外れの店
「メシだーーーーーーー!!」
「おーーーーーーーーー!!」
執務室から飛び出した俺は、王宮の廊下で拳を振り上げた。
アンナも同じポーズを取る。
なんだろうこの感じ。慣れ親しんだ生活の形にカチリとハマった感覚があった。
アンナとこうして食事に行く前の一声を上げるのは久しぶりだ。
「メシだーーー、じゃありませんよ。もしかして外へ食べに行くつもりですか? 仕事も溜まってますし、食事なら運ばせますので部屋でお願いします」
タイミング悪く廊下を歩いてきたルイニユーキに小言を言われる。
「違う違う。メシだーーーーーーー!! だ。なんだその気の抜けた声は。堅くて苦いパンしかない旅の途中だって、メシのときにはもっとうれしそうに言うぞ」
ルイニユーキはこめかみを押さえて眉をピクピクさせた。
「私は別に食事の掛け声など叫びませんので……じゃなくて! はぁ、クリス殿はなぜいつも外で食べるのですか。こう言ってはなんですが非効率的です。王宮の料理人が腕によりをかけて作る料理は大多数の一般庶民の水準よりはるかに高級なのですよ」
とは言うが政権が変わってからは無茶な贅沢はしないように言ってある。料理人の腕がいいのはたしかだが、贅沢すぎるってほどではなかった。
「お前も食いに行けばわかるさ。町の飯屋には客の笑顔があふれてる。地域色豊かで驚きにも満ちていて、飽きることがない。それになんつうか、雰囲気が好きなんだよ。みんなでわいわいしてる所で食べると楽しくなってくる」
そう言ってルイニユーキの肩に手を置く。
「あっ、待ちなさい」
呼び止められるが足を止めずに言ってやる。
「仕事なら終わってるよ。じゃ、行ってくる」
「え?」
肩越しにちょっとだけ振り返れば、ぽかんと口を開けたルイニユーキがいた。
実はもう今日の分の仕事はすべて終わらせてある。
ま、たぶん戻ってきたら追加はあるんだろうけどな。
俺はアンナを伴って町の飯屋を目指した。
「よし、今日はここにするか」
大通りから二つほど中に入って地元民の多い雑然とした場所。汚いというより生活感のある一画。
それなりにしっかりとした造りの建物。食堂を示す看板が掲げられていた。
「うん!」
アンナも元気よくうなずく。もう待ちきれないといった様子だ。
ドアを開けて店の中に一歩入った俺は、自分の間違いを悟った。
がらんとした店内。テーブル席にただ一人座って頬杖をついていた男性が俺たちに気付いて顔を上げる。
「おや?」
まずい――。
たしか道を挟んで向かいにはここより立派な食堂があったはずだ。この店には縁がなかったということにして、今日はそっちで食べよう。
回れ右をして店から出ようとする試みは失敗に終わった。
座っていた男性がものすごい勢いで駆けてきて俺と入り口の間に割り込んだのだ。
「いらっしゃいませ!! どうぞお席へ!!」
ギラギラとした目で勢いよく言う男。
「う……あなたは?」
「店主のザッカールと申します。ささ、どうぞ」
店主の押しに負けるようにイスに座らされる俺たち。
なんてこった。
この人通りの多い王都の街中で真っ昼間から店主が一人で客席に座って暇そうにしている店がまともなわけがない!
見ればアンナも不安そうな目を向けてきた。
「あの、なんかお客さんいないですね」
「今日のおすすめは日替わりランチです」
こいつ、堂々と無視しやがった!
俺はきょろきょろと店内を見回す。
がらんとした店内は生活感のある年季の蓄積が感じられ、若干汚れているものの不快さはない。地元で古くから愛されている食堂などによくある汚れ方だ。
それでもよくよく見ればテーブルにはうっすらとホコリが積もっている。
昨日今日の寂れ具合ではないということだ。
俺の目線に気付いたのか店主はさりげなくテーブルを布巾で拭いた。
テーブルを布巾が滑る瞬間、くっきりと拭いた跡が模様になるのを俺は目撃した。
「ええとじゃあ無難なところでポルポ料理でも……」
パラパラとメニューをめくりながら言った俺に店主が言葉を被せた。
「今日のおすすめは日替わりランチです」
やべえええええええーーーー!
なんだよこの店!!
もしかして幽霊屋敷にでも迷い込んでしまったのか!?
外に出て振り返ればそこには店など存在しませんでした……みたいな。
「じゃ、じゃあ日替わりランチ二人前で……」
「かしこまりましたーーーー!!」
威勢よく声を張り上げて店主は厨房へと消えた。
「クリス……」
不安そうなアンナ。
わかるよ、その気持ち。
これは久々に大外れも覚悟しておかなければいけないな。
身構える俺たちの席に、しばらくして料理が用意された。
「こちら日替わりランチです」
ええと用意されたのは目玉焼きと炙った魚の干物と漬物。それに見るからに堅そうなパン。
マジか……。
目玉焼き以外はどれも日持ちのする物ばかりだ。
客が入らなくなって久しいから生鮮食材を常備する余裕がないということだろう。
日替わりランチと言ってはいるが、ありあわせの食材で取り繕っているのがバレバレだ。
メニューから選ばせなかったのも他に作れる料理がないからなのだろう。
「しょっぱーい」
アンナが漬物を食べて舌を出した。
「普通だな……」
干物も目玉焼きも普通に食える。
パンは見た目通り堅かったが、腹を満たすにはこれでもいいだろう。
まあ欲を言えば白いご飯が欲しいところだったが、この世界の米は料理に使われることはあっても白いご飯として主食にする文化はなかった。
「あの、これでこの店やっていけてるんですか?」
思い切って店主に訪ねてみた。
「それが……」
店主は頭をかいて苦い顔をした。
「オラァ! 店主はいるか! 今日こそ借りた金、利子を含めてきっちり返してもらおうじゃねえか!!」
ドアを蹴破りでもしそうな勢いで店に入ってきたのは、見るからに人相の悪い男。
「ひぃぃっ! 勘弁してください! もうちょっとだけ! もうちょっとだけ待ってください!」
哀れっぽい声を上げる店主。
「いいやダメだね。それで何回目だ? うちのボスも我慢の限界だ。これ以上引き延ばすつもりなら土地家屋丸々いただいていくしかねえんだよ」
「それだけは、どうかご勘弁を!!」
「借金の取り立てなら後にしてくれないかな?」
ようやくありつけた昼メシが期待外れだったこともあり、若干気が立っていた俺はこの男を無視することができなかった。
「ああん? なんだてめぇは」
俺は立ち上がって男に手を差し出す。
が、それは握手をするためのものではない。
「証文。見せて見ろ」
「なんだ、てめぇ」
もう一度同じセリフを繰り返す男。どうやら頭の巡りはよくないらしい。
「借金の取り立てには必ず証文を用意する必要がある。まさかお前、店のオヤジが金を払ったとき、証文も返さず黙って持って行くつもりだったわけじゃないんだろう?」
男は大きく舌打ち。
「ちっ、いいだろう。ちょっと待ってろ。今すぐ証文を持ってきてやる。ただし、それで金が払えませんは通用しないぜ。なんなら兄ちゃん、お前に肩代わりしてもらう」
「そりゃ理解不能な理屈だな」
男は逃げるなよと念押しして店を出て行った。




