ひどい客層
そのまままっすぐイリシュアールへ帰ってもよかったが、せっかくなので俺の自宅があるバザンドラの町に寄っていくことにした。
そして今俺たちはカエンのカフェにいる。
「久々に帰ってきたと思ったら……」
店員で幼馴染のカエンは可愛らしい接客用エプロンドレス姿に呆れ顔を浮かべている。
「なんなのかしらこれは……」
「しょうがないだろ。四十人もいるんだから」
店内の席という席には兵士たちが座り、座り切れない兵はぎゅうぎゅうに立っている。
武骨な鎧と兜に身を包んだ兵士たちは無言。口元しか見えない兜を被っているのでたしかにちょっと不気味だ。
つーか店の中では兜ぐらい取れよ。
これ以上ひどい客層を俺は見たことがない。
「ええと……お客様ー、お茶以外のご注文はありますでしょうか?」
「……」
引きつった顔になんとか営業スマイルを浮かべて、カエンはテーブル席の兵士に声をかける。
しかしお互いに向かい合って座る兵士たちはピクリとも動かず声を発しない。
ひたすら前を向いて座るだけのマネキンに近い。
「あー、じゃあ全員になにかケーキでも出してやってくれ」
「はーい……」
カエンはげんなりと肩を落として厨房へと消えた。
数が数なので見かねたエリを始めとする女連中全員と、一応俺もケーキ運びを手伝った。
やがて兵士たちや俺たちの座るテーブルにもケーキが用意された。
俺の座るテーブル席にはアンナ、リズミナ、リリアナ。となりのテーブルにはイリア、ミリエ、エリが座っている。
「それにしても……」
カエンは女性たちをそれぞれ見てため息を吐いた。
「また増えてる……」
「言ったろ。四十人いるって」
「じゃなくて、女の子! まーた新しい子を引っかけてきたのね」
「引っかけてきたって言い方はないだろ。成り行きだよ成り行き」
「どうかしら……」
カエンはジト目で俺をにらむ。
カエンと初顔合わせの面々はとりあえず挨拶を済ませた。
そういえばリズミナもカエンと顔を合わせるのは初めてだったな。
これだけの大人数がいてもリズミナはもうコソコソ顔を隠す必要がない。これからはこうして色んな人たちと知り合って、友達とかも増やしていけるはずだ。
俺はカエンにイリシュアールに行ってからこれまでの経緯を語った。
「アンナちゃんが王女なのは知ってたけどまさか女王様になってたなんてねぇ。イリシュアールの元女王に現国主の筆頭政務官……これ以上驚くことはもうないと思っていたけれど……」
「そう言う割には落ち着いてるように見えるけどな」
「驚きすぎて現実感なくなってるのよ。ほんとこれ、夢じゃないかしら……いてて」
言いながら自分の頬をつねるカエン。
「なにやってんだか」
俺は呆れてため息をついた。
それにしてもキリアヒーストルと敵対関係になるようなことがなくてよかった。
そうなればカエンの店に来れなくなる可能性もあったし、この町にある俺の自宅もやっぱり気になる。
「ところでリリアナ。お前本当に村に帰らなくていいのか? もう命を狙われるようなこともないと思うけど」
初対面でいきなり馴れ馴れしかったので、つい俺も呼び捨てにしてしまう。
リリアナは気にした様子はない。
「大丈夫。お姉ちゃんの他に家族もいなかったしね。それに私、都会ってあこがれてたんだー。あ、それにお姉ちゃんといっしょに暮らすようになったら、もう手紙のやりとりじゃなくても済むもんね。それが一番大きいかな」
「もう、リリアナったら……すみません。この子ほんとお姉ちゃんっ子で」
「はあ? なに言ってるのよ。お姉ちゃんが私にべったりなんでしょ? いつも手紙から私に会えなくて寂しいよーっていう気持ちが伝わってきて大変だったんだから」
「それは……でも……もう!」
ちょっとすねたような顔をするリズミナ。
どうやら口では妹に勝てないらしい。
「ははは。とにかく改めてよろしくな」
「はいはい。よろしくね、筆頭政務官様」
リリアナはニヤリと笑ってひとつウインク。
「こいつめ」
まったく物怖じせずに堂々とした態度のリリアナに、俺も思わず笑みを引き出されてしまう。
こいつとはすぐに仲良くなれそうな気がした。




