妖精の舞う夜
城の別棟まで移動し、案内された部屋は女王と最初に会った玉座の間と同等かそれ以上の広さがあった。
部屋一面に深紅の絨毯が敷かれ、壁も赤く塗られている。
シャンデリアと各所に置かれたランプの明かりだけなのに驚くほど明るい。それら明かりにはなにか特殊な材料が使われているのだろうか。
大きなテーブルには緑のシートが敷かれ、カードを使ったゲームができるようだ。
別のテーブルではサイコロの壷振りのようなことが行われている。使われているサイコロは転生前に見知った物ではなく、なにか動物の絵が彫り込まれたもののようだ。手のひらに収まる壷を振っているのは紳士風のディーラーだ。
ルーレットのような台が置かれたテーブルもあった。なんというかほんとカジノって感じだな。
部屋の奥、一段高くなっている舞台の上でなにやら小さな鳥かなにかが飛び回っているのが目についた。
「あれは……まさか」
目を凝らしてみたが、間違いない。
鳥のように見えたのはよくよく見れば人間の姿をしていた。
背中に羽を生やしている。
「お気づきになられましたか。あの舞台では妖精族の方が不思議なショーを披露してくれているのです」
ラーニャの言葉を背中で聞いて、俺たちは舞台のほうへと吸い寄せられるように足を運んだ。
手のひらに乗せられるくらいの小さな妖精が舞台の上をパタパタと飛び回る。
手にした杖を一振りすると、用意されていた鉢植えの上に見事な花が咲いた。
見物していた貴族たちから歓声が上がった。
「妖精なんて初めて見た」
妖精はこの世界のどこかにある妖精の国で人間と関わらずにひっそりと暮らしているという。人間世界で働く妖精がいるとは思わなかった。
「わぁ……」
まじまじとその姿を見つめるアンナ。
エリも声を上げて大喜びだ。
「すごーーーい!」
「初めて見ました。本当に飛んでいるんですね」
リズミナも目を輝かせている。
「アセルクリラングは世界でも特に珍しい、妖精の出向が許された国なんですよ。なんでもご先祖様が妖精さんの恩人だったとかで。定期的に派遣される妖精さん数人が、交代で素敵なショーをしてくれています。毎年ショーの内容も変わっていって、飽きることがありません」
ユユナが説明してくれた。
妖精が踊るように舞って杖を振ると、キラキラとした輝く結晶のようなものが宙に振りまかれた。
束の間現れた小さな宝石たちは一瞬俺たちの目を楽しませてすぐに消える。
舞台袖からもう一人の妖精が飛んできて、飛行の軌跡には虹が残る。
二人の妖精が空中で交錯し、舞台の上には虹の橋がかかった。
花火のような小さな爆発が連続し、虹は燃え落ちるように消えていく。
ザーーーッという音がして、舞台の上に雨が降る。だが不思議と床は濡れていない。
雷の鳴る音が響いて、今度は舞台の中央にギラリと光る三日月のような目二つ。
不穏な演出に観客たちは息を飲んだ。
そして現れたのは恐竜のような影だ。俺はその姿に見覚えがある。リウマトロスだ。
リウマトロスと対峙するように出現したのは羽冠を被った戦士。わかった! これは神話をモチーフにしている出し物だ。
あの戦士はおそらく神話の勇者シュトメウス。
勇者が高く舞い上がってリウマトロスの頭上から剣を振り下ろす。リウマトロスは舞台の上に倒れて消えた。
再び二人の妖精がくるくると舞台の上を飛び回った。
輝く粉が宙を舞う。
すると今度は鉢植えだけではない。なんと床から直接芝生のような草が生い茂り、たくさんのひまわりが茎を伸ばして成長して、大きな花を咲かせた。
「わぁーーーーー!」
アンナ大喜び。
いや本当にすごい。
魔法で同じことができるかと言われれば、難しいと言わざるを得ない。
いったいどういう能力なのか、不思議すぎる。
「本当にすごいな。でもこれだけの素晴らしい妖精、悪意を持った人間が誘拐しようなんて考えたらどうするんだ?」
ユユナは笑った。
「大丈夫ですよ。妖精さんはその気になれば人間から姿を隠すことは簡単に出来るんです。絶対に捕まることはありません」
ということは完全に信頼関係だけで成り立っている見世物なのか。
「これが見れただけで来てよかったよ。ありがとう」
「いいえそんな……クリスお兄様に喜んでいただけて私のほうこそうれしいです」
恥じらうように頬に手を当てるユユナ。
観客たちの盛大な拍手を受けて、二人の妖精は空中でおじぎした。
「えっ」
妖精は舞台袖に引っ込むでもなく俺のほうへと飛んでくる。
邪気のない笑顔の、少女の妖精だった。
目の前まで来ればその可愛らしさがわかる。
妖精はさっと高く飛び上がり、俺の頭上でくるくると回った。
キラキラと輝く結晶が俺の体にふりかかる。
「わぁ!」
アンナの歓声。
「素敵です……クリスお兄様」
ユユナは目をうるうるさせていた。
「えっ? えっ?」
俺は困惑しながらその視線を追って、なんとなく頭に手を当てる。
指に当ったそれを手に取ってみれば、大きな羽を両サイドにあしらった立派な冠だった。
まるで今の舞台で見た勇者シュトメウスのような。
「ありがとな」
俺が言うと妖精はにっこりと笑顔を返してくれた。そして次の瞬間にはさっと体を回転させたかと思うと、あっという間に姿を消していた。
手にした冠もいつの間にか消えていた。
「クリス様はどうやら妖精たちに気に入られたようですね。……では次は勝負のほうを楽しんでみてはいかがでしょうか?」
ラーニャが笑顔で促すのは、カードゲームのテーブルだ。
「ははは、お手柔らかに頼むよ」
俺は席に着いた。




