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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
一章

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13/198

王都キリアヒーストル

 王都キリアヒーストルにやってきた。

 肥沃な大地に恵まれ農業を中心に太古より栄えてきたキリアヒーストル国の首都だ。


「すごーい! ここが王都なんだね!」


 肩を寄せ合うように立ち並ぶ建物はどれも立派で、寸分の狂いもなく積み上げられたレンガ造りのそれらは、継ぎ目の白とレンガの赤色が美しい模様を作っている。

 道を狭しと行き交う人々は、みな活気にあふれていた。

 この活気はイリシュアールとは真逆の印象だ。

 転生する前の日本の繁華街とは比べることすらできないが、ヨーロッパの観光地を思わせる光景には俺もわくわくしてくる。


「ああ、ほら、あの正面に小さく見える建物がお城だよ。目的地はそこだ」

「うわぁ。早く行きたい!」


 アンナはくるくると首を動かして忙しそうだ。興味を引かれる物が多すぎて文字通り目移りしているのだろう。


「まあ焦るなって。王都に着いたら真っ先にやることがある。そうだろ?」

「なになに?」


 アンナは分かってて聞いている。それは口の端からさっそく垂れているよだれで丸わかりだ。

 俺はそのご期待にそえるよう、大きく息を吸った。


「メシだーーーーー!!」

「おーーーーーー!!」


 アンナは大喜びで拳を振り上げた。

 さて、飯屋を探すか。


「クリス、あそこ!」


 見れば旅行者風の二人組が店から出てくるところだった。

 遠目から店内の様子を見れば、中では食事をしている人たち姿があった。

 飯屋だ。

 だがここで駆け込むのは愚の骨頂。

 俺は早くも走り出そうとするアンナの肩を掴んだ。


「待て待て。アンナ、今出てきた二人組の顔をよく見てみろ」

「顔?」


 言われてアンナも、さっきの二人組を目で追った。

 二人組は、浮かない顔をして今出てきた店をちらちらと振り返りながら、何かを話し合っていた。


「あんまり楽しそうじゃなさそう」

「そう。王都ともなると観光客向けのボッタクリ店や、たいして味のよくない手抜きの料理を提供する店もある」


 あの店がそうだとは断言できないが、大通りに面した一等地の、しかも外からの客が一番呼び込める町の入り口付近の店を攻めるのは、それなりに危ない橋と言えた。


「こういう大きな町ではちょっと裏道を探したほうが、うまい店に当たる確率が高い」

「ふむふむ、なるほどー!」


 真剣な表情でこくこくと頷くアンナ。


「というわけで……こっちだ!」

「おーーーーー!」


 元気よく返事をするアンナ。

 俺は大通りから適当な脇道に入った。

 そして何回かさらに道を曲がり、辺りはいい感じに寂れてきた。

 もうこの辺りは地元民しか来ないのだろう、人通りあまりない。


「ふーむ、シャーバンス料理か」


 一軒の店の前の看板を見て思案する。

 たしか、キリアヒーストルとは巨大で険しいアリキア山脈を挟んだその向こうの国の名前だ。

 これは珍しい物が食えるかもしれないぞ。

 交通の発達していないこの世界では、せいぜいが馬車での移動。キリアヒーストルとシャーバンスの間は、その距離以上に途方もなく離れている。

 決めた。


「ここにするか」

「うんっ!」


 店の中は木造の落ち着いた雰囲気。

 壁には鹿のような動物の頭のはく製が飾られていた。鹿よりも数倍は大きいそいつは、まるで入ってきた俺たちににらみを利かせるよう。


「ひゃっ」


 アンナが驚いて小さく声を上げた。


「はははは。ンガジシが怖いかね? 安心しな。それはこの店の守り神だ」


 愉快そうに笑うのは奥のカウンターの向こうに立つ男性。針金のように左右に伸びる髭。油でも付けているのだろうテカテカに光る髪を七三に分けている。

 店内の客席には三組ほどの客がそれぞれのテーブル席に座って料理を食べていた。

 げっ、あれなんの頭だ?

 皿に乗っている頭が何の動物の物なのか考えるのはやめておいた。

 アンナも口に手をあててドン引きしている。

 か、帰りたい……。


「さあさ、こちらの席へどうぞ」


 ささっとカウンターから周ってきてテーブル席へ案内してくれる男。

 カウンターの奥に厨房があるようで、そっちからいい匂いが漂ってくるが、壁で仕切られていてうかがい知ることはできない。

 カウンターの壁の棚にはいろんな種類の酒が置かれていた。

 なんだろう、バー兼料理屋なのかな?

 さてメニューは……。

 メニューの書かれた冊子を手に取って開いてみるが、当然のごとく知らない単語ばかり。

 どうしよう……適当に注文したら、あの頭が出てくるかもしれない。


「あーあの、おすすめはなんですか?」

「ケラトルスの煮込み、アラパラの丸焼き、それにカラカラのスープだね」


 やべえ、全然わからん。

 俺が考え込んで黙っていると、察したように男は言う。


「ああ、お客さん初心者かい?」


 初心者向けじゃない料理があるんですかーーーーーー!?

 内心で絶叫する俺をよそに、男はにこやかに続ける。 


「なら定食にしておくかい?」

「定食?」


 男はあごをくいっと動かして別のテーブルを示す。


「安心しな。……ああいうのは入ってない」


 その客が食べているのはあの皿だ。

 こういう場所の店だからてっきり常連ばかりを相手にしているものだと思っていたら、意外と俺のような一見客にも配慮してくれるらしい。

 初心者に優しい店、大好きです。


「じゃ、定食二つ」

「はいよ」

「あと甘い物あります?」


 男はカウンターの酒棚を一瞬振り返る。


「悪いな。そういうのは置いてない」


 だと思った。

 なんだかアンナと過ごすようになってから必ず訊くようになってしまった気がする。


「わかりました。じゃあそれで」

「はいよ。定食二つー!」


 男の大声に合わせて厨房のほうから「おう」という返事がした。

 男は別の客に呼ばれてそちらの席へ行ってしまった。

 しばらくして定食がやってきた。

 ぱっと見は白身魚の煮付け。それに大盛りの野菜炒め。スープといったところか。

 日本だったら白いご飯が欲しいところだな、と考えつつも見た目的にマイルドな内容で安心していた。

 俺は荷物の袋をごそごそやって、銀のスプーンを二つ取り出した。

 アンナが俺に初めてプレゼントしてくれた、おそろいのスプーンだ。


「へへー」


 アンナは渡されたスプーンを見て得意げに笑う。

 このスプーンで食事をするのは初めてだな。


「くくっ」


 別に悪いことをしているわけでもないのに、なんだか秘密を共有する子供同士のように笑ってしまう。

 まずは煮付け。

 白身魚と言っても種類までは分からない。

 大きさ的にはヒラメくらいだ。その脇に梅干しほどの大きさの何かの実が添えられている。

 スプーンで肉をすくおうとしてその柔らかさに驚く。

 口の中ではらはらと溶けていく食感は、まるで大トロの刺身のよう。

 だけど全然油は感じない。淡泊な食味は間違いなく煮付けだ。

 一瞬ざらっとした物が舌を刺激した。

 まさか、今の骨か?

 骨は避けてすくったつもりだったけど。

 確かめるために今度は骨ごと行ってみる。

 予想は当たった。

 骨は何の抵抗もなくスプーンを受け入れて、食べてもわずかなざらつきを感じるだけで身と一緒に溶けていった。

 こんな柔らかい骨の魚、はじめてだ!


「このお魚、骨が溶けるよ!」


 アンナも驚いていた。

 骨と一緒に食べるとむしろそのわずかな食感の違いが、いいアクセントになって舌を楽しませる。

 それにこの味付け。

 優しいしょっぱさとしっかりしたコク。香りはしょう油のものではない。もっとさわやかな……柑橘系の香りだ。

 添えられた実を潰して半分を食べてみる。

 とたんに口の中はその柑橘の香りが広がって、スッと鼻を抜けていく。

 不思議な組み合わせだ。

 これがシャーバンス流というやつなのだろうか。


「おいひー! おいひーよー!」

「お、おい……」


 気付けばアンナは魚の頭からがぶりと口に入れていた。

 魚の頭って、食物として認識できないんだよな。

 つんつんとスプーンでその目の辺りをつつく。


「えっ」 


 すっと沈み込むスプーン。

 もしかして、いけるのか?

 頭の部分もめちゃくちゃ柔らかいらしく、スプーンで簡単に切ることができた。

 ほんの少しだけ、食べてみる。

 う、うまい!

 先入観で臭みがある気がしていたが、そんなものは一切なかった。

 それもそのはず。この爽やかな柑橘のフレーバーが効いているのだ。

 むしろ旨味が強く感じられて頭の部分こそこの料理の最大のアピールポイントなのだと気づかされる。

 危ないところだった。

 もしこの魚の頭を残していたら、店の人になんて思われていたか。

 次は野菜炒め。

 いや、そう見えるだけで違うかもしれないけど。

 緑、黄、赤。色とりどりの野菜は若干の照りが差している。

 肉はスプーンに収まる程度の大きさ。

 うまいぞ。

 このコクは塩を振っただけでは出せない。どんな調味料を使っているんだ?

 この緑の野菜はピーマンを思い出したが苦みはない。

 ふとアンナを見る。

 子供は苦手な野菜の一つや二つ、あってもおかしくないはずだ。


「ふえ?」


 口いっぱいに頬張っていたアンナが俺の視線に気づいてこっちを見る。

 その口の端からは各種野菜がはみ出していた。


「いや、なんでもない」

「えへへ」


 アンナはもぐもぐごくんと飲み下してから笑った。

 どうやらいらぬ心配だったらしい。

 やはり炒め野菜は火の通りが命。

 シャキシャキパリパリとした食感が少し残っていて、どれも最高の瞬間に皿に盛られたに違いない。

 肉は実にいい弾力。鳥の胸肉に似ている気がしたが、少し噛んでいると違いが分かる。

 もっとみずみずしい歯ごたえがあるんだ。

 おっと。

 不意打ちのような香ばしさが口の中に広がる。

 キノコだ。

 野菜と肉とキノコの、三者三様の食感がまったく俺を飽きさせない。

 そしてスープだ。

 きれいな白い色をしている。

 おお! すごいクリーミー!

 大好き、これ。

 濃厚なコクがたまらない。

 真っ白なスープに彩を添えるのは何かの葉を細かく刻んだものか。

 スプーンで少し探ってみても具材のようなものは見当たらない。

 だけど十分に満足なスープだった。


「ふう、ごちそうさま」

「はぁーーーーーおいしかった」


 アンナのこの満面の笑顔を見てほしい。

 支払いを済ませる時、あのウェイターも代金よりアンナの笑顔のほうが嬉しいみたいだった。

 そりゃそうだろう。アンナの笑顔に勝てるものなどない。


「おいしかったねーーーーーー!!」

「だな」


 城はこっちの方角でよかったか。

 店を出て城へと向かう足取りも、アンナに釣られてスキップ交じりになるのだった。

 


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