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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
五章

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ユイリーの料理

「えっ」


 あからさまな悪意を向けられて戸惑うユイリー。


「向かいの店、シャルルルルーシュの店長をしております、シャルルと申します。以後お見知りおきを」

「あんたが……父さんの店をっ……!」

「ふっ、開店記念八割引きセールを一ヵ月も続けることになって大赤字でしたよ。あなたの店のお客をすっかり奪うにはね」


 資金力に物を言わせて常識外れの値引きを続けて、ザッカールの店を干上がらせていたというわけか。

 ザッカールは単に味で負けたからだと言っていたがとんでもない。一ヵ月も八割引きを続けられては小さな店は耐えられない。

 そこまでしてザッカールの店を潰そうとしたのは、いったいどんな恨みがあったからか。


「では失礼」


 ユイリーが口を開くのを待たずにシャルルは行ってしまった。

 そして審査員たちの前にシャルルの料理が並べられた。


「これは……」

「まさか……」


 それは銀の器に注がれた一杯のスープだった、

 琥珀色に澄んだだけの、ただのスープに見えなくもない。だがそんな単純なものであるはずがなかった。


「エルキファラスープ。庶民は一生かかっても口にできない高貴なスープです。百種類に及ぶ厳選された食材を三日間かけて煮込み、四六時中付きっ切りでアクを取り除かなければいけません。そして丁寧に()して出来るのは黄金のように輝くスープ。私は以前宮廷料理人をしていたことがありましてね。門外不出のレシピはここにしっかりと刻まれています」


 自分の頭を指さすシャルル。

 料理大会の制限時間では絶対に作る事のできないスープ。

 おそらくシャルルはあらかじめ煮込んで仕込みが終わったスープの鍋を運び込んでいたのだろう。

 ルール上食材の規定に作りかけの料理はダメという文章はなかったが、うまく隙間を突いたような料理だと言わざるを得ない。

 思わぬ強敵の登場かと思われたが……。


「ふむ……」

「いいですね」

「うむ、おいしい」


 好評を口にするものの、審査員たちの間にはどこか弛緩した空気。

 アンナを見てその答えがわかった。


「あはっ、いつものスープだ」


 いつものスープ。

 ああ、そうか。

 王宮の食事にいつもついてくるあのスープ。あれがエルキファラスープだったのだ。

 審査員の貴族たちにとっても慣れ親しんだ味なのだろう。

 つまり、美味しくはあっても驚きは少ない。


「え……」


 意表を突かれているのはシャルルただ一人だった。

 審査員たちの――いや、食べるお客さんのことを少しでも考えていれば回避できたはずのミスだ。

 お客さんのことを常に考えてお客さんのために料理を作る。その基本をシャルルは忘れていたのだろう。

 宮廷料理人などと言って胸を張って威張っていても、客と向き合うことを忘れた料理人の嵌る落とし穴は、案外こんなところなのかもしれなかった。


「ぐ……」


 シャルルはがっくりと肩を落として下がっていった。

 そしてさらに二人ほど審査が進み、次はいよいよユイリーだ。

 あの巨大な魚の切り身と、同じように一口サイズに切った野菜類の炒め物のようだ。

 魚と野菜は別々に炒めて最後に合わせたのだろう。

 ホイコーローに近い見た目だ。


「今朝市場にデスロのいいのが入ってたからね」


 ユイリーは腰に手を当てて胸を張った。その様子からは相当の自信が感じられる。

 イリシュアールに海はないからおそらく川魚だろう。

 この世界の川にはあんなに巨大な魚が泳いでいるのか……。

 いくら新鮮な魚とはいえ川魚を使うとは思い切った選択だ。ちょっとでも臭みが残ればおそらくこの審査員たちは見逃すまい。


「このお魚すごくやわらかいよ!! おいしぃぃぃーーーーー!!」


 まず叫んだのはアンナだ。


「ほう、すばらしい。デスロの肉質を完璧に把握している。ほんの少しでも火を通す時間が長ければ堅くなり、短ければ水っぽくなっていたところを、こうも仕上げてくるとは」


 感心したようにうなる審査員。


「このソースもだ。絶妙な酸味と甘み……味わったことがない味だ。だが驚くほど食材と調和している。なっ――これは!?」


 突然審査員が雷に打たれたように目を見開いて体を硬直させる。

 他の審査員たちも同様に固まっていた。


「具材は魚と野菜だけじゃない。ペタローハ――ナナマ豆とキリキルの薄皮包みだよ。ひと噛みして皮を破ると香辛料の効いた中身が口の中にあふれて刺激的ってね」


 説明を聞いてもよくわからないが、手が込んでそうだな。


「そうか……ペタローハ。どおりで。しかしこの小ささに作るにはかなりの技術が必要なはずだ」

「香辛料を効かせるなら料理全体に絡めたほうが効果的なはず……それをしなかったのはメガロの匂いの処理に絶対の自信があったからか。並の料理人にはできない判断だ。おかげで今のこの驚きがある!」


 審査員たちは興奮もあらわにまくしたてた。


「へへへっ」


 満足げに笑うユイリー。

 大会の流れは完全にユイリーに傾きつつあった。


「えー、次は謎の料理人エックスさんですね。どうぞ!」


 司会者が手元の紙を読み上げる。

 俺の番だ。

 ユイリーは審査員たちの席から下がり際に、並んでいた俺のフードの中の顔に気付いて驚きの声を上げた。


「ええっ! あなたは……」

「しっ! 今の俺は謎の料理人エックスだ」

「なんで国主様が……」

「気付かれたのが、お前が料理を出した後でよかった」

「なんで?」

「俺の正体を知って手加減されたら困るからな」


 その一言でユイリーの驚き顔は不敵な笑みに取って代わられる。


「そんなことしないよ。料理人の誇りにかけて」

「それを聞いて安心した」

「そっちこそ。私の店を気遣って手を抜いたりなんかしちゃダメだよ」

「もちろんだ。そんなつもりなら最初から参加したりしない」

「たしかにそうだ。あはは」


 ユイリーは俺の背中をポンと叩いて下がっていった。

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