王都決戦 歴史に名を刻む日
キリアヒーストル城の城門前にたどり着くと、すでに物々しい重武装の兵士数十人が待っていた。
「あんたか……」
その先頭。
たしか俺の家にやってきた兵隊の、一番偉いやつだ。
「パブロピカソ?」
男は不快そうに眉を寄せる。
「パウロスミスだ」
「なんであんたがここに」
まさか、百人隊長自ら門番を買って出たわけではないだろう。
「お前たちの動向は、ずっと監視させてもらっていた。バザンドラの町から、ずっとな」
「まじかよ……」
パウロスミスの横のローブ姿の人物が口を開いた。
「呆れたものだ。物珍しそうに町を見物して回り、料理を腹いっぱい食べたら店を出て鼻歌交じりにスキップだと? 観光にでも来たつもりか」
全身をすっぽり覆うローブは、砂漠の民の装束のようだ。
そしてその中から聞こえてきた声は意外にも女性のもの。
俺はわざとらしく言い放つ。
「ああ、まったく王都は最高だった」
「こいつはリズミナ。気配を感じさせずに諜報活動を行うことにかけて彼女の右に出る者はいない」
言われて少しぞっとする。
バザンドラから今までずっと監視していたらしいが、まったくそれに気付けなかったのだから。
もしも彼女が、たとえば暗器のような武器を使って俺を暗殺しようとしていたら?
国を敵に回すというのは、そういうことだ。
だがまず彼女には一言言っておくべき言葉があった。
「リシアトールで暴漢に襲われたアンナを助けてくれたの、お前だろ? ありがとな」
深々と頭を下げた俺に対し、リズミナはめんどうくさそうにこう言った。
「私はお前たちの監視を命じられていただけだ。監視対象が殺されてしまっては任務を続けられないからな」
「でも、助けてくれたんだろ?」
「助けてはいけないとは言われていない」
つまり助けろとも言われていなかったということだ。
任務はあくまで監視。なら口ではああ言うものの、監視対象が危険な目に遭ったとして、それを助ける義務はないはずだ。
ローブですっぽり顔を隠したリズミナというこの女性は、悪いやつではなさそうだ。
「俺は王に呼ばれているんだったよな? ならそこまで案内してくれるってことでいいのか?」
パウロスミスは目を閉じて舌打ちした。
「ついてこい」
俺はアンナを見る。
アンナは力強くうなずいた。
だから俺も笑っておいた。
広大な敷地を歩き、荘厳な城内へ入り、美しい大理石の階段を上り、いくつもの廊下を進んで王に謁見する玉座の間へと通された。
その大広間は、やはり広い。
学校の体育館ほどはあった。
大広間の中央には真っ赤なじゅうたんが敷かれ、その上を歩いていく。
大広間の両側には兵士がずらっと、彫像のように微動だにせず並んでいた。
王は玉座に座っていた。
真っ白なひげをたくわえた、六十~七十歳くらいの、金の王冠を被ったいかにもと言った感じの王様だ。
その玉座のとなりには装飾のたくさんついた紫のローブを着た男がいた。長い黒髪と陰気な顔。歳は四十歳くらい。
パウロスミスはその手前五メートルほどで足を止め、口を開いた。
「魔術師クリストファー・アルキメウスを連れてまいりました」
「そうか、お前が……」
その声はローブの男のもの。
「罪状。クリストファー・アルキメウス。お前は術符を不正に作成し、それをあろうことか輸出を禁止しているイリシュアールへと密輸した」
なるほどね。
爆破符二百枚の取引。
国はあれが気に食わなかったらしい。
どうやってバレたのかは分からないが、大方得意の諜報力で向こうの鉱山にスパイでも仕込んでいたのかもしれない。
「不正に作成って言うけどね、元々あれは俺が発明したもんだぜ」
「控えろ! 王の御前であるぞ!」
怒声はパウロスミスのもの。
ローブの男が口元にいやな感じの笑みを浮かべた。
「私は宮廷魔術師イシュニジル。術符は私の発明である」
俺が術符を作りそれを使って商売を始めるまで、一度も術符の話を聞いたことなんてないんだけどね。
「それを証明できるかい?」
「その態度、不遜。王よ、十分断罪に値するものと思われますが」
王様は黙って小さくうなずいた。
イシュニジルはにやりと笑って言う。
「クリストファー・アルキメウスを有罪とする。牢にぶち込んでおけ」
ここまで俺を連れてきた兵たちが俺とアンナに手を伸ばすより早く、術符を発動させる。
「ぎゃあ」「うわっ!?」「がっ!?」
兵たちは同時に吹っ飛んで尻もちをつくことになった。
俺とアンナを中心に、同心円状に衝撃を放つ衝撃符だ。
直立不動だった大広間の兵たちも俺を取り囲むような位置へと素早く動く。
「俺は言ったはずだぜ魔術師のおっさん。術符が自分の発明なら、それを証明しろって。俺はできるぜ。今から見せてやるよ。本物の符術士の魔法ってやつをな!」
「小僧っっ!」
イシュニジルの顔にはっきりと憎悪が浮かぶ。
イシュニジルはさっと右手を振った。
それが合図だったのか、兵士たちの全員が剣ではなく術符を構えた。
「おいおい……そんなのアリかよ」
術符は魔法を、一般人にでも使えるようにした道具。
つまり術符を持たせれば、ただの兵士であっても魔法を使えるということだ。
その数およそ百人。
俺を包囲したその間合いは、術符で攻撃するのに最適な距離だったのだ。
アンナが俺の腰を掴んだ手に力を込めた。
アンナを傷付けさせるわけには絶対にいかない!!
間に合うか!?
俺が左袖に右手を突っ込むのと、兵士たちが揃って火球を発射するのが同時だった。
火炎符か!!
威力は俺の符よりも低そうだが、まるで炎の壁のように迫る百人分のそれを食らってしまえば、消し炭すら残るか怪しい。
間に合え――。
視界が赤く染まる。
そして……。
「お、おお……」「なっ……」「なんだ……これは」
ざわめく兵士たち。
左袖の中に仕込まれていたのはとっておきの最終兵器。
長年の研究の末にたどり着いた、集大成とも言える魔法を込めた術符だ。
俺を守るように出現したのは三体の石像。
ギリシア彫刻のヴィーナス像ような白い女性の石像は、詠唱補助用精霊。俺はこの精霊にわずかだが神格まで付与することに成功している。火炎符の炎を弾くくらい、わけはない。
三体の石像は歌のようなノイズのような音を発し続けている。
それは今は忘れられて久しい太古の技術。圧縮詠唱。
精霊の詠唱によって人間の魔術構築の数十倍の速度で、新たな魔法が組み上げられていく。
「おっ、おお!?」
驚愕に目を見開くイシュニジル。
三体の精霊により呼び出された、一回り小さな新たな精霊が七体。
その七体も補助精霊。
精霊たちの詠唱が合唱となって大広間を震わせる。
そして俺を中心に巨大な青く光る魔法陣が展開される。
魔術を発動させるためには大まかに分けて、三つの方法がある。
一つは口述詠唱。いわゆる呪文を唱えるってやつだ。
二つ目は手で印を組むこと。複数の印を順番に組んでいくことで魔術を発動できる。
三つ目は魔法陣。術式を記述した魔法陣を描き、起動させることで魔術を発動させることができる。
だがその三つとも俺が発明した術符とは違い、一般人が行っても魔術は使えない。
魔術師としての俺が得意なのはその三つのうちのどれでもない。
大昔に忘れられた四つ目の詠唱方法だ。
脳内のイメージだけで魔術を構築し、発動させる。最も難易度の高い技術。
詠唱をすっ飛ばせる術符を使うことに慣れてからは、使わなくなって久しい。
しかし精霊の詠唱や魔法陣、周囲の環境とのズレを微調整しつつ大魔術を組み上げるとなると、どうしても俺自身が脳内詠唱を行う必要がある。
俺は精霊たちの口述詠唱に合わせて、すでに脳内詠唱を完成させていた。
「さあ、準備は整った。見せてやるよ。神話に語られし、古の大魔法――神の炎を」
術符による精霊の召喚。
精霊たちの口述詠唱。
展開した魔法陣。
そして脳内詠唱。
四段階の準備をもって初めて再現できる、神話の魔法。
俺は大広間の右上辺りを指で差す。
この辺りならいいか。
人死には出ないだろう……たぶん。
魔法を解き放つ。
白い炎が濁流となって大広間の壁をブチ抜いた。
凄まじい衝撃と轟音に、その場にいた誰もが慌てふためく。
後に残ったのは、ぽっかりと大きく口をあけた、巨大な穴。
まるでドラゴンでも通って行ったかのような惨状。
大広間はひどく風通しが良くなってしまった。
「あ……ああ……あ……」
イシュニジルはぺたんと床に崩れ落ち、茫然自失の顔で鼻水とよだれを垂らしていた。
兵士たちもみな似たようなもので、中には失禁してしまっている者までいた。
俺は玉座へと目をやった。
「すばらしい! 本物じゃ! お前の術符が本物じゃ! クリストファーよ! お前を宮廷魔術師として召し抱えよう!」
王は口から泡を吹いてまくしたてる。
「お前の力があればイリシュアールも、スタインハイゼンも、いや、全世界を手に入れることができる! わが王家の悲願だった世界の統一がキリアヒーストルの――わしの手によって成し遂げられるのじゃ!」
「いやです」
「……………………は?」
王のつぶやきがぽつんと落ちる。
宮廷魔術師。それはイシュニジルが玉座のすぐ横に立っていることからも分かるくらいの権力がある。
ありえないほどの栄誉。
普通のやつならそう思うかもしれない。
だから王は断られたことが一瞬理解できなかったのだろう。
「そんな面倒くさいこと、やりませんよ」
「何が不満なのじゃ! 望みを言ってみろ! ん? 金か? 女か? 土地か?」
「メシです」
静寂。
たっぷり数分。
口を開いたのはやっぱり王。
「メシって……食べる、料理のことか?」
「そう、その飯です。俺は世界中の美味いものを食いたい。こいつと――」
アンナの肩に手を置く。
「アンナといっしょにあちこちを歩いて、見たこともないような美味いもの、いっぱいいっぱい食べたいんです」
「な、なら集めよう。料理人を。世界中から。どうじゃ?」
「ダメですよ。そんな無理やり連れてきて、俺だけのために料理を作らせるなんて。料理人には敬意を払わなければいけない。そんなことはしちゃいけない」
「それならば……一体どうすれば……」
王はしゅんと肩を落としてしまう。
俺は提案した。
それは――。
この後の話をしよう。
まず宮廷魔術師イシュニジル。彼は術符をパクったことを認めた。
町に出回る術符を初めて見て、その仕組みに驚嘆し、解析にとりかかったが作成に成功したのは火炎符と爆破符だけ。
術符を輸出して国庫を潤し、果ては戦争に利用するつもりでいたらしい。
イリシュアールへの輸出を突然停止したのは、爆破符を使った鉱山開発でイリシュアールが急激に利益を上げ始めたため。ひどい話だ。
城の壁に空いた大穴は、当分の間あのままだ。
修復には最低でも三年以上はかかるらしい。
歴史的建造物を破壊してしまったことは、えーと……大変心を痛めていまーす。
あの一撃を城の外から見た人々の間では、巨大な白い竜が天を裂いて空へ昇ったという伝説が作られていた。
俺は宮廷魔術師になることを拒む代わりに、自分の持つ他の術符の作成技術を公開した。それでも一部の術符はうまく作れなかったみたいだけれど、生活に必要な術符の大部分は教えることができた。
元々火炎符と爆破符だけでもコピーできたのが奇跡みたいなものだった。イシュニジル、彼は宮廷魔術師と呼ばれてるだけあってなかなかの天才だった。
そして技術を教えたのは単に恩を売るためではない。
一つは俺自身が身軽になるため。
正直今までの商売は儲かりはしたが需要が俺一人に集中しすぎたせいで完全に俺のキャパシティを超えていた。
あの調子で商売を続けていたら過労で倒れてしまう。
それに、技術を教えるために王宮に入り浸っていた日々は、控え目に言って充実していた。
宮廷飯のうまさには舌鼓を打ちっぱなしだったし、両親の家にはなかった貴重な魔術書も閲覧できた。
アンナも城のメイドの何人かと友達になったと喜んでいた。
国が国民に術符を供給するようになれば、俺の仕事は減るかもしれないが、その時はいい機会だから旅行にでも行くとしようか。
アンナと一緒に。
うまい物を食べに。




