リズミナの自由
トーリアンスは投獄され、俺たちは改めて王の歓待を受けた。
どうやらトーリアンスの不正を暴いた功労者として扱ってくれるらしい。
俺は王にリズミナ姉妹の身柄と自由を約束させた。無理やり連れ出しただけでは後に命を狙われる可能性もあったから、王に直接約束を取り付けられたのはでかい。これでリズミナは完全に軍から解放され、抜け忍のように追手を付けられることもない。
王としては女王の暗殺未遂などという醜聞を工作員一人の身柄で贖えるのだ。二つ返事で了承してくれた。
リズミナとイリアも成功裏に事を運んでいた。
トーリアンスは事態が露見してから大急ぎで部下を差し向けたらしいが、遅すぎる。
王宮に泊って夜を明かし、予定通り王都を出てすぐの草原でイリアたちと合流した。
「クリス!」
俺たちの姿を認めるやイリアはぱっと顔を輝かせる。
その横にはローブ姿のリズミナと、ちょっとだけ背の低い女の子。この子がリズミナの妹リリアナか。
見た目の年齢はリズミナよりたぶん二歳程度下か。意志の強そうなきりっとした眉が印象的だ。ツインテールのリズミナと違ってふわりとストレートに髪を伸ばしている。麦色のスカートに麻のシャツ。いかにも田舎の娘といった格好だが本人が可愛いので逆に魅力的に見えた。
その顔はいかにも元気いっぱいといった笑顔が浮かんでいる。
なんというか、フードを取らないといつもむすっとしているリズミナとは対照的な女の子だな。
「よう、リズミナ。どうやら上手くいったみたいだな」
「なにを能天気に言っている。さあ早く引き上げなければ。いつ追手がかかるかわからないのだから」
こんなときでもフードで顔を隠したリズミナは仕事モード。さすがと言う他ない。
「ああ、そのことなら心配いらない。お前たち姉妹の身柄は正式に俺が引き受けた。キリアヒーストル王のお墨付きだ。リズミナは自由だし追手に追われるようなこともない」
「……」
リズミナは顔をうつむかせてプルプルと体を震わせだした。
「え、どうしたんだ?」
「えいっ!」
リリアナが掛け声と共にリズミナのフードを跳ね上げた。
「あ、あ……ありがどうございまず……ひぐっ……」
顔を上げたリズミナは涙でぐしゃぐしゃの顔をしていた。
「お、おいリズミナ!?」
みんなが見てるのも構わずリズミナは俺にがばっと抱きついてきた。
「うわああああああああん! ありがどうござ……うぅ……うあああああああああ!!」
まるで小さな少女のように声を上げて泣くリズミナ。
驚いた。リズミナがこんな泣き方をするなんて。
すべての役割や責任、支配から解き放たれて、リズミナは初めてただの女の子として泣いているのかもしれない。
「ふうん……」
リズミナにしがみつかれている俺を、覗き込むようにしてニヤニヤ見ているリリアナに気付いた。
「この人がお姉ちゃんの言ってたクリスだね。なるほどなるほど」
「そういうお前はリリアナだな」
「そ。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう。こんなに泣いたお姉ちゃん見るの初めて。きっと大好きなクリスだからなんだね」
ピタッと泣き止むリズミナ。
慌てたように俺の体を離して、今度はリリアナを羽交い絞めにする。
「な、に、を、言うんですかリリアナ……」
威圧するような低い声。
「ぐえー、苦しい。離してよお姉ちゃん。だっていっつも手紙にクリスのこと書いてたじゃん。手紙の文量も日を追うごとにどんどん増えてくしさー。それってどう考えたって――」
リズミナはリリアナの口を手でふさぐ。
「んぐーーー! んんんーーーー!!」
口を塞がれたリリアナはそれでもなにかを言おうと必死にもがく。
その姿がなんとなくいたずらをして捕まった猫みたいで微笑ましかった。
「よかったね、リズミン」
アンナの声は弾んでいた。
「まったくお前たちは……」
そう言うイリアは笑顔だが目元を指で拭っていた。姉妹とか家族とかの絆に弱いのがイリアだ。
「わはーっ! 仲がいいんだねー」
エリはエリで楽しそう。
「よかったですねぇ、本当に」
ミリエもにこにこと微笑んでいた。
「ははは」
俺もなんだか自然と楽しい気持ちになってしまっていて――。
見上げればそこには抜けるような青空が広がっていた。




