緊急会議
俺たちは自室には帰らず、向かったのは女王の部屋だった。
女王シェアランはまだ起きていて、イスに座って紅茶を飲んでいるところだった。
「あら、ユユナ。それにみなさん、いったいどうしたのです? こんな時間に……」
俺はついさっきの賭場でのやりとりを話して語った。
シェアランは小さくため息を吐いた。
「そうですか、ガバナケ殿が……」
「ユユナの正体について知られてしまった以上、これは対処を誤れば一大事になります。もしその力のことまで知られていたら周辺諸国を巻き込んだ戦争に発展するかもしれません」
カップの中の紅茶の水面が揺れていた。持ち手にかけたシェアランの指が小刻みに震えているのだ。
「ああ、なんということでしょう……いったいどこから情報が漏れてしまったのか……」
「単に推測なのか、スパイでも潜ませていたのか……。隠密に優れた工作員を使ったということも考えられますね。彼らは通常人が入り込めない場所に身を潜ませて、聞き耳を立てることができる。そちらの警戒については?」
俺はちらりと天井を見て言った。
たとえばリズミナのような凄腕の忍者であれば、どのような建物であっても身を潜ませることは可能だろう。
ガバナケは三か月もこの国に泊っていると聞く。ならば様々な方法で諜報の手を伸ばしていてもおかしくなかった。部下という体裁で工作員を忍ばせている可能性もあるだろう。
シェアランはラーニャに目を向ける。
ラーニャはうなずいて言った。
「完璧……とは言い切れませんね。クリス様をお迎えする間、私は国を離れていたわけですし。部下からは不審者の報告は上がって来ていませんが……とりあえず警戒を強化するよう指示を出しておきます」
「えっ?」
俺は驚いてラーニャを見た。
口を開いたのはリズミナだった。
「気付いていなかったんですか。彼女の身のこなしは一般人のそれとは違います。おそらく高度な修練を積んだ工作員――忍者です。凄腕ですよ」
ラーニャは困ったような笑みを浮かべた。
「参りましたね。今まで人に見抜かれたことはありませんでしたのに。そうです。私はアセルクリラングの治安を影から支える裏の警備部隊をまとめる立場にいます。表向きは姫様の従者ですが」
ユユナの顔にも動揺はない。知っていたのだろう。
「ユユナちゃんの……あの力を使うっていうのは、やっぱりダメだよね?」
恐る恐るといった感じでアンナが言った。
俺もその手については考えたが、ユユナはもう力を使うことを望んでいないのだ。
「ガバナケ殿は最初から姫様に対して強い欲望を向けておられます。そういった方に姫様が力を使ってしまうと、相手は理性を失った獣のようになってしまうのです」
ラーニャの説明にユユナが言葉を重ねる。
「以前一度だけありました。あのときはラーニャさんが助けてくれたおかげで無事だったのですけど……」
シェアランも語気を強めた。
「今までユユナの力を利用してきた私が言うのもなんですが、ユユナには万が一のことがあってはなりません。私は娘を傷物にするつもりなどないのですから」
本来それはサキュバスが人間の生気を奪うという点では、問題にならないどころかむしろ都合のいい効果だったはずだ。しかしユユナは人間だ。欲望を剥き出しにした男に獣のように襲われるというのは、恐怖以外のなにものでもないのだろう。
やはりただ便利なだけの力ではなくリスクもあったということか。
そんな危険をユユナに侵させるわけにはやっぱりいかない。
「ああ、これは天罰なのでしょうか……。私のしてきた行いの、これがその報いなのかもしれませんね」
シェアランは額に手を当てて力なくうなだれた。
悲嘆に暮れていても始まらない……が、正直具体的な対応策が無いのも事実だった。
相手はファラメニアの第二王子。ヘタにこちらから行動を起こしてその身を害するような事態となれば、本国は黙っていないだろう。
「あいつがどこまで知っているのか……それが問題だ。最悪、覚悟だけはしておく必要があるだろうな」
「うーん。話して納得してもらうってわけにはいかないのかな? ユユナちゃんのことはあきらめてもらって、秘密についても黙っててもらえるようにとか」
エリは口をへの字にして言った。
エリらしいといえばそうだけど、さすがにそうは都合よく行かないだろう。
「あの様子じゃ言って聞いてくれるとは思えなかったけどな。でもエリの言うことも一理あるかもしれない」
「それは……?」
リズミナは首をかしげた。
俺は肩をすくめて見せた。
「とにかくもう一度、会って話してみるしかないってことだよ。今の段階では情報が少なすぎる。思い切った手段を取るとしても、一度探りを入れてからでもいいと思う」
思い切った手段――それは力ずくの説得というやつだ。まあそうならないに越したことはないんだけどな。
ガバナケの突き付けてきた期日は明日だ。腹を決めるなら早いほうがいい。
結局会うしかないという結論になって、その日は解散した。
事態が動いたのは一夜が明けて、俺が目を覚ましてすぐの早朝だった。




