常態化するお泊り会
「うーん……」
俺はとてつもない息苦しさを覚えて目を覚ました。
か、体が動かない……。
鼻腔を甘く刺激する自分以外の人間の匂いでようやく状況が飲み込めた。
俺はなんとか身じろぎして顔だけを拘束から解放した。
エリの大きすぎるおっぱいは薄地の寝間着一枚に覆われて俺の顔面に押し付けられていた。
その先にはにへらっと緩んだこれ以上ないくらいだらしない寝顔。
「おっと」
垂れたよだれがかからないように顔を動かした。
体をひねって体勢を動かし、エリの体重からなんとか逃れる。
しかし体の拘束は解けない。
どうやら両手両足を使ってがっちりと固められているようだった。
「ぐっ、おおおおお……」
力を振り絞ってようやく拘束を振り切り、体を起こした。
右にアンナ。左にリズミナ。
こうして三人にくっつかれて寝苦しさを覚えるのは、山越えの旅以来か。
特にエリ。
こいつは豊満すぎる肉体に頓着しないどころか、全力で体をホールドしてくるからたまったものではない。
まあ王宮のベッドはめちゃくちゃでかいから、四人で寝てもまだ余裕があるのだが。
「ふぁ……おはよ」
目をこすりながらエリが体を起こした。
俺が強引に振り払ったから、それで目を覚ましたらしい。
「おはよう……じゃなくて! なんでお前がいるんだよ!」
「ふぇ?」
まだ寝ぼけ顔のまま、エリは間の抜けた声を発した。
「説明しろ説明。なんでいるんだ?」
「あー、みんないっしょだから? リズミナちゃんもいるって聞いて。あはは」
そう言ってへらっと笑うエリ。能天気なやつだ。
「じゃあなんでいっしょに寝るときいつも俺を羽交い絞めにするんだ」
羽交い絞めというか全力抱きつきというか全身拘束技というか。
エリはちょっと黙り込んだ。
なんだ、まだ頭が回ってないのか? と思ったがどうやらなにかを思い出していただけだったらしい。
「私、シャーバンスで暮らしてたとき、いつもラック君と寝てたんだよね」
「ふむ」
「それで、こっちに来てから一人で寝ることになって、寝つきが悪くて寝不足が続いてたんだよ」
「ほう」
「クリスといっしょに寝たらぐっすり寝れるかなって。山越えのときもバザンドラのクリスの家でも毎日快眠だったし」
「そのラック君というのは」
「ぬいぐるみ。じいちゃんが初めて買ってくれた、大事な友達なんだよ」
お、俺はぬいぐるみ代わりだったのか……。
なんだろう、起きたばっかりだというのにどっと疲労感が湧いてきた。
「そのぬいぐるみ、置いてきたままなのか?」
「あはは。さすがにぬいぐるみを持って山越えはちょっと恥ずかしいし」
「俺は気にしないけどな」
「そう? じゃあ持ってくればよかった。ざんねーん」
そう言ってエリはちょっと困ったようにはにかんだ。
「でもいっか! 今はクリスがいるしー。うーん、この抱き心地ー!」
「ちょっ、おい……」
がばっと抱きついてきてむにっと体を押し付けてくる。
「ん……おはよ」
アンナも目を覚ました。
「おはようございます」
リズミナも。
そして俺とエリに気付いた。
「あーーーーー! エリちゃんずるいーーー! 私もーーーー!」
さっそく俺に抱き着いてくるアンナ。
リズミナは手持無沙汰に体をもじもじさせていた。
そういや俺も、イリシュアールに来てしばらく一人寝だったときには、寝つきが悪かったんだよな。
いつのまにか誰かといっしょに寝るのが当たり前になっていたらしい。
まあみんながいいならいいか。
そう軽く考えていた。
しかし……。
数日後の夜。
「なんでお前たちもいるんだ?」
「いや、みんなでお泊り会をしていると聞いて」
イリアは薄布一枚の寝間着で俺の部屋に来ていた。
「イリアさんに誘われて……すみません」
ミリエも同じような薄着。
「仕方ないだろう。一人で来る勇気がなかったんだ。すまない……ダメだと言うのならすぐに戻る」
そう言って一歩下がってドアのノブに手をかけるイリア。
「まあ、いいんじゃないか? あんまり力いっぱいしがみつかれたりすると困るけどな」
「そ、そんなことはしない……たぶん」
イリアは頬を紅潮させて恥ずかしがる。想像してしまったのだろうか。
「いやあ、一人いるんだよ。すごいのが」
そう言ってさっそくベッドに潜り込んでいたエリの頭に手を置く。
エリはきょとんとした顔で俺を見る。
今ベッドにはすでに俺の両どなりにアンナとリズミナ。リズミナの向こうにエリだ。が、たぶんエリは翌朝には俺にひどいホールド技を仕掛けているだろう。
「おじゃま……します」
そう言ってエリの横にさっそく入るミリエ。
「あっ、早い!?」
残されたイリアは慌ててアンナの横へ。
「イリアお姉ちゃんも来たんだ?」
アンナの声色には面白がるような響きがあった。
「……すまない。どうしても我慢できなかった」
えっ?
どういう意味だろう。
俺の横で向かい合って寝そべるアンナとイリアの表情はうかがい知れない。
体を起こそうかとも思ったが、やめておいた。
「いいって。みんなも同じだし……あたし、イリアお姉ちゃん好きだよ」
「そうか、よかった。……クリス」
「なんだ?」
俺が答えるとイリアは思い直したように言った。
「いや、なんでもない」
俺はなんとなく毛布の中で手を伸ばした。俺と同じように毛布の中で伸ばされていたイリアの手を取る。
「ふふ、ありがとう」
イリアは笑い、俺の腕にアンナも手を重ねた。
反対側にも手を伸ばせばミリエが伸ばしてきた手があった。俺の指に触れるとびくっと一瞬引っ込められたが、すぐにしっかりと握り返してくる。
エリとリズミナも俺の腕を掴んだ。
「じゃあ、おやすみ」
「「「「「おやすみなさい」」」」」
みんなの声が重なった。




