裏と表、根深い問題
俺はその日、アンナとエリとリズミナを連れて、ラーニャが経営する店へと足を運んでいた。
華やかな表町とは打って変わって、裏町はどことなくうす汚れていてうらぶれた雰囲気。表町はレンガ舗装だった地面も、裏町は踏み固められた土がむきだしだ。
その店は外観は少し古めの洋館と言った感じだった。店の前の花壇には色とりどりの花が植えられていた。
店内へ一歩足を踏み入れると、昨日出会ったリサナが出迎えてくれた。
内装は豪華で、ふかふかの絨毯が床一面に敷かれていて、各所落ちくぼんだ場所が六か所ほどあり、そこにソファーと丈の低い長テーブル。
なんというか転生前で言えばちょっとしたキャバクラのような見た目だった。
事前に聞いた話ではいわゆる女の子とお酒が飲める店だそうで、俺は断ろうとしたのだが昨日のお礼も兼ねてぜひにと言われれば強く断ることもできない。いかがわしい店ではないとラーニャは強調したし、アンナたちも連れてきていいという話だったので結局了承したのだ。
今は昼間。営業時間外だということで店の女の子たちは派手な恰好ではなく普通の町娘風の私服だった。
「あ、オーナー! それにイリシュアールの国主様」
「ええ。昨日はリサナが助けていただいたから、そのお礼にと思ってね。みんなを呼んできてくれるかしら」
「はーい!」
リサナは元気よく返事をして店の奥へと消えていった。
別の女の子が席へと案内してくれる。
「ささ、こちらへどうぞ」
俺たち全員が席に座ると、別の女の子たちが手際よくテーブルに果物の山と盛られた器を用意していく。
アンナなどはそれらを見て目を輝かせていた。
そして五人の女の子が俺たちに向かい合って正面に座った。
「昨日は本当にありがとうございました」
改めてお礼をいうリサナ。
「いやいいよ。それより、昨日はなぜあそこにいたんだ? 男たちはその……なんというか君が来ちゃいけないみたいなことを言っていたが」
「昨日はお祭りで、裏町の人間も大勢来てましたからね。表町の人といざこざを起こしてしまわないか、警戒に当たっていたのです」
困ったように笑って説明するリサナ。
やはり、裏町と表町にはなにか対立のようなものがあるのだ。
「私が指示をしたわけではないのですけれどね……。はぁ、知っていたら止めさせたのに。あなたたちの身にもしものことがあったら私は……」
「ごめんなさい、オーナー」
心配で心配でたまらないといった顔をするラーニャ。なんだかオーナーと従業員というより、心配性の姉とその妹といった感じだ。
「表町と裏町か。なにか複雑な事情がありそうだな」
女の子たちは少しの間、お互いに視線を交わしていた。口を開いたのはラーニャだった。
「少し、暗い話になるかもしれませんが……」
「構わないよ。教えてくれ」
ラーニャは女の子たちの端に座って居住まいをただした。
「この国アセルクリラングは世界一の歓楽都市として名を馳せ、きらびやかな繁栄を謳歌してきましたが……賭博や興行中心の発展は、同時に大きな貧富の差を生み出したのです。博打にのめり込んで破産した人や、犯罪者たちが裏町に多く流れ込みました。親に見捨てられた孤児たちも町にはあふれてしまい、そういった子たちの将来もまた暗いものになります。私は私なりに出来る限りのことはしてきたつもりですが、どこまで子供たちの力になれたのか自分でもわかりません。……このお店ではお酒こそ提供しますが、女の子を売り物にするようなことは一切致しておりません。ですので他店との競争力で言えばかなり厳しいと言わざるを得ず……この子たちにはいつも苦労をかけてしまっています」
「そんなことありません! 私たちは心から感謝しています!」
「そうです! オーナーが拾ってくださらなかったら私は、きっと人買いに売られてひどい環境で一生を終えていたに違いありません」
「私たちだけじゃなく、男の兄弟たちにも様々な仕事を紹介してくださっているじゃないですか。オーナーのおかげで、みんなどれほど救われたか……」
貧富の差か。
それはなにもこの町に限った話じゃない。
程度の差こそあれ大都市ではどの町にもスラム街があったりして、危険な場所になっていたりするものだ。
店の入り口のドアが激しく開いて、女の子が一人飛び込んできた。
「大変なの! みんな聞いて! 暴動が起こったのよ!!」
「どういうこと? 詳しく説明して」
ラーニャの目つきがするどくなった。
「あっ、オーナー! はい、あの……。昨日のお祭りで出た大量のゴミを、表町の人たちが全部裏町に集めて捨てていったんです。それで頭に来た男の人が表町の清掃業者の人を殴ってしまって……。逆に表町の人たちがその男の人を集団で袋叩きにして殺してしまったんです。その話がミリーニャ団の人に伝わってしまって……。袋叩きに参加していた表町の人全員、ミリーニャ団の人に殺されました。表町の人は裏町の住民の排除を訴えて暴動を起こしました」
「ミリーニャ団……なんてこと……」
ラーニャは顔を青くしていた。
「なんだそのミリーニャ団って」
「裏町に拠点を構える首都ネラグラント一の犯罪組織です。国でもうかつに手を出せないほど強い勢力を誇っています。首領は若くして巨大組織を作り上げた才女ミリーニャです。優れた統率力で裏町の秩序と治安を守っていますが、一般市民への暴力事件は極力起こさないようにしてきたはずです。人目に付く場所で複数人を一気に殺害するなんて……彼女がこんなことをしたのは初めてです」
ラーニャは立ち上がって指示を出す。
「キャス、私たちが出たらすぐにドアを板で打ち付けて。誰も外に出ちゃダメよ。それからリサナ、あなたは同じことを孤児院のほうに伝えに行って。私はお城に戻ってすぐに警備の兵を動員させます。住民同士の大規模な衝突だけは絶対に避けなければいけません」
「なんか……ひょっとして大変なことになっちゃってる?」
エリが深刻そうな目を向けてくる。
「みたいですね……」
「クリス……」
リズミナとアンナも俺に不安を訴えてくる。
「みなさん、本当に申し訳ありません。いますぐ城に戻ってください。ここは危険です」
ラーニャに促されて全員で外に出た。
そのときだった。
「止まれ」
地面にナイフが一本突き立った。
周囲の建物の屋根には、それぞれ人が立っていた。ナイフはそのうちの一人が投げてきたものだろう。
ラーニャの店の入り口は、彼らによってすでに固められていたのだ。
屋根の上からこちらを見下ろす人物はそろって布を巻いて口元を隠している。
「お前たちの動向は監視させてもらっていた」
取り囲む者たちのうち一人が屋根から飛び降りて俺たちの前に立った。おそらく彼がリーダー格か。
いや、彼、ではない。口元を布で隠しているがその体のラインは間違いなく女性のもの。まだ少女と呼べるほど年若かった。
「イリシュアール筆頭政務官クリストファー・アルキメウス。団長がお呼びだ、ついてきてもらおう」
「俺がはいそうですか、とおとなしくついていくと思うか?」
「ふっ、あの巨人をたった一人で倒したあなたを力ずくで、などとは私も考えていない。ところで……店の女の子、全員そろっているのは確認したか? ひょっとしたら、誰か一人……行方不明になっていたりするのでは?」
そう言ってわざとらしく首をかしげて見せる少女。
ラーニャは後ろを振り向いてリサナに言った。
「ヴィクトリカは?」
「そういえば、買い出しに出かけてから……まだ戻ってきていません。さすがに遅すぎます」
どうやら目の前の少女の仲間に拉致されたということらしい。
「ミリーニャ……」
ラーニャは唇を噛んで拳を握りしめていた。




