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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
一章

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10/198

無敵を決意した日

 とりあえず俺に着せられたいわれのない容疑を、白黒はっきりさせる必要があった。

 王都に行く。

 それはいい。

 だがアンナをどうするか、それが問題だ。

 あの兵士たちの様子を見れば、俺は有罪とかでいきなり処刑場送りなんてことも考えられる。

 もちろん黙って殺されるつもりはさらさらないが、そうなれば王国最強の戦力とぶつかるハメになるだろう。何しろ国の中心地。その王の居城なのだから。

 危険はいくらでも転がっている。

 絶対に置いていくべきだ。

 俺が真っ先に思い浮かべたのはリックだ。

 しかしその考えはすぐに振り払った。

 やつは信用しているが、まあその、あれだ……アンナをリックになんて預けたくない!

 ということで残るはカエンしかいないだろう。

 俺はカエンの働くカフェへと足を運んだ。

 アンナのやつは、用事があるとかで一人で出かけて行った。

 正直めちゃくちゃ心配だったが、あまり過保護にすぎるのもよくないかもと思って堪えた。

 この町へ帰ってきてから二人での外出は何度もしている。道に迷うこともないはずだ。

 一応行先は教えてあるので、用事を済ませたらこっちに来るだろう。

 店の扉を開けると、すぐに気づいてカエンが声をかけてきた。


「いらっしゃい、クリスちゃん」


 わざとらしくちゃんを強調するカエン。


「よお。今日はちょっと相談があってきたんだ」

「うう……いじわる」


 俺がちゃん付けを注意するのを期待してたのか、こいつ。


「で、相談」

「ここはお店ですっ。何か注文してくださーい」

「しっかりしてるなあ。じゃあ、お茶」


 カエンはにっこり笑う。


「だってクリスちゃんといっぱいお話したいからね。お姉ちゃんは」

「おい、そのちゃん付け……あっ」


 にやーっと笑うカエン。


「はいはい。そうやってムキになるところが可愛いんだからー。以後気を付けますね、クリスさん」


 やられた。

 これがやりたかったに違いない。


「そういえば今日はアンナちゃんいないのかしら?」

「ああ、後で来ると思うけど。ちょっとだけお出かけーって言ってたから」

「ふーん。じゃあお茶は二人分?」

「いや、来るかは分からないから。とりあえず俺だけで」

「はーい」


 厨房に戻り、手際よくお茶を淹れてカップを二つ持ってくるカエン。

 俺は適当なテーブル席に座った。


「あれ? お前も飲むのか?」


 カエンは俺の対面に座って楽しそうに微笑む。


「ええ。今他にお客さんいないしね。それに、相談があるんでしょう? たーっぷり聞かせてもらおうじゃない。クリスの恋のお悩み」


 口を付けたばかりのお茶を、盛大に吹いてしまう。


「げほっげほっ。何言ってんだお前」

「あれ? 違うの?」

「違うに決まってんだろ!!」


 カエンは澄まし顔でお茶を一口。


「じゃあクリスって好きな子とかいないの?」

「ぶっ!?」


 あ、危ねえ。また吹くところだった。


「なんでそんなこと」

「重要よ。だってもし誰もいないなら、お姉ちゃんにもチャンスがあるってことでしょ?」


 よし、堪えた。

 またお茶を吹いてしまうところだったが、さすがに飲んだ量より吹いた量のほうが多くなったらシャレにならん。


「ええと、今日は俺が相談に来たはずだよな?」

「ねえ、このお茶フェネルリーンっていうんだけど、恋の媚薬って言われてるの、知ってた?」

「えっっ!!」


 どきんと心臓が大きく脈打つ。

 カエンは昔から俺のことをよくからかっていたけれど、今日は今までで一番俺をビビらせる。

 テーブルの上にはみ出たカエンの胸のふくらみに思わず目が行って、慌ててそらす。


「冗談……だよな?」

「クリスは冗談と本当、どっちがいいの?」


 だめだ。

 何を言っても最速のレシーブで返される。

 今日のカエン、ちょっと怖い。

 いつも通りの穏やかな笑顔なのに、まるで百戦錬磨の軍師を相手にしているような……。

 なんと答えるのが正解なのか。カエンは一体どういうつもりなのか。

 神様がいたら教えてほしい。


「う……」


 だ、誰か助けて。

 ガチャっと扉の開く音。


「クーリスーーーーー!!」


 アンナだ。

 ぱあああっとまぶしいくらいの満面の笑顔でこっちに走ってくる。


「あ、あああ! そ、そうだちょうどよかった。いやあ、今日相談したいことっていうのはこいつのことでさ」


 アンナは俺に勢い余ってぶつかるように飛びついてくる。


「ねーねーねー! あたし今日ね! クリスに――」




「アンナをしばらく預かってもらえないかってことなんだ」




「え………」


 小さな小さな、アンナの声。

 カエンが驚いたような顔をする。

 カエンの視線を追って、俺も今自分に飛びついてきたばかりのアンナを見る。

 アンナはまるで魂の抜けてしまった人形のように、目を大きく見開いたまま固まってしまっていた。

 一瞬前までの笑顔は凍り付き、口元が笑みの形から無表情へと変化していく。

 その顔を見た瞬間。

 自分の大失態に気付いた。


「ち、違うんだアンナ! えと、つまりだな……」


 思考がパニックになってしまって言葉が出てこない。

 なんとか言葉を探そうと慌てる俺の前で、アンナの瞳から大粒の涙が溢れてきて――。


「う……ひぅっ……ひっ……ひぐっ……」


 決壊した。

 くるっと身をひるがえして駆けだすアンナ。

 その拍子に手に持っていた何かの袋が床に落ちた。


「待て! アンナーーーーー!!」


 アンナはあっという間に店を飛び出していった。

 アンナが落とした布袋。

 中にはつや出し処理をされてピカピカに光る木の箱が入っていた。

 赤ワインのような色をしたその箱には、刺繍の入ったリボンが巻かれている。

 箱を開けると中には緩衝材の羽毛に包まれて、銀のスプーンが入っていた。

 並んで二つ。

 アンナと……そしておそらくは俺用の。


「はは……おそろいってか……」


 視界がぐじゅぐじゅに歪んで、せっかくのプレゼントが見えない。

 服の袖で乱暴に涙を拭うと、スプーンに刻印された銘が見えた。

 カタリナ&ミッシェル。

 ブランドには詳しくないが、絶対に高級品だと分かる。

 アンナは仕事の手伝いや家のこと、本当に一生懸命やってくれていた。だから助手のお給料として少しずつ現金を渡していた。

 これ……そのお金で……。

 アンナはどんな気持ちでこのプレゼントを選んだんだろう?

 うきうきわくわくしながら店の棚を眺めて回ったに違いない。

 こんな高そうな商品は、普通の雑貨屋にはない。ちょっと気の利いた家具屋の、棚の上のほうに飾られていたのかもしれない。

 手持ちのお金と商品を何度も見比べて、きっと意を決して店主に声をかけたんだ。

 その様子がありありと浮かんでしまって、どうしようもなくまた涙が――。

 店内に響く乾いた音。

 それが俺の頬から発せられたものだとは、数秒の間気付かなかった。


「何ぼーっとしてるのよ! 早く追いかけなさい!!」


 たった今俺の頬をひっぱたいた手を痛そうに押さえながら、カエンは真剣な表情で俺をにらむ。

 カエンが……怒ってる!?

 今まで一度も怒った姿を見たことのなかった、あのカエンが。


「あ、ああ」


 俺はカエンの剣幕に押されて、コクコクと頷くことしかできない。

 スプーンを箱にしまって袋に入れ直し、急いで店を飛び出した。





 アンナは家には帰っていなかった。

 田舎町とはいえこの町は無駄に広い。町中くまなく探すとなればそれなりに時間がかかってしまう。

 まさか。

 嫌な考えが浮かぶ。

 アンナが一人で町を出てしまったら? 例えばこの家。ここは町外れだ。裏側には森が広がっている。

 うっそうとした森の入り口が、急に不気味なものに見えてきた。

 違う! 考えろ!

 無我夢中でとっさに逃げ出したくなった時、一度も行ったことのない場所へ足が向くだろうか?

 無意識に知っている場所を目指すに違いない。

 アンナと二人この町に帰ってから、買い物や依頼客周りで歩いた行程を思い出す。


『わー大きな木ー』


 それはロンデルじいさんに注文の術符を届けた帰りのこと。


『あの時の木みたーい。ねーねークリス、ここでお昼寝していこうよ!』


 イリシュアールでの旅の途中にアンナと休憩したあの大木。あの木と同じように草っぱらに立つ木を見つけたんだ。

 そこで俺とアンナはうたた寝を楽しんだ。

 そうだ、きっとあそこに違いない!

 このバザンドラの町でアンナに一番思い出深い場所なはずだ。

 俺の家からは、町の外縁をなぞるように道をまっすぐ行けばいい。

 俺は走った。






「やっぱりここだったか」


 あの大木の下。

 アンナはひざをかかえてうずくまっていた。

 肩を小刻みに震わせて、抱えたひざに顔を埋めて泣いている。


「アンナ」

「……っ!」


 アンナの体が、びくっと大きく震えた。

 アンナは恐れている。

 俺と離れることを。

 なら最初にかける言葉はこれしかない。


「俺はお前とずっと一緒にいたい」


 顔を上げないが、アンナは聞いてくれている。


「ずっと、ずっと、ずーーーーっと一緒にいたい。本当だ」


 アンナの顔がゆっくりと上がる。


「だっで……だっでさっぎ……」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔。


「聞いてくれ。俺は王都に行かなきゃならない。国の兵隊さんたちが言うには、俺が犯罪者なんだとよ」

「クリス、悪いことしたの?」

「さあ、分からん。だからそれを確かめに行くのさ」

「あたしも……一緒にっ!」


 ここだ。

 どう言えば納得してもらえるのか。


「向こうは俺を悪者だと思ってる。いきなり襲って来たり、捕まえようとしてくるかもしれない。そのとき俺と一緒にいたら、お前が……アンナが危ない」

「危なくないもん!!」


 突然の大声にたじろぐ。


「危なくないもん!! だから一緒に行く!! だから……ひぐっ……だから、置いていったりしないでぇ……。村のみんなも……お母さんも……みんな……みんな……う、うぅぁぁああぁああああぁぁああああ!!」


 アンナの悲痛な叫び。


「お、おい……」


 村から追放された時や母親が死んだ時のことと俺に置いていかれることがダブってしまっているのだろう。 


「クリス言ったもん。無敵だって言ったもん。だから大丈夫だって……」


 ああ。

 しまった。

 無敵の俺は、アンナの身にどんな危険が迫っても、全部跳ねのけて守り切る。それくらい出来て当たり前。少なくともアンナは俺のことを、そんなヒーローみたな存在だと思ってる。

 全部、俺の責任。

 なら俺は……。

 せめてアンナをこれ以上裏切ってしまわないよう――。



 ――無敵を演じきるしかねーじゃねえか。



 俺は、とびきりの笑顔でこう言ってやる。


「だな。一緒に行こうぜ、王都」

「ほんと!?」


 アンナはぱっと顔を輝かせる。


「ああ。らしくもなくちょっと臆病風に吹かれちまった。だけどもう心配いらない。それとな――」

「?」


 ぽかんとするアンナの前にプレゼントの袋を出す。


「すっごいうれしかった。ほんと、最高に、言葉にできないくらい……うれしかった。ありがとな、アンナ」


 アンナの顔が再びくしゃっとゆがむ。


「う……うわぁぁああああああああぁぁあん!」

「ばっ……なんで泣くんだよ」

「だっでぇ……うああぁぁ! よかった……よかったよぉ……うわあああああぁん!」

「ああそうだ。王都にはこの町じゃ食えないような美味いもんがあるかもしれないなぁ。俺も話に聞いただけだがパールウィーンの姿煮とか、リウマトロスの腹の肉だけを使った――」

「うっ……」


 とたん、ピタっと泣き止んで話に集中してしまうのは、さすがと褒めるべきか。


「こいつで食おうぜ」


 箱から出した銀のスプーンをアンナに渡す。

 アンナは渡されたスプーンをゆっくりと持ち上げ。

 もちろん俺も瞬時に理解する。


「おーーーーーーーー!!」

「おーーーーーーーー!!」


 二人そろってスプーンを天高く掲げたのだった。


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