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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
五章

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勝負の行方は

 審査員たちの前にはフタの付いた器が並べられていた。


「どうぞ開けてください」


 俺に促されて、審査員たちは器のフタを取る。

 直後に上がるのは驚きの声。


「こっ……これはっ!?」

「見たことないぞ!」

「このギザギザはなにで出来てるんだ?」


 俺が作ったのはカツ丼だ。

 以前アカビタルの宿でサンドイッチを作ったとき、カツサンドが食べたいと思ってひそかに作るチャンスをうかがっていた。

 もちろん料理人でもない俺がいきなり作ってちゃんと美味しいカツが作れるはずもなく、この二週間は王宮の厨房の一角を借りて密かに練習を繰り返していたのだ。

 最初は慣れないかまどでの調理で火加減がわからず、衣が焦げてしまったり油切れが悪くてべとべとした物が出来てしまったりした。

 しかし今日のカツの出来は自分で言うのもなんだが完璧だった。

 さっそく食べようとした審査員を手で制す。


「待ってください。今最後の仕上げをします」


 手にした鍋からおたまで審査員たちのカツ丼に、玉ねぎを煮たタレをかけていく。

 食べる直前にこうすればカツのサクサク感が残るという寸法だ。

 タレは転生前のカツ丼のつゆに近い味が出せる物を探すのに苦労した。発酵調味料は多種多様にあれど、転生前のしょうゆやめんつゆそのものはなかったからだ。

 さまざまな調味料を試して、とあるソースを割ればいい感じに近い味が出せることに気付いて完成に至ったのはつい先日のことだった。

 食べ始めた審査員たちはそろって驚きを口にする。


「すごい! サクサクしてるぞ!」

「この肉はポルポか。だがやわらかい。厳選した部位を使っている証拠だ。そして……サクサクに包まれて肉のうま味がぎゅっと閉じ込められているっ!」

「タレも絡んで絶妙だ。タマゴを半熟にしてあるのはわざとなのか? すごい発想だ!」


 審査員たちの意見も好評だ。

 正直料理に本気で向き合った経験のない俺だ。記憶を頼りによく二週間でカツ丼をモノにできたと思う。

 アンナなど頬を押さえて目をうるうるさせている。


「はぅぅぅ。サクサクしてるよぉぉーーー! 外はサクサク中はジューシー! すっごいおいしいぃぃぃーーーーーー!!」


 その顔を見れただけで作ってよかったと思うほどの幸せ顔。

 感極まったのかアンナは俺のほうを向く。


「クリスーーーー! おいしいよぉぉーーーーーー!! 最高ーーーーーーー!!」

「なっ、バカ! お前!!」


 俺の名前を呼んでしまったアンナを止めようとしたがもう遅い。


「なんと! 謎の料理人エックスの正体は現在の国主、筆頭政務官クリストファー様です!! なんというサプライズでしょうかーーー!!」

『ワアアアアアアアアアッ!!』


 盛り上がる観客たち。

 あーあ。

 こりゃ仕方ない。

 俺はローブを脱いで観衆に手を振った。


「さっき揚げてたのは……まさかっ!」


 ユイリーが俺の調理台へと走った。そこには残っていたパン粉があった。


「細かく砕いたパンのくず。こんなものを……。でもどうやって肉を包んで……タマゴ……そうか! 溶いたタマゴを絡めてからまぶしたんだ。そうすればちゃんとくっつく」


 すごい理解力だ。

 俺の調理の跡を見ただけでその工程を把握してしまったらしい。


「あっ、一つ残ってるけど……でも」


 俺はユイリーにうなずいてやった。

 ユイリーは調理台に残っていたカツの一切れを口に入れた。


「なんてこと……パンくずをまぶして揚げただけでこんな食感になるなんて……信じられない……」


 驚愕に体を震わせるユイリー。

 俺は審査員たちの反応にもたしかな手ごたえを感じていた。

 そしていよいよ結果の発表となった。


「えー、厳正なる審査の結果ー、優勝しましたのはー……」


 司会者が言葉を溜める。

 そして宣言されたのは――。


「東地区三番地の食堂で料理人をしている、ユイリーちゃんですーーーーー!」

『ウオオオオオオオオオ!!!』


 観客たちから大歓声が沸き起こった。

 負けた……。

 本来の目的なら喜ぶべきところなのに、俺はガツンと殴られたようなショックを受けていた。

 自分でも気づかないほど、料理が楽しく、そしてのめり込んでいたのだ。

 料理に夢中になっていたぶん、それがショックとなって跳ね返って来ていた。

 なぜだ。なぜ負けたんだ……。

 審査が終わって下げられた器のすべてに、ご飯が丸々残っていることに気付いた。


「アンナっっ!!」


 呼ばれて駆けてくるアンナ。


「このご飯……これが原因だったのか!?」


 アンナは困ったような顔をした。


「クリスの料理はとってもおいしかったよ……でも」

「言ってくれ」

「その、下のはおいしくなかったかも」


 この世界には白いご飯を主食とする食文化がない。

 米は主に米粉として料理に使われたり、チャーハンのような炒め物の材料にされていた。

 俺は自分の調理台へと駆け戻り、釜に残っていたご飯を食べた。


「なんてことだ……」


 不味い。

 パサパサしていた。若干青臭い匂いもする。

 チャーハンのような炒め料理ならいい感じに油が絡んでパラパラに仕上がるのかもしれないが、ご飯単品としては失格だった。

 転生前の日本の米がいかにうまかったかが思い出される。

 精米が不十分で玄米に近かったが、これは仕方ないとあきらめていた。しかしまさかここまでひどいとは。

 おそらく米の種類に問題があるのだ。日本のコシヒカリさえあれば、と思わずにはいられない。

 この世界にご飯食文化がないのには理由があったのだ。

 カツの練習にばかり時間を使ってご飯に注意を払わなかったのが敗因だった。

 転生前の先入観から完全に盲点になってしまっていた。


「クリス、呼ばれてるよ」


 俺は審査員たちの下へ慌てて戻った。


「えー、二位は筆頭政務官クリストファー・アルキメウス様ですーーーーー!!」

『ワアアアアアアッ!!』


 歓声は上がるものの、俺の心は晴れなかった。

 そこへ、となりに立つユイリーが声をかけてきた。


「いい勝負だったね」

「ああ」


 ユイリーは苦笑いだ。


「でも、本当なら勝っていたのは国主様だよ。あのお肉料理、本当にすごかったもん。私、負けたと思って――ううん、負けた。事実あの料理に私は負けたんだ。でも……なんで炊いたお米を下に敷こうなんて思ったの?」


 俺はあえて違うことを言った。


「ははは。国主様はなしだ。クリスでいい。お前が優勝して、店はいい宣伝になるだろうな」

「ふふっ、そうだね。今回のこと、ありがとう。まさかお店のためにこんなことまでしてくれるなんて、思わなかった」


 俺は笑って観客たちを見た。


「そうでもないさ。見ろ、この観客たちの盛り上がりを。お前の店のためだけじゃない。ここにいる全員のためってわけだ」

「ほんとだ」


 ユイリーも楽しそうに笑う。

 この後一位と二位の料理は観客たちにも振る舞われることになっている。さすがに全員分というわけにはいかないが、出来る限りの量を作らなければいけない。

 観客たちの盛り上がりは、それを楽しみにしているということでもあった。

 まあ、俺の料理はたぶんカツ丼じゃなくてトンカツに代わっているだろうけどな。

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