***** 04
あれ――これって次回で終わ――らせます。
あとは文字数がどうなるかの問題ですか、ね(´ω`;)
最近スティーブンの仕事が忙しいのか前ほど会えない日が続いている。単純に見積もってもここ一月は会えていない。これだけ長くこの屋敷に居ながら会えないのは初めてではないだろうか?
まあ、庭仕事も多くなるこの時期は私も多忙なのでそれは構わないのだが……それでも木陰で昼休みを取りながら少しトリップしてしまっていた。
気を取り直して今朝マーガレットから届いた手紙に目を通す。
【トモエお元気ですか? わたしは最近お友達も少しずつ増えて、皆で恋の話をしたりするようになりました。わたしにはまだ好きな方がいませんが、同級生の中にはもう婚約者の決まっている方もいるみたいなの。家の結びつきの為だそうですが、あまり好きな考え方ではありませんわ】
年頃の女の子が集まれば自然とそういう話が出るのはどこの世界でも同じようだ。苦笑しつつ読み進める。前までは几帳面な形だった文字が、今では筆が先を急ぐのかやや砕け気味な書き口になっていた。それだけ学校が楽しいのだろうと思うと微笑ましい。
教室で友人達と机をくっつけあって、恋愛話に興じるマーガレットの姿を想像してみる。婚約者と家の結びつきに言及しつつも、この年頃の女の子達はまだあまり将来が確定しきっていない分、文章からもそこまで悲観的な印象は受けない。
私が学生時分にも味あわなかった甘酸っぱい会話を、マーガレットは堪能しているようだ。
【でもねトモエ、笑わないで下さいね? わたしはどうせなら恋愛結婚というものがしてみたいのです】
そこだけはやけにしっかりとした文字で綴られていて、思わずドキリとした。こんな年頃から結婚願望があるのかと感心する一方で、ふと自分を顧みてしまった。
ここまでそういうこととは無縁の人生ではあるものの、私は別に独身主義者でも結婚至上主義者でもない。仕事と趣味の単調な日常をただ流されて生きてきたクラゲのようだ。
でもそれだって幸せなことには違いがないんだろう。そう考えてから自分の右隣を見る。別に今そこに誰かが座っている訳でもないのに、最近ふとした瞬間にスティーブンを探している自分がいた。しかも無意識というわけでもなく、確実に意識してその姿を探してしまう。
一緒に行動するのが当然のように感じているのだろうか?
職人は本来仕事中であれば一人で行動するのに?
再び視線をマーガレットからの手紙に戻したのに、結局何度も同じ行を目が追ってしまって昼休み中に読み終えることはなかった。
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目の前に積み重ねられた書類の山は一向に低くならないどころか、時折その高さを増してさえいる。
決まりきった季節の挨拶状や社交界の誘い、水路の新設の要望に小麦の高騰が予想されるといった情報まで、ありとあらゆる書類と手紙が毎日新たに積み上げられていくのだ。
――……お陰でこの一月は全く彼女に会えていなかった。
だが会いたいからとの思いだけで仕事を放り出すわけにもいかない。当主であり領主である自身が、職を放棄して想い人に会いに行くなどということはあってはならないからだ。
「……アイザックめ……」
力なく机に突っ伏したスティーブンは、それでも元来の真面目さを発揮して書類の山にせっせと挑んでいる。どんな状況であれスティーブンにとって仕事に不真面目な姿勢で挑むことは許されない。頬を叩いて気合いを入れ直したスティーブンは、再び果敢に書類の山に挑み始めた。
――と、そんな状況をドアの隙間から伺う人物が二人。
「アイザック様、この作戦で本当に上手くいくんですか? 旦那様の性格を考えりゃあ、ちょっと動かないような気がしますぜ?」
「……ふむ、確かにここまで粘られるとは意外でしたね。恋は盲目かと思っておりましたが。しかし実に責任感のお強い旦那様らしい。それでこそ邪魔のし――んん、試練を与える方にも力が入ると言うものです」
「いや、今なんか邪魔のしがいって言いかけやしませんでしたか?」
「おやおや、何のことでしょう? それよりもこのままでは埒があきませんね。恐らくまだ屋敷の敷地内にいることで気が弛んでいるのでしょう。こうなれば背に腹は代えられません。こんな事もあろうかとあの男に協力を要請しておいて正解でしたね」
サラリと前当主の弟を貶しつつも利用しながら、その酷薄そうな横顔に意地の悪い微笑みを浮かべる。
「うわ、旦那様……お気の毒に」
「おや、誰が旦那様だけだと言いました? 恋には両方に障害があるのが通例でしょう」
「――ってことはトモエの方にも……?」
「当然そちらの方もオリバー達に打診してすでに手を打ってあります。明日から彼女の元に手紙を届ける配達員は町でも一番若い青年です。彼にはエマから“遠縁の娘が一人暮らしを始めたばかりで何かと心配だから、ついでに様子を見てきて欲しいの”と伝えてもらってあります」
「で、それをそれとなく旦那様のお耳に入れるんで?」
「察しが良くなってきましたね。その通りです。バーラムとシズカはジョンに言って放牧しに行かせてあります。これですぐに利用できる足はありません。それに旦那様の方には、もうすぐあの男から山ほど見合いの話が飛び込んでくる手筈になっています」
またまたサラリと酷な提案をするものだとジェームズが顔をしかめていると、アイザックがそんなジェームズを見てニヤリと笑った。人を何人か埋めていそうなその笑みにジェームズが戦慄する。
「そもそも吊り橋効果というものは、まだ立っていられそうなギリギリの揺れを指すものでしょう。であれば、そんなまどろっこしいことをせずに最初に両側から一気にかけた方が容易いとは思いませんかジェームズ?」
そうアイザックに訊かれたジェームズは、その吊り橋が一回転する様しか想像できずに苦い表情をしたのだった。
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てっきり最近アイツが来ないのは仕事のせいだと思っていたら、毎朝来てくれる郵便配達員のティムが「最近お屋敷の旦那様はお見合いだとかで、毎日迎えの馬車に乗り込んでお忙しそうに出て行かれてますよ。羨ましいですよね~」と教えてくれた。
寝耳に水と言うか……何だよそれ、である。
いや、それはまぁ確かに貴族社会のことはよく分からない私にも、マーガレットと違ってそろそろ真剣に先を考えないと駄目な年齢なんだろうとは、理解できる。貴族だと跡取り問題とか色々あるもんな。
理解はできる。けれど納得はできない。そんな相反する気持ちと、もしもその中でスティーブンのお眼鏡に適うような若い美人さんが現れるかもしれないのかと考えると……考えると、何だろうか? 胸の辺りがイガイガする。
私が一人で百面相をしていると、ティムが「今日もお屋敷まで乗って行きますか?」と自分の馬の背を軽く叩いた。ティムの乗っている馬は、バーラム達とは種類の違う荷馬車専用の大型馬だ。身体の両側に大きな郵便鞄をぶら下げて配達に来てくれる。
そして何故かここ最近ジョンさんがシズカを放牧させに行ってしまうせいで、交通手段のない私は毎朝彼の馬に乗せてもらってお屋敷まで仕事に出かけていた。
「なんか最近毎朝乗せてもらってばっかりで悪いな~」
「いえいえ。エマさん達から頼まれていますし、トモエさんがこの間持たせてくれたお弁当もおいしかったですから。そのお礼ですよ」
ティムの人の良い笑顔と言葉に心のイガイガが薄れていく。エマさん達が信頼するとあって良い子だなぁ。
スラリと言うよりはヒョロリと形容した方が良さそうな上背のある身体に、タレ目がちなせいかいつも微笑んでいるような柔和な印象のティムは、誰が見たって警戒心を抱かなさそうな好青年だ。
「そっか、それじゃあ悪いけど今日もよろしく頼むよ」
「はは、良いですよこれくらいのこと。帰りはまたお屋敷の方に配達する時に顔を出しますから、もしもお仕事が終わっていたら声をかけて下さいね」
本当に、本当に良い子だな! 歳は確か二十三歳だと言っていた気がするけど、そんな歳でこれだけ人格が練れているのかこの世界の若者は。今の日本も見習うべきかもしれない。
一瞬真剣にそんなことを考えていた私の目の前に馬上のティムが手を差し伸べてくれる。その手を取って馬上の後ろに引き上げてもらってから、私は何とも形容しがたい寂しさを感じて、せっかくティムが話してくれる面白い内容の会話もなかなか一度ですっきりと頭に入ってこなかったのだった。
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憂鬱な気分で馬車から見る外の景色に、ふと見知った人物を見つけた。その時に視界に入ったのがその人物だけであれば良かったのだが、生憎とそうではない。
スティーブンはしばらく何かに堪えるように拳を握りしめて窓の外を眺めていたが、結局は御者の背中が見える小さな窓を叩いて、振り向いたそばかす顔の若い御者に言った。
「……馬車を停めろ」
「え、ですが――」
「良いから停めろ。今日の見合いは取り止める。先方には後日詫び状を書く。お前はお前の主人にそう伝えてくれればいい」
口調こそ静かだが、その有無を言わせない雰囲気に御者がのまれている間に、それだけ言い残してさっさと馬車から下りてしまったスティーブンを訳の分からないまま見送ってしまった。
呆然としていた御者の耳にどこから“ピュイ”と指笛が聞こえた。音の場所を探そうと視線をさまよわせた御者の目の前に、いつ現れたのか見覚えのある老人が立っていた。
いったいどこで見たのだったかと御者が首を傾げていると、近寄ってきた老人が無言のまま御者に向かって封筒を差し出してくる。少々不気味に思いながらもその封筒を受け取った御者が促されるままに封を切ると、中から彼が仕える家の主の印が捺された封書と金貨が一枚出てきた。
驚いて再び視線を上げた御者の前にはすでにあの老人の姿はなく、御者は三度驚いた。しかし封書の中を読めば今回の数十回にも及んだ送迎に対する労いの言葉と、この封書を読んだ後は直ちに屋敷に戻れという旨が記されている。
まるで狐に摘ままれたような気持ちになった御者だったが、彼は首を傾げながらも封書に記された通り屋敷に戻っていったのだ。




