姉がいたなんて……しかも犯罪組織の団長だと?


「黙っていてすみません。ミリーニャと私は血を分けた実の姉妹なんです。私たち姉妹は幼い頃、レタナキアを追われてアセルクリラングへと逃げてきました。そしてとある優しい人に拾われて裏町で暮らすようになりました」


 ラーニャは話し始めた。

 ミリーニャも口を挟まない。続けろという無言の圧力だろうか。


「ラカナという女性でした。目の見えない彼女は自分の生活すら苦しいのに、難民の私たちに救いの手を差し伸べてくれたのです。私は教養を買われて城でメイドとして働かせていただけることになりましたが、姉さんは頑なに裏町を離れようとしませんでした。私は城にこそ入りましたが気持ちは姉さんと同じでした。いつか必ず成功してラカナに――裏町に恩を返そうと誓ったのです」


「そう。私は裏から、妹は表から裏町を変えようと尽力してきた。ラーニャは本当によくやってくれていた。ラーニャが建てた孤児院のおかげで、多くの孤児が悲惨な運命から救われた。私も孤児院で受け入れきれなかった子供たちを、組織の構成員として迎え入れてきた」


 ミリーニャは机の上で軽く頬杖をついて、表情の読めない目をラーニャに向けていた。


「強引な手段を取ってしまったことを謝罪させてもらおう。本当ならラーニャには干渉するつもりはなかった。だが、イリシュアールの国主がラーニャたちと懇意(こんい)にしていることを掴んでいたからな。利用させてもらった」

「ヴィクトリカを返してください」


 ラーニャの訴えにミリーニャは静かに答えた。


「心配するな。もう店に送り返してある」

「信用すると思うか?」


 俺が冷たく言うと、ミリーニャは肩をすくめた。


「バレたら命がないような嘘はつかない。あれほどの巨人を倒したあなたは、その気になれば私や団員全員を皆殺しにすることなど造作もないはずだ」

「わかっていて呼びつけたのなら大した度胸だ」

「ふふ、そう言いつつすぐに暴れないところは見込んだ通りだ。私の話を聞くくらいの余裕はあるのだろう? 英雄とはそうでなくてはいけない」

「だがいつまでもまどろっこしい話に付き合うと思ってもらっても困る。用件を言ってくれ。それと、俺の連れを怖がらせるようなことだけは間違ってもするなよ?」


 ミリーニャは手のひらを出してイスに座るよう示した。いつの間にか全員分のイスが用意されていた。


「もちろんだ。では本題に入らせてもらおう。イリシュアールの国主クリストファー殿。あなたはこの国の、今やカリスマだ。国民の人気は圧倒的。国獲りを望むなら革命すら起こせるだろう。そこでだ……」


 ミリーニャは凄みのある笑みを浮かべた。


「このネラグラント裏町の高度自治権を認めるというお墨付きをいただきたい。なんならイリシュアールの統治下に置かれたっていい。表町の連中の不当な圧力から解放されるならどんな形だっていいんだ」

「そんなバカな……」


 たとえ俺がそんな一筆を書いたところで、裏町が独立することなんてできるはずがない。

 いや……もしかしたら、とも思う。

 自分で言うのもなんだがシェアランは俺に全幅の信頼を置いてくれているし、裏町のこともどうにかしたいと思っているはずだ。

 だがさすがに俺はそこまでめちゃくちゃなことをするつもりはない。

 今までよくしてくれたシェアランとユユナを裏切るようなことはしたくない。

 表町と裏町の溝を、波風を立てずに埋める方法があればいいのだが……。


「いや、不可能ではない。三年前はこの国はイリシュアールに併合される可能性すらあったのだ。今からそれを望んだっておかしな話じゃない。クリストファー殿が呼びかければ国民はきっと賛成してくれるだろう」


 俺は首を振った。


「俺が望んでいない。そんな話なら帰らせてもらう」


 ミリーニャは机を強く叩いた。


「もう時間が無いんだ! 表町の住民は大挙して裏町に押し入るだろう。お互いが暴力で衝突することになれば、多くの血が流れる。そうなれば表町と裏町の対立はいよいよ取り返しのつかないものになってしまう」

「それはお前がまいた種だろ。聞いたぞ。表町の住民を殺したらしいな」

「あれは……。部下がしたこと、などと言い訳はするまい。そうだ、私の責任だ。だが誓って私が望んだことじゃない!」


 俺は天井を仰いだ。

 思いついてしまったのだ。

 この危機的状況を打開して裏町の地位も向上の可能性もある、一挙両得の策を。


「お前……ミリーニャ。本当に住民たちのことを思うのなら、裏町のことを思うのなら……覚悟はあるんだろうな?」

「ある! 裏町の住民のためならなんだってする」


 ミリーニャは力強く言った。


「なら、あとは俺に任せろ」

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