ルイニユーキは心配性
「裏が取れました」
ルイニユーキは執務机の書類から顔を上げて、俺を見た。
あの後ラーニャをひとまず帰して、返事は後日ということにしておいた。
俺はあそこで快諾をしてしまうつもりだったのだが、ギリギリのところでルイニユーキが止めたのだった。
ラーニャは城のそばの宿に泊まっているらしい。返事はそこへと言っていた。
「投獄中の前国王キリリュエード本人が言っていました。本当に供を数人しか連れずに、アセルクリラングへ訪問を繰り返していたそうです」
そう言ってため息を吐くルイニユーキ。王にあるまじき軽率な行動の事実に呆れたのだろう。
「本当だったか。それで、その目的は?」
「どうもキリリュエードはアセルクリラングの女王にご執心だったようですね。兵を連れずに訪問していたのも親愛の情を示すためのものだったようです。先の戦争の際、アセルクリラング併合を息巻いていたキリリュエードがなぜ有利な貿易条項程度で和平に至ったのかも、これで納得がいきました。どうやら女王と会ってすっかり骨抜きにされてしまっていたようです」
ルイニユーキはコツコツと机を指で叩く。
「アセルクリラングの情勢についてもこれまでに集まっていた情報に改めて目を通しました。かの国はたいした軍事力も持たずにイリシュアール、レタナキア、ファラメニアの三国に囲まれていながら、これまで平穏を保ってきました。先の我が国との戦争でも大きな痛手は負わず、逆に和平を結び後ろ盾を得ることに成功しています。これはすごいことですよ。今アセルクリラング国内はよく富んで繁栄し、国内外から観光客を集めることにも成功しているようですね。お忍びで訪問していたのはキリリュエードだけでなく、イリシュアールを始め各国の主要な貴族・王族たちもいるそうです。噂の域を出ない話ですが」
「それはすごいな」
外交努力と観光業で栄えた国か。
なかなか興味深い。
「国に他国の兵を入れたくないのも、滞在中の他の国の要人を刺激したくないとの思惑があるようですね。一つの国が兵を入れれば、他の国も兵を入れます。そしてその規模が大きくなっていけば、やがていざこざが発生して戦争に発展しかねません」
「とりあえず訪問に問題はなさそうだな。要は外交を上手くやっているということだろう?」
「私はおすすめしませんがね。なにかこう……嫌な予感がするのです」
「俺がキリリュエードのようになると?」
「そうは言いませんが……。あの国がしつこく訪問を要請するのには、なにか訳があると思うのです」
「やはり罠か」
「はっきりとは断言できませんが」
「まあ、俺に限って万が一はないだろ」
「ですが……」
ルイニユーキは煮え切らない。
「お前を筆頭政務補佐官に任命しておく」
「えっ」
「たしかそういう制度があったはずだな。筆頭政務官は同等の権限を持った筆頭政務補佐官を一時的に任命できると」
法整備には俺も関わったのだから覚えている。
「ですが、それは有事の際に……」
「念のためだよ。もし俺になにかあっても、これならば政務に支障が出ることはあるまい」
「あの……訪問を断念していただくわけには」
「まあまあ。これも友好国と関係を強める大事な仕事だよ。イリシュアールの政権が変わって自国に対してどういう態度に出るのか、向こうも不安なんだろう。なら安心させてやっても悪いことはあるまい」
それに、俺自身がめちゃくちゃ乗り気なんだ。あとアンナも。
ルイニユーキはため息を吐いた。
「必ず、無事に帰って来てくださいよ。私は人の上に立つような器じゃないんです」
「俺だってそうだよ」
「いえ、クリス殿のようにみなを引っ張っていけるような、強烈な存在感が私にはありません。イリシュアールに必要なのはクリス殿のようなカリスマなのです」
カリスマ。
そこまで言われるほどの人望が自分にあるとは思えないが。
まあそのことについて問答していても仕方ないだろう。
評価されているのならそれに見合う成果を出せばいい。
今回の訪問もただの旅行ではなく、なにか外交的な成果を得ておきたい。両国の親交を深める程度のものであっても構わない。そういう積み重ねは意外とばかにできない。キリリュエードが訪問を繰り返していたのなら、俺が国のトップに就いて訪問しなくなるというのもいらぬ軋轢を生じさせかねないしな。
俺はアセルクリラング訪問の準備を始めた。




