アセルクリラングのお姫様
女王は体調がすぐれないということで侍女たちに連れて行かれ、ユユナ姫もいっしょに退出した。
俺たちは広間に取り残され、空の玉座を前に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「今の……いったいどういうことだったの?」
わけがわからないといった様子のエリ。
気持ちは俺も同じだ。
「さっきのお姫様、すごくかわいかったね」
アンナが他人の容姿を評することはほとんどない。つまりユユナはそれほどの可愛さとお姫様然とした雰囲気を持っていたのだ。
俺も思わず息を飲んだほどだったが、それでもなんとなくこんなことを言ってみた。
「お前のほうがかわいいけどな」
アンナは一瞬驚いてから、すぐにでれでれに照れた。
「ええっ!? えへへ。クリス大好きー」
ぎゅっと腕を絡めてくるアンナ。
あのアンナさん、他の人も見てるんですけど……。この大広間には俺たちだけじゃない、部屋の隅には彫像のように立つ衛兵たちの姿があった。
「クリス」
リズミナもすっと体を寄せてきた。
「ん? お前も腕を組みたいのか?」
「違う。さきほどの姫の目……あれは」
仕事モードのリズミナは俺の軽口をあっさり流した。
「お前も気付いたか。もしかするとあれは……」
俺が言いかけたところで部屋奥の、右側の扉が再び開いた。先ほどのユユナ姫が一人で戻ってきた。
「あの……」
「なんだ?」
しずしずと近寄ってくるユユナ。
目の前まで来たところで、ぼーっとした目で俺を見上げる。
「お部屋に案内させてください」
「あ、ああ……。ありがとう」
楽器を奏でるような声で言って、今度は後ろの俺たちが入ってきたほうの扉へと歩き出す。途中振り返って立ち止まるのは、ついてこいという意味だろう。
俺たちはユユナの案内で城の中を進んだ。
なぜ姫様自ら案内をしてくれるのだろうか?
「こちらです」
しばらく歩いて通されたのは豪華な部屋。
イリシュアール王宮の寝室にも引けを取らない。ベッドもめちゃくちゃ大きかった。
「先ほどは母様が大変失礼いたしました」
ソファーに腰を下ろした俺たちと、丈の低いテーブルを挟んで向かいに座ったユユナはぺこりと頭を下げた。
その表情はやはり茫洋としていて、なにを考えているのかよくわからない。
「ああ、突然あんな無茶な要求を突き付けられるとは……正直驚いたけど。なにか理由があるんだろ?」
「はい、あの……。なにからお話していいのか……」
視線を泳がせて言いよどむユユナ。苦しそうな表情なのはよほど言うに困るような話だからなのだろうか。
「いや、言いにくい話だったら無理には言わなくてもいいけど」
「ありがとうございます。おやさしいんですね、クリストファー様。母様があんなことを言った後だというのに」
にっこりと微笑むとその美しさが際立つ。さっきはアンナにはああ言ったが、ユユナの可愛さは芸術とすら感じさせるほどのものだった。傾国の美女という単語が頭に浮かんだ。微笑み一つで国を傾かせかねないような、それほどのもの。
ユユナは胸の前で手を組んで目を閉じた。
「クリストファー様は今までに会ったどんなお方とも違います。こんなことは初めてです」
そして再び目を開いたユユナは真剣な表情で言った。
「やはり、クリストファー様にだけは隠しておくことは出来ません。確認のために私の力、もう一度試させてください。いいでしょうか?」
「ああ、それはいいけど」
ユユナはソファーの上で居住まいをただした。
そしてユユナの瞳の上に、またあの模様が浮かび上がる。
「あっ、その目!」
アンナが気付いて声を上げた。
三叉の槍先のような模様。うっすらとピンクに色づいているようにも見える。奇妙な模様だが見つめていても俺には特殊な能力のようなものは感じられなかった。
ユユナは一度目を閉じて、もう一度開いたときには模様は消えていた。
俺の様子を観察するように見つめて、小さく息を吐くユユナ。
「やはり効かないようですね」
「その目はいったいなんなんだ?」
「私の目にはある力が宿っています。その力は見つめた人間の心を奪い虜にしてしまう邪悪な力なのです。……殿方にしか効きませんが」
邪悪な力。
俺は自分の予想が正しかったことを悟った。
「魔族の……サキュバス族の力か」
「ご存知でしたか」
ユユナは驚きに目を見開いた。




