女王の威厳
ガバナケはすぐに押しかけて来た。屈強な男を二人連れている。護衛だろう。
捕まえた間者を隠す暇もなかった。
「ずいぶん大勢でのお出迎え……秘密の相談でもしてたってことかな? 誰かと思えば昨日のイリシュアールの国主様もいらっしゃるじゃないか。……で、話はまとまったのかな?」
「ガバナケ殿。あなたのたくらみは露見しました。まさか城内に間者を放つとは。その行為がどういう意味を持つのかわからないはずはありませんよね?」
いつもは冷静なラーニャの語気も、このときばかりは少々荒い。部下を殺された怒りがあるのだろう。
ガバナケは自分の部下なはずの縛られた間者を見ても、小さく舌打ちをしただけだった。
「さあ、なんのことやら。そいつが僕の部下だという証拠は?」
「あなたがこの城へ来たときに部下として連れてきていたことは何人もの人間が目撃しています。そして彼は自白してくれましたよ。あなたの命で姫様の身辺を嗅ぎまわっていたことも。とても信じられないことですが……下着を盗むことも命じていたようですね」
なにを、とは思っていたがまさか下着だったとは……。
呆れて物も言えなかった。
「ぐっ……」
ガバナケの顔に動揺が走る。
そこまで詳細に語られては、もはや間者の自白は疑う余地がないと思ったのだろう。
「このグズが……本当にしゃべりやがったのか。殺してやる……」
毒づいたガバナケだったが、すぐに余裕の笑みを作り直した。
「まあ……それは後でもいいか。今日僕が来たのは昨日のユユナ姫の返事を聞きに来たからなんだ。間者がどうとか、そんなことはどうだっていい」
「よくありません。これは大きな問題ですよ」
食い下がるラーニャだったがガバナケの笑みは今度は崩れなかった。
「僕にそんな態度をとっていいのか? ユユナ姫の秘密、ばらされてもいいってのか?」
「くっ……」
拳を握りしめるラーニャ。
そうだ。間者を捕らえはしたものの、弱みを握られている事実は覆せない。
護衛を連れてきたようだが、これは強硬な手段に出る必要があるかもしれなかった。
「さあ、ユユナ姫。僕と結婚してくれるよね……?」
「……」
ユユナは泣きそうな顔でシェアランの後ろに隠れる。
ガバナケは大きく目を見開いた。
「返事はどうしたああああぁぁぁぁぁっ!!」
つばを飛ばしての大絶叫。
アンナとエリは顔をしかめて耳を押さえた。
限界だ――!
俺は懐に手を差し入れて術符を掴んだ。
ラーニャとリズミナも体勢を低くして身構えた。
やるしかない!
そのときだった。ガバナケがさっと右手を上げた。
ガバナケの合図を受けて護衛の一人が部屋の扉を再び開けた。そして廊下のほうからガヤガヤと話声が聞こえてくる。
「なっ……」
やってきたのは七人……いや八人もの人間。おそらく各国の貴族。
「ガバナケ殿、重要な用件とはなんのことですかな?」
「まったく……こんなところまで歩かされて。なにか飲み物を用意していただきたい」
「おや、そちらの方々は……」
「おお、女王様! それにユユナ姫ではありませんか!」
貴族たちは口々に言った。
しまった!
彼らの前で暴力は振るえない。こちらの強硬手段を封じるのに、それは護衛よりもよほど役に立つ策だった。
しかもガバナケが秘密を暴露した際真っ先に内容を知る役割も果たす。
こちらに脅しをかけてきているのだ。
「さあ、これが最後通牒だ。返事は?」
これに答えたのは、女王シェアランだった。
「無礼者!!」
よく通る声を響かせたシェアランは、女王の威厳を以って堂々とガバナケを見据えていた。
「……っ!」
気圧されたように一歩後ずさるガバナケ。貴族連中も声を失っていた。
「ここはアセルクリラング城。そして私はアセルクリラング女王です。その私を前にして卑劣な策を用い、娘を我が物にしようとするなど……恥を知りなさい!!」
凛とした立ち姿はまさに一国の女王にふさわしいもの。
「お母様……」
ユユナは目にうっすら涙を浮かべて、堂々たる母の顔を見上げた。
ガバナケは顔をうつむかせて、体を小刻みに震わせ始めた。
「くっ……くくく……くくっ……」
不気味な笑い声が、空虚に響き渡る。
「そうか……そういうことか……くくっ……結局拒絶するんだね。じゃあしょうがない……言ってやるよ! ユユナ姫はなぁ! 魔族なんだよ!!」
ユユナに向かって指を突き付け、吠えるガバナケ。
ついに言われてしまった。
いやな汗が俺の背中を流れた。
しかし――。
「は?」
「なにを申されるのかガバナケ殿は……」
「それより女王様のおっしゃられる卑劣な行為とはいったい……」
貴族たちの反応は白けたものだった。
ガバナケは顔をひきつらせた。
「魔族……魔族なんだ! ユユナ姫は魔族なんだよ! 目がこうおかしな感じになって……とにかく魔族なんだ!!」
貴族たちは困惑した顔でお互いに視線を交わしていた。
堂々としたたたずまいで対峙するシェアランと比較すると、ガバナケはまるで癇癪を起した子供のようにしか見えない。
「ガバナケ殿はお疲れになっているのでしょう」
「きっと賭場で負けが込んだに違いありません。お気の毒に」
「しばらくお休みになられたほうがよろしいかと」
「私はこれで失礼させていただきますね」
「ああ、私も……」
貴族の全員がガバナケの正気を疑っていた。
彼らは足早に立ち去り、残されたガバナケはユユナに指を突き付けた格好のままプルプルと体を震わせていた。
見るも無残な、それは敗者の姿だった。




