いざアセルクリラングへ!
俺はアンナとエリとリズミナを連れて、ラーニャの泊まっている宿へと足を運んだ。
ルイニユーキに重責を押し付けての旅行だから、せめてイリアとミリエの政務官組まで引っ張ってきて負担を増やすようなことはしたくなかったのだ。
俺たちの姿を認めるや、出迎えたラーニャはすぐに俺の手を取ってきた。
「お待ちしておりました! こんな場所へわざわざご足労いただきありがとうございます」
「すごいな。俺が来るのがわかっていたのか?」
宿の入り口のドアを開けるか開けないかのところでラーニャが出てきたのだ。
「この宿は私どもの定宿ですので。使者は次の担当が来るまでここに宿泊します。店主も従業員も全員アセルクリラングの者です」
監視警戒も完璧というわけか。
宿というより非公式な大使館に近いのかもな。
「この国での活動の拠点ってわけか。いいのかそんなことを俺に教えてしまって。潰そうと言い出すかもしれないだろ」
活動の拠点だとしたらそれは諜報活動も含まれているはずだ。
ラーニャは握った俺の手の上をもう片方の手でさわさわと撫でる。
その仕草は男との距離を詰めるのに手慣れた女性のそれだった。
「またまた。クリス様はそんなことをなさるお人でないことくらい、先日お会いしてわかっています。今日女性方をお連れしたのも、色よい返事をお聞かせくださるからなのでしょう?」
かまをかけてみたつもりだったが、ラーニャはまったく動揺したそぶりを見せない。
この程度の宿は潰されてもまったく問題はないのだと言わんばかりだ。
「ああ、よろしく頼むよ」
「よろしくー」「よろしくね」
エリとアンナも元気よく挨拶をした。
リズミナは黙ってお辞儀をするだけだ。この忍者少女はフードで顔を隠しているときは性格が変わる。
「はい、おまかせください。それで、出発のご準備は……」
「いつでもいいぞ」
「ではさっそく」
ラーニャはパンパンと手を鳴らした。
通りのわき道から一台の馬車がやってきて俺たちの前に止まる。おそろしく準備がいい。
まあここまで来たらあとは旅行を楽しもう。
俺たちは促されるまま客車へと入った。
「ところで、みなさんはどう言ったご関係で?」
ラーニャはにこやかに切り出した。
馬車の客車には俺の両側にアンナとリズミナ。向かい合ってエリとラーニャが座っている。
「俺とアンナについてはもう知っているな。こいつはエリ。アンナ付きの侍女だ。そしてこっちの不愛想なのがリズミナ。俺の護衛だ。仕事中はあまり喋らないが許してやってくれ」
リズミナは一度するどい視線をラーニャに向けたが、すぐにフードをつまんで目深に被りなおしてしまった。
「侍女っていうか、お友達みたいなもんだよね?」
「ねー」
アンナとエリはだいたいいつもこんな感じだ。主従感ゼロ。
「仲がいいんですね」
ラーニャは楽しそうに微笑む。
「アセルクリラングまでどのくらいかかるんだ?」
「馬車で……そうですね、国境を越えるまでは四日。そこからはさらに四日ほどです」
急ぎの行軍でなければ、まあそんなところだろうな。
「俺たちは初めての訪問で事前知識はないに等しいんだが、どんな国か教えてくれるか?」
「楽しい国ですよ」
間髪を入れずに答えるラーニャ。
「一日中明かりが消えることはなく、夜でも昼が続く国。人々の笑顔は絶えず、興奮と熱気は冷めることを知らない。まるで夢幻のような時間を味わうことができる……と、これはわが国を訪れたとある王の言葉です。具体的には賭場や見世物などの遊興が盛んなのです。夜こそ盛り上がる類のものですね」
観光立国とは聞いていたが、夜の興行だったか。
となると当然男性客目当ての、あまり口に出せないサービスを提供する店もあるのだろうか。
そんな俺の心の内を見抜いたわけではないだろうが、ラーニャは妖艶に微笑んだ。
「クリス様はお酒は飲まれるのですか?」
「いや、まったく」
「それは残念。私どもの国にはかわいい女の子とお酒を飲める店も多いのですけれど」
「おい」
俺は低い声を出した。
アンナたちに聞かせたい類の話題ではない。
「これは失礼いたしました。クリス様には必要のないお話でしたようですね。では話を変えましょうか。先日アンナ様にご賞味いただいた果物は、アセルクリラングの名産ともいえるものですが、他にもさわやかな甘みが特徴の燃えるように赤い果物があって、見た目はなんとも恐ろしいトゲが……」
食べ物の話になったとたん、アンナは窓の外を見ていた顔を戻してラーニャに釘付けになった。
こんな調子でラーニャは俺たちを飽きさせることなく話を続けて、最初の宿を取るリガミルタの町に到着した。




