最強笑顔は曇らない
朝。俺はカーテン越しの日差しを感じて目を覚ました。
すぐ目の前にはアンナの寝顔。
そうだ。ようやくアンナは俺と一緒に寝ることにしたんだった。
女王を退位した今となっては口うるさく言う人間はいない。そもそも俺は一応この国の最高権力者。その気になれば職権乱用も思いのままだ。……やらないけど。
俺はアンナの髪をやさしく手で梳いた。眠っている時のこいつは本当に愛らしい。天使の寝顔というのはこういう顔のことを言うのだろう。
「おはよう……ございます」
「えっ」
アンナの反対側から声が聞こえてきた。俺は驚いて振り向く。
「なっ……リズミナぁぁぁぁあああ!?」
「はい、そうですけど?」
きょとんとしたリズミナは就寝用の薄着だ。体のラインがはっきりとわかってちょっと恥ずかしい。いつもはツインテールにしている髪は下ろされいて、若干の寝癖がついていた。
「んにゅ……クリス?」
俺の叫び声で目を覚ましたアンナは、目をごしごしとこすって体を起こした。
「リズミン、おはよ」
「おはようございます」
「あ、あれ?」
俺は肩透かしを食らったような気分だ。
「どうしたの?」
「いや、どうしたっていうか……驚かないのか?」
「なにに?」
「リズミナだよリズミナ。寝るときいなかった気がするんだが」
俺は昨日のことを思い出そうとこめかみに指を当てた。
たしか昨日は大量の書類仕事で疲れていて、風呂に入った後ふらふらになりながら自室に戻ったんだ。
部屋に戻った俺をなぜかアンナが待っていて、笑顔で出迎えてくれて……。
その後のことがよく思い出せない。
「だってクリス、すぐ寝ちゃうんだもん」
あ、思い出した。
俺はアンナには気付いたものの、上着を脱いでそのまま倒れ込むようにベッドに体を投げ出したんだ。そしてそのまま朝までぐっすり。
「せっかく驚かそうと思ってクリスの部屋で待機してたのにー……。ね、リズミン」
「ほんと、自分勝手な人です」
「じゃあ二人して待ってたのか。そりゃ悪かった……って、待てよ!」
リズミナとアンナはそろって首をかしげる。
「おかしいだろ! アンナはわかるとして、リズミナはいっしょに寝るとかそういうの自分からするやつじゃないだろ。アンナも許可出したのか?」
「ことあるごとにいっしょに寝ようって言ってたの、クリスでしょう? それに山越えの旅じゃ毎日ぎゅうぎゅうになって寝てたじゃないですか。今さらですよ」
あー、たしかに。それを言われると返す言葉もない。
それにしても軍から解放されて自由になったとはいえ、いきなり大胆に変わりすぎだ。
「クリスはリズミンといっしょに寝るの、いやだった?」
「いやじゃないよ!? 全然いやじゃないけど」
俺はもう一度仰向けにベッドに倒れ込む。バザンドラの自宅のベッドとは比べ物にならないほどふかふかで、体がシーツを押して沈み込んだ。
わけわかんねー。
いやアンナに嫉妬してほしいとかそういうわけじゃないんだけど……なんとなく腑に落ちないというか。
「ああ、そっか。クリスは知らないんだ」
アンナが口元に手を当てて言った。
「なにをだ?」
「山越えの旅のときにクリスが途中で倒れて気を失ったことあったでしょ」
「あったな」
あのときはおかげで土人形符を思いつくことができたっけな。
「あたしとリズミンの二人で半分ずつひざまくらしてたの覚えてる?」
「あったあった。いやー、あのときは思いっきり頭ぶつけたなー。あんなひざまくら、頭落っことすってわかりそうなものじゃないか?」
「あれはですね……文字通り『半分こ』だったんです」
おずおずと言うリズミナ。
「というと?」
「実はアンナちゃんと私、どちらがクリスのひざまくらをするか、ちょっとモメちゃいまして。話し合いの結果二人で半分ずつということに」
「あのときあたし、リズミンの気持ちに気付いちゃったんだよね。だからクリスにアプローチするならお互い自由にってことになったの。選ぶのはクリスなんだし」
「いや、選ぶもなにも俺は……」
言いかけてリズミナの視線に気付く。
本当のことを言ってしまったらリズミナは傷ついてしまうだろうか?
リズミナはしょうがないというように笑う。
「知ってますよ。クリスはアンナちゃんが好きなんですよね」
「そうだ」
つい、言ってしまった。
リズミナは意外にもさっぱりした笑顔。
「でも、私のこと嫌いじゃないって言ってくれました。なら私が圧倒的に不利ってだけで、クリスといっしょにいちゃいけないというわけではないはずです」
「お前はいいのか?」
アンナに目を向ける。
「クリスはみんなにモテモテで、これからもそういう女の子はいっぱい出てくると思うの。その度にあたし、いちいち頬を膨らませて舌を出して怒らなきゃいけないの? それなら最初から全部許して、クリスのことを好きな全員と正々堂々競えばいいって気付いたの。でもね、あたし負けないよ。たとえクリスのことが好きな女の子が百人現れようが千人現れようが、全員よりあたしがクリスの一番の女の子であり続けるの! ずっと笑顔で!」
そう言うアンナの笑顔は強がりなんかじゃない、本当に最高最強の笑顔だった。
アンナは自分の武器がなんなのか、たぶん頭じゃなく感覚で理解している。
この最強の笑顔を曇らせるような嫉妬の心と、アンナは自分から戦うと決めたのだ。
こんなすごいやつ、転生前と後を合わせたって見たこともなかった。
「すごい自信だな」
「でも……やっぱりちょっと妬いちゃったりしたら……そのときは許してね?」
「いいや、大丈夫だ。俺はお前が大好きだ。今までも、そしてこれからも。ずっと。お前が妬こうが妬くまいが変わらないよ」
そのときリズミナが俺に勢いよく抱きついてきた。
「うおっ!?」
か、体のあちこちが当たって――。
驚く暇なんてなかった。
あっという間に迫るリズミナの顔が俺の唇を……。
「―――っ!!」
き、キス!? キスされてる!!
口を離したリズミナは俺に覆いかぶさる格好のまま宣言する。
「私だって負けません。クリスの中に少しずつでも私の存在を増やしていきます。覚悟してくださいね」
「あわ、あわわ……」
突然の口付けに俺は頭の回路がショートしてしまっていた。
なにも考えられない――!
アンナも負けじと飛びついてきて、この後俺はもみくちゃにされた。




