天を裂き連なる竜の咆哮
町のそばまで飛んで行くと、その光景が目に入った。
町の市壁の外に、大勢の人が出てきているのだ。
ラルスウェインが高度を下げる。ゴマ粒のように見えていた人々の姿が次第に大きくなってくる。
「なんだ、あれは!?」「空を飛んでいるぞ!」「天使様!? それとも……」
声が聞こえる高度まで下りると人々のざわめきが耳に入ってきた。
みな俺たちを見て驚きを口にしていた。
そりゃあ目立つよなぁ。飛んで来たりなんてしたら。
人々が町の外に大挙して飛び出しているのは、あの巨人が原因だ。
町からでもはっきりと見えている。みな何事かと様子を見に出てきたらしい。
「いいのか、こんなに目立ってしまって。お前はそういうの嫌いだと思っていたんだけど」
俺とラーニャを下ろして優雅に地面に降り立ったラルスウェインは、落ち着いた様子で答えた。
「町まで運べと言ったのはお前だろう。人間の記憶など、悠久の時間の流れの中で瞬きのごとく消えてなくなる。見られるのはたしかに問題だが、絶対に避けなければいけないような差し迫ったものでもない」
「最初にレナドレントを封印したときは、どんな方法だったんだ? それがわかればなにかヒントが掴めるかもしれない」
ラルスウェインは首を振った。
「当時は人間に味方する力ある魔族たちが多数協力して封印に当ったらしい。具体的な方法についての記録も散逸している。現代で再現することは不可能だ」
「そうか……」
「な、なああんた……向こうのほうから来たんだろ? あのでかいのはいったいなんなんだ?」
恐る恐るといった感じに男が訊いてきた。
「見ての通りの化け物だ。こっちに向かって来ている」
「向かって来てる!? マジかよ」
男は声を上げて驚いた。
「ここで食い止める」
「そんな無茶な!」
「無茶でもやるしかない――だろ?」
最後の問いかけはラーニャへ向けて。
ラーニャは真剣にうなずく。
「私はいざとなったら姫様を連れて避難を……城へ戻ります」
「ああ、頼んだ」
ラーニャは城へと走った。
ラーニャはああ言ったものの、ユユナのあの様子ではおそらく簡単に外には出せないだろう。力が暴走したユユナは近づくだけで危険だ。無差別な能力の被害者が出るような事態になれば、たとえ町が無事だったとしても正体がバレてしまう可能性は高い。魔族だと言われて糾弾されればアセルクリラングは終わりだ。
なんとしてもここで食い止めるしかなかった。
他の連中も巨人がこちらに向かって来ていることに気付き始めたようだ。見物客は散り始めていた。
家財を持ち出すつもりの者は家へ戻り、今すぐ逃げるつもりの者は町を離れる道を歩いた。
「魔力は……まだか」
俺は手を閉じたり開いたりして魔力が戻っていないことを確認した。
ラルスウェインはいつの間にか消えていた。
いつとも知れぬ魔力が戻るのを待つ時間は、まるで永遠のように感じられた。
だんだんとその威容を大きくしていくレナドレントの姿は、俺を焦らせるのに十分だった。
まるで砂時計の砂が落ちるのを見るような、じりじりとした時間が過ぎていく。
レナドレントはいよいよもう二~三キロの地点まで迫って来ていた。
周囲に人の姿が増える。みな町から脱出しようとしているのだ。
先ほどとは打って変わって、彼らの顔は悲壮感に満ちていた。
泣き叫ぶ者、神に祈る者、俺に逃げるよう声をかけてくれる人もいた。
いざとなったら、たとえこの身が踏み潰されようとも……最後まで戦ってやる。
魔力が切れても術符の最後の一枚まで全部使って抵抗すると決めた。
止める。なんとしても。
俺の背中には時翔符が貼ってあるから、たぶん死ぬときは一瞬じゃ済まないだろうな。
ずっと同じ場所に立っているから、数分前までの位置情報へ巻き戻る時翔符では避けることは出来ないだろう。
生き返った瞬間死ぬのを繰り返すだけだ。
「一応剥しておくかな……待てよ」
時翔符! これだ!!
試したことはないが、おそらく可能なはずだ。
俺はもう一度手を閉じて開いてみる。魔力の巡りを感じた。回復している。
「今から大魔法を撃つ。みんな離れていろ!!」
逃げまどう人々の耳にどこまで届いたかはわからないが、とりあえず叫んで注意を促す。
何人かの人が足を止めて怪訝そうな目を向けてくる。
「あんたなに言って……うおっ、なんだこりゃ!?」
詠唱補助精霊を見て驚きの声をあげる男性。
「魔法なのか!?」「あんた魔術師か」「でも無茶だ!」「無理だ! あの大きさを見ろ! 城何個分あると思ってんだ!!」
俺は人々の言葉を背中で聞きながら、大魔法を練り上げていく。
二十体の詠唱補助精霊が口述詠唱を重ね、魔法陣が展開される。
「撃つぞ!!」
空間を震わせて極太のレーザーが発射される。
その瞬間人々は息を飲んで言葉を失っていた。
ドラゴンのブレスのような、神話の再現。世界を貫く神槍の一撃。
視界が白く染め上げられ、城さえブチ抜いた破壊の奔流がレナドレントへ殺到した。
今だ!
時翔符発動。
俺の体が一瞬ブレた。
数秒前の、大魔法を放つ直前。魔力漲り魔術の組み上げも完成したその瞬間の体に巻き戻ったのだ。
準備完了済みのレーザーを間髪入れずにもう一撃放つ。
視界が再び白く染まり、爆音と衝撃波の二重奏。
時翔符発動。
三発目。
時翔符発動。
オゾン化した空気の匂いが鼻を突いた。
四発目。
時翔符発動。
容赦はしない。最後の一枚まで使い切る。
五発目。
時翔符発動。
六発目。
時翔符発動。
七発目。
レナドレントはまるで艦砲射撃でも受けたように連続して着弾、爆発し続けた。
「お、おい……」
誰かがつぶやく。
「巨人が……」「倒れるぞ!!」
レナドレントは体中に穴を開け、ボロボロになっていた。右足がもげて吹き飛び、バランスを失ってついに大地に体を沈めた。
体が浮き上がりそうなほどの揺れが襲い、次いで衝撃波がやってきた。
人々は悲鳴を上げて身をかがめた。
そして静寂。
すべてが収まった後、太陽さえ遮るようにそびえ立っていた巨人は倒れて、その姿は背中を山頂とした巨大な山と言ってよかった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
耳をつんざくような人々の歓声が響き渡った。




