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一日の仕事を終えた古参の使用人達が集まる使用人食堂。雰囲気を盛り上げる為に灯りを極力弱くした室内では、最近夜毎この屋敷の中でも最古参に分類するロートル達が頭を突き合わせていた。
若い使用人達はすでに寝静まっており、屋敷の中は静寂に包まれている。
「やれやれ、この間はついつい旦那様を焚きつけすぎてしまったようでして……あれ以来わたしの前では気を張り詰められております。嫌われ役もそろそろ歳なので止めたいものですね」
そう言って芝居がかった仕草で髪を撫でつけるアイザックに向かって、ジェームズが空気を読まない一言を放つ。
「いやぁ、アイザック様は地がすでに役所にぴったり――」
「おやおや、ジェームズ。働きに免じた給金を主人に申告するのもわたしの役目だとご存知ですか?」
そのにこやかな脅しにジェームズは、一瞬前の己の浅はかな言動を悔やんだ。
「アイザック様もジェームズも止めて頂戴。これはトモエと旦那様の大切な未来がかかっているんですよ? せっかく涙をのんで家を出したのに」
「あぁ、そうだともエマ。もしもまとまらなかったら帰ってきてもらわなくては。まだ教えたいことが山ほどあるんだ」
「ワシはどっちでも良い。坊ちゃんが良いのが一番じゃ」
三者三様ならぬ五者五様の答えに、総まとめ役のアイザックが咳払いをする。他の四人が一斉に彼に視線を戻したのを確認してから、アイザックはこれから各々の仕事の道筋を確認し始めた。
「まず、ジェームズ。貴方の水の向け方は雑すぎます。前回のトモエに対する鎌のかけかたですがあんなものは彼女くらいにしか通用しません」
ピシャリとそう言われたジェームズは頭を掻いて眉をしかめる。明らかな不満というよりは困惑に近いその表情にアイザックが先回りして頷く。
「貴方の仰りたいことは理解しています。マーガレット様に対するあの男の入れ知恵には品の欠片もありませんでしたからね。あれで先代様とご兄弟なのですから訊いて呆れますよ」
そう、マーガレットのあの彼女らしからぬ発言。
スティーブンはトモエよりそうした鼻が働くのか、危うく作戦がバレかけてアイザック達をヒヤリとさせた。あの裏にはウィリアムとエミリーの指示があってのことだったのだが、如何せんまだ幼さの残るマーガレットが発言する内容としては過激すぎたのだ。
「危うく旦那様にバレてしまうところでしたが、さすがはマーガレットお嬢様です。あの返し方をされては、常識人の旦那様はそれ以上言及できないと思われたのでしょうね」
これには大きく頷く一同。
アイザックも満場一致の賛同が得られて満足そうに頷いた。
「にしても、アイザック様がこの作戦を言い出した時はびっくりしましたよ。てっきり反対されるとばっかり思ってました」
「あら、ジェームズは知らないのね? あのお二人の背中を押したのはアイザック様なのよ」
「あぁ、ジェームズはまだあの時いなかったよエマ」
「ワシはおったが、アイザックさんのやることはいつも事後報告だ」
非難と驚きと微笑ましさが入り混じった席に、再びアイザックの咳払いが響いた。残った四人はまた口を閉ざして先を促す。
「わたしは別に、身分で人を判断はしませんよ。働きでこそ判断します。ですからウィリアム様はその点トモエよりも下と言うことになります。ただし今回ばかりは使える手であればすべて使いましょう。例えあの男に、おっと、ウィリアム様ですね……に頼ることになろうとも」
ここで一同が身体を前屈みにして頭を突き合わせた。皆、一様に使命感をもった瞳をしていることを互いに確認し会う。
「先代様も奥方様にお会いするまでは人間味に欠けた方でした。勿論、立派に当主として働かれていたのですからそれで良かったのですが……それではこの責務はあまりに苦しい。初めて奥方様のことを相談された時は本当に嬉しかった。スティーブン様にも、あのお気持ちを味わって頂きたい」
これにも皆、頷き合う。長年勤めてきた自分達ではもう主人と使用人以上の関係を築くのは難しい。そこにある日突如現れたトモエという存在は、彼等にとってまさに天恵といっても過言ではなかった。
「例え短くとも幸せであったお二人のような関係を誰かと築く。これがわたしが先代様に最後に賜った御命です。先代様は男児である旦那様に期待するあまり厳しく接され、奥方様はお身体が弱く、旦那様も甘えるのがお下手でしたからね……。しかしそれも今夜限りです。と言うのも――ここに、」
懐を探っていたアイザックが「あぁ、ありました」と取り出した書類を見た残りの四人は一様に何ともいえない表情になった。
そこにあった案があまりにも現実的で言葉を失ったのである。
「例え子供が望めなくとも――マーガレットお嬢様が【二人に子供がいない場合は、将来的にわたしが複数人産んで養子に出します。ちゃんと恋愛結婚をするつもりですから心配は無用ですわ】と署名も頂いていますので、無理に結婚を急かす必要性はありません。あのお二人が想い合ってさえいれば先代様の御命をクリア出来ます」
納得……した、とは言い切れないまでも後の四人も腹を決めたのが分かったアイザックは四人を見回して机の上に手を置いた。次々と無言でその上に重ねられて重みを増す己の手に、アイザックは彼にしては温かみのある笑顔を浮かべる。
「それでは準備はよろしいですか野郎共……と、ご婦人」
らしくもないアイザックの口調にジェームズは歯を見せて笑い、エマとオリバーも目を細めて頷き、ジョンは真剣な目でその言葉を受け止めた。
「先代様のご遺言を叶えて、旦那様に心の安寧を。ついでといってはあれですが、トモエにも悪い話ではないでしょう。あれだけの目に遭っても帰ってきた彼女です。きっと彼女にとっても……いえ、余計な言葉はいりませんね」
グッとお互いの重ねた手に力を込めて握り合う。
「さぁ、わたし達ロートルでルーキー共を追い込んでやりましょう」
そしてこの夜ここに屋敷の平均年齢六十九歳の古参使用人達の手による“超奥手な二人を互いの気持ちに気付かせ隊”が結成されたのだった。




