シャルルの恨み
「お前! お、驚かすような登場の仕方をするな! ずっとそこで待機していたのか!? お化けの真似事かよ」
「あれは、そう……今から四十年ほど前の話だ。私とハザランは若くして宮廷料理人としてイリシュアール王宮に入り、お互いに腕を競い合っていた……」
俺の文句は無視された。
真剣な表情でゆっくりと話し始めるシャルル。
「同期ということもあり、私たちはライバルでありながら、お互いを認め合うよき友人でもあった」
それがどうして恨みを抱くようになってしまったのか。
気になった俺は黙ってシャルルの話を聞くことにした。
アンナとユイリーも口を挟まない。
「そんなある日のことだ。私たちの前に一人の女性が現れた。彼女の名はサリージャ。とある貴族の娘だったサリージャは、輝くような笑顔が魅力的で、誰とでも気さくに話す、そこにいるだけで周囲が明るくなるような雰囲気を持った女性だった。私とハザランは彼女に恋をした」
「おばあちゃん……」
ユイリーのつぶやき。
シャルルは目線だけを動かしてユイリーを見やった。
「私とハザランは彼女の出席するパーティーを調べては、会場の料理担当として潜り込んだ。どんな貴族の屋敷にでも足を運んだ。幸い王宮で料理人をしていた私たちはどこへ行っても歓迎された。そして機会を見ては彼女に話しかけた――もちろん料理人という立場を崩しはしなかったがね。彼女もそんな私たちと意気投合するようになり、話は弾んだ。あの頃が私の、もっとも幸せだった記憶だ」
シャルルは遠い目をして上を見上げた。
木々をすかして、ここではないどこか遠くを見ているようだった。
「やがて料理外のことでも話に花を咲かせるようになると、私はハザランとの差に気付くことになる。やつのほうがわずかだが彼女の心を掴んでいるような気がしたのだ。私は焦ったよ。このままでは彼女を取られてしまうような気がしたからだ。そして私はハザランに勝負を持ち掛けた。どちらがサリージャにふさわしいか、告白をかけて料理で勝負しようと」
「え……そんなの、サリージャさんの気持ちは?」
アンナが声をもらした。
シャルルはアンナをするどく見据える。口の端には自嘲のような笑みがあった。
「男には男のけじめのつけ方があるのだ。私はこの勝負に負けたらいさぎよく身を引くつもりだった。ハザランも勝負を承諾した」
「そんな……。それで、それで勝負はどうなったの!? おじさんは負けちゃったの!?」
アンナはすっかりとシャルルの話に入り込んでいる。
だがシャルルの言葉は俺にとっても予想外のものだった。
「勝負は……行われなかった」
「えっ……」
いったいどういうことだろうか?
シャルルは顔に血管を浮き上がらせてぷるぷると震え出した。それは怒りの表情だった。
「やつは……私が勝負の料理の仕込みをしている間にサリージャを連れ出して、逃げてしまったのだ!!」
「えっ!?」
「なんだって!?」
アンナと俺の驚きが重なる。
「ハザランは私との料理人人生を賭けた勝負の約束を反故にし、抜け駆けをしたのだ! 私はやつが許せなかったよ。殺してやりたいとさえ思った。その恨みは何年いや何十年経っても消えることはなかった。私は自らの料理の腕を磨く事だけを支えに日々を過ごした。他のなにを顧みることもなく料理にだけ没頭する私を、人は料理の鬼などと呼んで気味悪がっていたよ。だが私は気にも留めなかった。私はいつかハザランに復讐する、やつが手にしたものすべてを、料理の力で奪ってやると誓ったのだ!!」
なんてことだ。
人を笑顔にできる、幸せにできる料理という技術を、この男は復讐のためだけに磨き続けていたというのか。
ユイリーとは真逆の考え方だ。
「十年前。やつが再び王都に戻ってきたと知ったときは、歓喜に震えたよ。サリージャと遠くへ逃げていたあいつが、息子夫婦と孫を連れて幸せそうに店を開いていた。サリージャの親族の貴族は三十年の月日ですっかり忘れていたようだが、私は忘れていなかった。私はその日から具体的な復讐の準備を始めたのだ」
俺ははっとしてユイリーを見た。どれほど怒りに震えているかと思ったからだ。
えっ……?
しかしユイリーは落ち着いていた。澄んだ湖面のように一点の曇りもない空気をまとっていた。
「シャルルさん、知りたいですか? 本当のことを」
「なにっ?」
シャルルは身構える。
ユイリーは身をひるがえした。
「ついて来てください」
それだけを言ってさっさと歩きだしてしまう。
俺たちは当然ついていくしかなかった。




