祭りとケンカ
「まいったな……」
俺のつぶやきは喧騒の中にかき消された。
みんなとはぐれてしまった。
輪投げをしたり、怪しげな路上賭博を見物したり、珍しい動物の芸などを見物して楽しんだところまではよかった。
しかし、広場の一角に舞台を作ってちょっとした劇が催されているのを発見したのが始まりだった。
その劇はなんと俺がレナドレントを倒す話で、色々と脚色されまくっていて見ていられなかった。
剣を掲げて巨人に立ち向かい、絶望に打ちひしがれる避難民たちを奮い立たせようと大げさな演説を展開するシーンなど、抗議の声を上げたくなったほどだ。わずか半日の間によくも台本を用意したものだと思ったが、観客たちの会話に耳をすませればどうやら大部分がアドリブらしい。毎回セリフの内容が変わるということだった。なんという適当さ。
それでも役者の演技は堂々としたもので、巨人役は用意せずとも舞台の彼方を向いて剣を抜くだけで、その巨大な存在を感じさせるほどだった。
恥ずかしさに耐えきれなくなって移動を提案したが、女性陣に却下されてしまった。
仕方ないので食べ物を買ってくると言ってその場を離れたのだが……。
戻って来てみればみんなの姿がなかった。
舞台の周りには特に人が密集していて、なかなか近づけない。手に持った串焼きの包みを落さないようにして、元居た場所へ来たはずなのだが。
場所、間違えたかな?
舞台のもうちょい右側だったかもしれない。
人ごみをかき分けて移動しようとしたところで、その声が聞こえてきた。
「馬鹿野郎! 邪魔するんじゃねえ!! 女だからって容赦しねえぞ!!」
「きゃああっ!!」
声がしたほうへと行ってみると、どうやら筋肉ムキムキの大男が、女性に暴力を振るった場面のようだ。女の子が一人地面に尻もちをついている。
女の子は赤っぽいひらひらのついた服を着ている。普通の町娘よりちょっとおしゃれな格好だ。そして容姿もすごく可愛い。
殴られたのだろうか? 肩のあたりを押さえている。しかし遠巻きに見ている住民たちが誰も手を差し出そうとしていないのが奇妙だった。
「てめえ! 女の子に手を上げやがったな!」
叫んだのは大男と向き合うようにしているおじさん。
よく見れば人混みの中にぽっかり空いたこの空間には、おじさんと大男、それに尻もちをつく女の子の三人だけだ。
俺は人混みを移動して倒れている女の子の後ろに回った。
「大丈夫か?」
「いたた……あっ、すみません。あの方たちがケンカをしていたので止めに入ったのですが……この有様で」
意外としっかりした口調で答える少女。
ツインテールにした金髪の両側に白いリボンが揺れている。
「ケンカか」
「馬鹿が! よく見ろ、この女は裏町の人間だ。本当なら表町に来ていい身分じゃないはずだ。大方この人混みに紛れて売春の相手でも探しにやってきたんだろうぜ」
「なんだって……よくも騙しやがったな」
大男の言葉に、少女をかばうようなことを言っていたおじさんまで恐ろしい目を向けてきていた。どうやらケンカを止めに入ったというこの少女は、二人の男の共通の敵になってしまったようだ。
身分がどうとか言っていたが、周囲の連中が誰も助けようとしないのもそれが理由なのだろうか?
俺は少女をかばうように間に割って入った。
周囲の人々からおおっ、という声が上がる。
「まあまあ。元々おたくらは二人でケンカしてたんだろ。矛先を向けるのはこの娘にじゃないはずだ」
「てめえ! いきなり出てきてなに調子こいてやがる!」
「まずお前からブッ飛ばしてやるぜ!!」
大男とおじさんの二人はそろって俺に拳を振ってきた。ケンカしていた割には息ぴったりだな!
俺は男たちのちょうど中間、そのつま先の辺りの地面に衝撃符を放った。一瞬体を浮かせて、うつぶせにぶっ倒れる二人。
「頭は冷えたか?」
周囲の観客たちから拍手が上がる。
「な、なにしやがった……」
「ぐっ……」
一瞬で同時に倒されてしまったのだ。格の違いを悟ったのだろう。二人は顔に脂汗を浮かべて怯えていた。
「立てるか?」
俺は女の子に手を差し出して立たせてやる。
「ありがとうございます」
少女がにこやかに言ったところで、誰かが声を上げた。
「あっ、このお方はイリシュアールの国主様だ!」
「ええっ、あの巨人を倒してくださった!?」
「なんと……」
周囲にざわめきが広がる。
倒れていた二人も顔を青くした。
「ひぃぃぃぃっ!! 申し訳ございません!! まさか町を……いやこの国を救ってくださった英雄のお方でしたとは」
「すみませんでしたあぁっ!! とんだご無礼をっ!!」
額を地面にこすりつけて謝る二人。
周囲の人々も声を上げた。
「クリストファー様万歳!」「イリシュアール国主様万歳!!」
今日の祭りは巨人が倒されたことを喜んだ住民たちが自発的に始めたもの。つまりある意味俺が主役と言ってもおかしくない。素性がバレてしまえば住民たちが盛り上がるのも仕方なかった。
そこへ、騒ぎを聞きつけたのかアンナたちがやってきた。
「クリス!」
「アンナ! それにみんなも」
みんなが合流した。
「もう、どこ行ってたの?」
可愛らしくふくれっ面のアンナ。
「悪い悪い。ほらこれ、串焼きの追加だ」
「やったーーーーっ!!」
エリは能天気に大喜びだ。
「ところでそちらの女性は?」
リズミナが訊いた。
少女は口元に手を当てて驚いた。
「あっ、オーナー!?」
「オーナー?」
見ればラーニャも目を丸くしていた。
「リサナ、いつの間にクリス様とお知り合いに?」
リサナと呼ばれた少女は倒れる男二人を見て言った。
「私がこの二人のケンカを止めようとしたのですが、逆上されてしまい……そこをこの方に助けてもらったんです」
「そうでしたか。クリス様、この娘はリサナと言って私の店の従業員なんですよ」
「店?」
「はい。私はいくつかの孤児院に出資してまして。孤児たちが育った後の就職先としてお店も持ってるんです」
「なるほどな」
国の裏の警備責任者で、孤児院をいくつも持っていて、さらには店まで……。
ラーニャは俺が思っていた以上の大物なのかもしれない。
「素質ある子たちは特殊な訓練を経てから城の、裏の警備部隊に所属してもらっています。そうでない子にもちゃんと仕事を斡旋しています。リサナはまだ荒事に対処できるだけの技能を身に付けていないのに……正義感だけは一人前みたいですね」
「すみません」
リサナはしゅんと肩を落とした。
俺が注目を浴びて、周囲にどんどん人が集まりだしていた。どうやらこの辺りが潮時だった。
「今日のところはお開きかな。十分楽しんだし、帰るか」
「「「「はーーーい」」」」
みんなも笑顔で返事をした。




