招かれざる客
数十分後。
「お客様の勝ちでございます」
ディーラーの男の平坦な声。
「やったーーーーーーー!!」
アンナは両手を上げて大喜び。
エリも座る俺の頭に胸を押し付けて抱きついてくる。
「わはーーーーーっ!」
「よくわからないけどまた勝っちまったな……」
絵柄の描かれたカードをディーラーが配り、二度三度交換して役を競うという、ポーカーのようなゲームだ。
さっきから俺は勝ちに勝ちまくっていた。
一度勝たせまくっていい気にさせて、賭け金を上げさせてから巻き上げるという罠でないことは、テーブルの別の席に座る客が不機嫌を隠さない様子を見れば明らかだった。
「くそっ」
負けが込んでいた客の男はついに、カードを放り出して席を立った。
このゲームは客同士の勝負。場代以上の取り分がない店側が不正を働く理由が無いのだ。
「今の人はキリアヒーストルの大貴族のハンス様ですね……」
そう言ったリズミナは若干顔色を青くしていた。
古巣の国の大物を俺が負かしてしまって、ビビり気味なのかもしれない。
その後も色々なゲームを試しては勝ちまくった。
勝っている俺自身、どこか現実感がない。
さすがに一人の人間が勝ちまくるのはよろしくないだろうか。
そう思ってユユナに言った。
「悪いな。つい楽しくなってた。あんまり勝ちまくるのも胴元にはよくなかったか?」
「いえ、そんなことはありません。クリスお兄様、勝負もお強いんですね。すごいです!」
ユユナは無邪気に喜んでいる。無理をしている様子はなかった。さすが各国の貴人が集まるアセルクリラング一のカジノといったところか。場末の汚い町の賭場とは懐の深さが違う。
「ふふ。ここは世界一の夜の国アセルクリラングですからね。お客様の勝ち運に水を差すような真似は致しません。とはいえ、正直驚きました。ほら……」
ラーニャに促されて周囲を見回してみれば、どこか先ほどより客の数が少ない気がする。
俺が勝ちすぎたせいで興を削がれて退室した客がかなりいたのだ。
「これほどお強い方は、長いアセルクリラングの歴史でもそうはいません。あの伝説のルビナリアの再来かも」
「なんだそのルビナリアって?」
俺は神妙な顔のラーニャに訊いた。
「勝負で国を落そうとした伝説のギャンブラーです。あらゆる賭け事で鬼神のような強さを誇り、最後はそれまでの勝ちの分の金を王の前に積み上げて、玉座をかけた勝負を迫ったのです」
「そりゃすごいな。で、そいつが勝って新しい王になったってわけか?」
これに答えたのはユユナだ。
「ルビナリアは女性です。そして勝負もしていません。当時のアセルクリラング王はルビナリアを褒め称えて妻に迎えました」
「面白いな。でも、妻に迎えると言って素直にうなずいたのか?」
なんだか聞くだけでも気の強そうな女だ。素直にはいはいと王妃の座に収まって満足するとは思えない。
ユユナは楽しそうに笑う。
「そう思いますよね。王はそのとき、不敵な笑みを浮かべて堂々と自分の前に立つルビナリアの正体に気付いたのです。それはかつて王が子供だった頃、城を抜け出して遊びに出た際に出会った、町の女の子だったと。女の子と仲良くなった王は将来を約束して別れましたが、王はいつしかそのことを忘れてしまいました。一方女の子は約束を忘れず王の前に立つためだけに勝負に勝ち続けたのです!」
なるほど、つまり二人は最初から惹かれ合っていたということか。
特にルビナリアの一途さはすさまじいものがある。恋の一念でそこまでしてしまうなんて。
「素敵……よっぽど王様のことが好きだったんだねー」
アンナは目を輝かせた。
もし王がルビナリアの正体に気付かなかったらどうなっていたのだろうか。勝負で王位を奪われた上に国外追放……なんて想像は悲惨すぎるか。
まあなんの後ろ盾もない女がたった一人でギャンブルだけでのし上がるなんて、ちょっとありえないような話だけどな。
もしかしたらアセルクリラングではどれほど勝ちまくっても、胴元が不正や暴力に訴えて勝ちを反故にすることはないと、そう印象付けるために作られた伝説なのかもしれない。
しかしそれを口に出して話に水を差すようなことはしなかった。
そのとき、耳にねっとりとへばりつくような気色の悪い声が聞こえてきた。
「いた! ユユナ姫だ! ユユナ姫ぇーーーー!!」
見ればいかにも貴族のお坊ちゃんといった見た目の、でっぷり太った男が部屋の入口からこちらへ走ってくるところだった。
「っ……!」
ユユナは短く息を飲んで俺に体を寄せると、服の裾を引っ張った。
その仕草でわかった。ユユナはこの男に対していい印象を持っていない。
だから俺は一歩前に出た。
「お前、僕のことを知らないのか? そこをどけ。僕はユユナ姫に用があるんだ」
男はそう言って眉をひそめた。
「ユユナのほうは、そうは言っていないみたいだけどな」
「ユユナ……だと? ユユナ姫を呼び捨てにするなんていったいどこの人間だ? 無礼だぞ! そもそもここは王族、大貴族しか入れないはずだろ。ふん、大方うっかり紛れ込んだ田舎貴族の三男坊といったところか。警備の兵を呼んですぐにつまみ出してやる」
男は鼻息も荒くまくしたてた。
俺は男を無視してラーニャに訊いた。
「こいつは何者なんだ?」
「ファラメニア王国第二王子のガバナケ様です。姫様に執心していて、もうかれこれ三か月もアセルクリラングに宿泊なさっています」
「ふひひ。ユユナ姫が姿を見せていると聞いて飛んできたんだよ! 最近はずっと城の奥に引っ込んで会ってくれないからさ。僕もう寂しくって。ねえ、そろそろお返事、聞かせてくれるんでしょ?」
太った体をくねくねとくねらせて俺の背中のユユナを覗き込むようにして言うガバナケ。
「返事? なんのことだ?」
「ガバナケ様は以前から何度も何度も婚姻の打診をしてきておりまして。毎回お断りしてはいるのですが……ここ最近は特にしつこいご様子なのです」
ガバナケは俺の背中に隠れるユユナに手を伸ばそうとした。
ユユナはすっかり怯えてしまっている。
俺はその手を掴んだ。
「そこまでだ」
ラーニャも同時にガバナケの腕を掴んでいた。
「ガバナケ様。それ以上はどうかご容赦ください」
ガバナケは顔に血管を浮き上がらせて激昂した。
「お前らぁぁーーー!! さっきからなんなんだよぉぉーーー!! 僕の邪魔をするなぁぁぁーーーー!! 女! たしかお前ユユナ姫の従者だったな? ならさっさとこの男をつまみ出せ! それがお前の仕事だろ!」
ガバナケの大声に、周囲の客たちが何事かと目を向けてくる。
ラーニャは顔色を変えずに冷静そのものの声色で言う。
「このお方はイリシュアールの国主様でございます」
「え……イ……リ……シュ……あ、あああ……」
どんどん顔色を蒼白にしていくガバナケは、さながら締め上げられた豚だった。




